第4話 囲まれるんです

「おおおお好きに、どうぞ?」

「ありがとう」


 ふわり、皇子殿下が微笑みます。

 思わず見惚れそうになり、慌てて明後日の方向を見ました。

 私の平常心頑張るんです、負けるな踏ん張れ!


「私ぼっちですので、気の利いた会話もできないと思うんです。待ち伏せするだけの価値はな」

「悲しいこと言わないでくれるかい? 俺にとっては君とこうして隣にいて、些細ささいなことを話すだけでも夢みたいなんだ。そんな夢を取られるのは、たとえ本人にだとしても、すごく寂しい」


 捨てられた子犬のような顔をされ、何故か罪悪感が込み上げます。


「……す、すみませんもう言いません、です」

「わかってもらえたなら、嬉しい」


 おかしいです。

 本来は、すぐにでもどうにかしてお引取りしていただかなければいけないところ。

 私、言いくるめられていますよね?

 しかも私今結構、学校の花壇に植えてある花の話なんかしちゃったりして、会話、楽しんじゃってます。

 あれ??


 結局、私の教室まであれこれとお話をし、扉の前で別れました。

 その日は下校する時間までの休憩ごとに、皇子殿下がやってきては相手をする羽目はめになり、なんだかんだで少し仲良くなってしまっています。


 ぼっちから、一気に「友達いる?」「皇子が一人いるよ!」だなんて言えちゃうかもしれない状態になり、それもどうなのだろうと思いながら一日を終えたのでした。




 次の日の朝。

 登校するなり声をかけられました。


 振り返ると、昨日名前の上がった御三方が徒党ととうを組んでいらっしゃいます。


「ちょっと、よろしいかしら?」


 思ったより早く行動なさっているな、というのが私の今の感想ですが、読みというのは往々おうおうにして外れるものです。

 断ると後々面倒臭いことになるので、大人しくついていくことにしました。


 魔法学校の校舎は、門を前側としてコの字を左九十度回転させたような形で建てられています。

 中心には中広場があり、生徒や先生たちの憩いの場に、奥側は大規模な演習場やそれにつながる森が、右側には奥に食堂、手前側には外広場があって小川も流れており、学校内でのちょっとしたデートスポットになっていたりするんですよ。

 入学した時びっくりしました、手をつないで散歩をしていらしたり――時には人目を盗んで……き、きすも目撃しちゃったりして。

 そして今私が連れてこられたのは、学園の左側。

 施設は何もないので、にぎやかな外広場側とは打って変わって木々のざわめきが鬱蒼うっそうとしています。

 池はありますが花壇の囲いは半分無かったりして、工事が中断されたのかさびれた感じです。

 因みに、エリーティア様が落ちたのがこの池だと思います、他に池があった記憶がありませんし。


 そんなことをつらつら考えていたら、真ん中のご令嬢が一歩、進み出てきました。


「貴方ですわよね? 一昨日おととい殿下にお声がけされたというのは」

「はい」


 最初に私に声をかけたのは四年に在籍のショコラリア=コケット侯爵令嬢です。

 三人の中でリーダー的な立場なのでしょう、ふんぞり返っていらっしゃいます。

 脇を固めていらっしゃるのが、それぞれ左が三年生マリアーナ=ククルツィエ伯爵令嬢、右が三年生エリーティア=サナドバ伯爵令嬢です。


「そう。勘違いなさっているかもしれないから、ワタクシが忠告してあげることにしましたのよ。殿下に声をかけられたのは何かの間違い、もしくは婚約者が決まるまでのいっときのおたわむれ! 調子に乗らないことですわ」


 うーん、さりげなく殿下がけなされていますが本当に彼のこと……お好きなんですか??


 勿論もちろんこんな事を喋った途端下手したらどつかれるので言いません。


「ご忠告ありがとうございます。私もそう思っているのです、皇子はずっと昔の思い出を勘違いしているのでは、と。ですから……どなたか覚えていませんか? 殿を」


 粛々しゅくしゅくとといった面持ちで言った私の言葉で、三人が三人お互いに視線をやり合います。

 いつの、とは言いません……人はですから。

 そんなやり取りの最中――


「ここで一体何をしていますのっ?!!」

 

 お邪魔む――じゃない、親切な通りすがり? の新手ごれいじょうが現れました。

 私より二、三にさん年下でしょうか? 桃色の髪に緑の二重ぱっちりな目をしたその子は、その目にぷりっぷりの怒りを宿してこちらに向かってきています。

 その心意気がひしひしと伝わったのでしょう、御三方はほうほうのていで校舎の方へと向かって行ってしまいました。


 あーあ、後もうちょっとでいましたのに……残念です。


 しょんぼりとしていたのを怖い目にあって心細くなっていると勘違いしたのか、そのご令嬢が声をかけてきました。


「大丈夫? 何があったかわからないけど、寄ってたかって一人を攻撃するのは許せないわ!」

「助けていただき、ありがとうございます」

「わたし、四年のローゼリア=アインバッハですわ。貴方、お名前は?」

「はい、六年のルルーシア=ジュラルタです」

「え?」

「……え?」

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