第2話 求婚なんです

 ああ、なんてロマンティッ…………クじゃ、ないです!!







 思い描いた結末と違った上、火中かちゅうの栗を否応いやおうなく拾わされた私は、美味しいご飯だけは転がすまいと手の角度やらを器用にも調節しながら、倒れました。




 これは夢かしら?


 私が皇子とイチャイチャしている……。

 ああっ!! そんな、ご飯の食べさせ合いっことか、なんというバカップルのラブラブっぷりなんでしょうか。

 自分じゃなくて小説の主人公なら、いただきましたー! な場面です。

 素敵。

 じゃなくて、自分がというのは……ちょっと。


 だって私、平凡なんです。

 ジュラルタ公爵家は平凡ぞろい――なんて噂されるほど。

 私は赤茶の、お母様譲りで垂れ目がちな目がどうにも三白眼さんぱくがんで、色素も少々薄く。

 緩くウェーブのかかった髪は、どこにでもある茶色で。

 ぽつんと形よく鎮座ちんざする小さい鼻と、ぽってりちょこんとした口、身長もこじんまりとしてしまっているせいか二、三歳幼くさえ見えてしまうんです。

 その反動か見るのは断然格好良いもの綺麗なもの!

 そして事情もあって、自分には降ってわかないだろう恋愛物語が大好きなんです!

 大衆小説にはそういうのがたくさんあって、いつも心ときめかせて、拝読しています――作家様ありがとうございます。


 ともあれ。

 あれはきっと夢。

 今見ているのは妄想……というか、あ、ちょ、妄想の私と殿下、ちゅーしようとしないで




「……っくださ〜〜〜〜い!!」


 がばっと上体を起こすと、簡易ベッドに寝ていました。

 どうやら、気を失ってしまっていたようです……う゛う゛、情けない。

 調度品がうすだいだいと白で統一されたここは――医務室、でしょうか?

 在籍して六年目ですが、つつがなく過ごしてきたのでここに来たのは初めてです。

 流石は皇立の学校ですね、生徒十人寝られる位ベッドが置いてあります、お薬の棚も五つ……六つはあるでしょうか?


 ここ、皇立ララスタン魔法学校は、カルマン皇国おうこく首都リッシュバージュに建国当時からあるといわれる、剣技と魔法が習える学校です。

 皇国民で魔法の素地がある者なら十二から十七まで通えて、学校の費用は全て国から助成されます。

 魔法の使用は許可制で学校での免許取得が必須であることと、助成があり就職先の斡旋も手厚いことから生徒が全国から集まってきています。


 私は今年で六年生――誕生日がまだ来ていないので十六歳ですが、後一年もすれば卒業して成人する歳になるのです。

 だから余計に不思議でした。


 二つも年が上の、何故、私なのだろう……って。

 まぁ、理由なんて本人ではないのでよくわかりませんし、あれはきっと何かの冗談だったのだと思います。

 だって会ったこともありませんし。


 そう結論づけると、帰宅する為にどこかおかしな所がないか確認して、医務室の先生に声をかけました。

 先生からも、怪我等はないとのお墨付きをもらいます。


「ありがとうございました、失礼致しました」


 私はお辞儀をしながら退出し――ようとしたその時。

 ドアの向こう側に気配を感じてぴたりと自身の行動を止めることにしました。


 なんだか、うきうきとした空気を感じます……!


 と、ガラッと引き戸を開け入ってきた生徒がいました。

 私は戸が開く前にカーテンの裏にこっそり隠れているので、あちらからは見えないはずです。

 ほっとしかけて、でも油断ならないと思い直して息をひそめます。


 カツ、コツ、カツ


「ふふ、見つけた。ルル、そこでなにをしているんだい?」

「ひゃぁ! なななな、なんで?!」

「だって、ルルの可愛い脚がカーテンの下からのぞいているよ?」


 初歩的ミスです!!


 私は皇子殿下の手前無視するわけにもいかず、カーテンから出ました。


「で、殿下、先程は私を運んでいただきありがとうございました」

「礼には及ばないよ、合法的にさわれて役得だったからね」


 気を失う前に見た光景にお礼を言うと、なんだかとんでもない発言を返されて。


 誰か、助けてください。


「あの、その件なのですが」

「なんだい?」

「えっと、私の方にずっとずっと前やらの記憶がさっぱりないのです。人違いで」


 言うよりも早く、殿下がさっと近寄り私の両横のカーテンを掴んで閉じ込めてきました。

 おでことおでこをくっつけられて、視線が――近い。


「……ルルは、忘れてしまっているんだね。少し寂しいけれど仕方がない、か。俺も昔は貧弱ひんじゃくだったしね。……約束、守ってもらいにきたから覚悟しておいて」


 それだけ言うと、殿下は拘束を解いて手をひらひらさせながらまたねと言って去っていきます。

 私は熱くなったおでこを抑えながら、ずるずるとその場にしゃがみ込みました。


 しばらくその場を動けないまま――おでこばかりか頬まで熱くなった気がして。

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