第7話 可愛い弟なんです

「皇子様に、好き好き結婚して! って言い寄られて困ってるんですよお姉様」

「え?!」

「そうですよね、平凡なお姉様にはありえない話だって、マークスも思いますよねぇ」


 ほんと困ってて……という私の言葉に隠れて、マークスが、……僕の……にとか………きんして、とか良くわからないことを言っています。


「姉様は、その皇子様の事が好きなの?」


 お嫁に行っちゃうの? と、どこか心細げに瞳を潤ませ聞いてくる可愛い弟に、私の頬が緩みました。


「お姉様は何処にも行かないですよ、私はこの家を継ぐ予定ですし」


 そう返事をするとほっとしたのか胸に顔をうずめてぎゅ〜っと抱きついてきました、ふふ、可愛い。

 十分に癒されて退室し自室に戻ると、今度は癒しその二を選びに家の図書室へ。

 そこで二冊本を選ぶと自室に戻ります。


 私が本――とりわけ大衆恋愛小説――を好きになったのは、十歳の頃でした。

 イメージングステイが始まる前に、我が家のしきたりに従い私が次期当主となることを告げられたのです。

 上に立つための勉強と本格的に影になるための修行を始める、とも。

 私は正直言ってやさぐれました。

 当時は少女らしく、いつかお父様とお母様のような大恋愛をして旦那様を見つけたい! と思っていたからです。

 十歳の子供でもわかりました、告げられた未来――次期当主にとって、それはとても贅沢な事になるのだ、と。

 お父様とお母様はたまたまです、話を聞いて知っています。

 やはり跡継ぎだった一人娘のお母様には長年決められた婚約者がいて。

 けれどお父様が一目惚れ横恋慕の末、私のお祖父様にもお母様にもお相手の婚約者の方にも猛アタックしたり説得したりして、その深い愛情が届いた結果――お母様もお父様を愛し、結婚に漕ぎつけたのだとか。

 最後には元婚約者様も、君には敵わない、と苦笑してらしたそうです。


 ……お父様、良く考えるとちょっとだけはた迷惑では?


 ともあれ。

 荒れて領地の悪餓鬼とつるむようになった私に、せめてもの慰めとしてお母様が手渡してきたのが、恋愛小説でした。

 本の中でなら自由に夢を見る事ができました。


 しがらみから離れ、何にでもなれたのです……勿論、大恋愛をする女の子にだって。


 今でも、現実で困難にあたるといっとき夢をみます。

 登場人物たちの勇気、を……借りられるように。


 ――どこか、祈りながら――。




 翌日。

 珍しく起きて来ていた弟たちに挨拶と抱擁をして家を出ます。

 上の弟二人にはちょっと嫌がられてしまいました……すっかりお兄さんなんですね、ちょっとずつ自重しなくては。


 学校へ行く為所有している馬車に乗り込み、窓を少し開けました。

 晴れた朝の空気は、とても気持ちがいいです。




 バシャァァァン


 そんな素敵な日……でしたが、ついてない……。

 いいえ、多分これは――です。


 学校へ着き校舎に近づくなり、二階から水が降って来ました。

 白シャツを中に着、スカート裾や襟袖に臙脂えんじ色のラインが入り全体に青みがかった灰色の可愛らしいツーピースの制服は……すっかり、ずぶ濡れになってしまいました。

 量、多過ぎやしませんか?

 今日は少し気合を入れて侍女のメリーアンに髪を結ってもらっていたのに、台無しです。

 ごめんなさいメリーアン。


 メリーアンの分の怒りも上乗せして二階を見やると、窓際の影はさっと逃げていきます。

 ……実力行使しちゃおうかしら……そんな物騒な事をちらりと考えたところ、「きゃっ!」という悲鳴がしたのでそちらに目を向けました。

 あれは確か――ローゼリア=アインバッハ男爵令嬢です。

 どうやら私のこの姿を見て驚いてらっしゃる様子。

 ですよね、びっくりですよね、私もびっくりしました……顔には出していませんが。

 こういうのは、反応を返した方が相手の思う壺、なのです。

 アインバッハ様がこちらに駆け寄って来ました。


「ジュラルタ様!! 大丈夫……っじゃないですわ、ね? 医務室に行きましょう!!」


 彼女は私の手を取り引くと、医務室へ歩きはじめます。


「先生! ウィッシュバーグ先生!!」


 一大事とばかりに、彼女は自身のハンカチで私を拭いてくれながら、医務室へと連れてきてくれました。


「ん〜、どうしたの慌てて〜。病気〜? それとも怪我?」

「……すみません先生、病気でも怪我でもなく、服が濡れてしまったんです……」


 私は理由は伝えず現状だけ伝えます。

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