殿下、私は困ります!!

三屋城衣智子

第1話 破棄なんです

「アリアータ=ドムンスク! 君をこの場で断罪する!!」


「なっ! このような場で仰るなどと、横暴ですわレイドリークス様!!」



 豪奢ごうしゃなシャンデリアきらめくパーティー会場で、男性の高らかな声が響き渡りました。

 声の主はこの国の第四皇子殿下おうじでんかと、その婚約者の女の子。







 時は四月。

 今日は皇立おうりつ魔法学校の入学祝賀会がホールで開かれています。

 在学生は午前中で授業が終了し、本日入学してきた新入生のための祝賀会に全学年出席していました。


 今はちょうど開会挨拶と乾杯が終わり、思い思いお喋りに興じたり飲み物をもらったりとし始めたところで、私――ルルーシア=ジュラルタといいます――も、食事をとりに行こうとしていたところでした。

 割と大きく、また場に通る声がした事でみなそちらの方を見ています。

 私も興味をそそられたので、取り急ぎ後だと無くなりそうなご飯をお皿に取ってフォークを握り、その方角へ近づくことにしました。


 美味しいご飯は一旦我慢です。


「……だって、生ざまぁなんて、一生に一度見れるか見られないかだものっ……!」


 ぐっと握り拳をし、周りに聞こえないように呟きながら人の合間をぬって、目的の場所へとたどり着きます。

 前に行った事で少しとなった人の隙間から見えたのは、サラサラの長い金髪を一つに結え二重の紫紺の瞳をし、何を食べたらこんなに育つのだろうという高身長の、この国のレイドリークス=カルマン第四皇子殿下。

 そしてそれに相対あいたいしている、きっちり後ろでまとめ結われた金髪に赤紫のぱっちり吊り目がうるわしい、アリアータ=ドムンスク公爵令嬢の斜め後ろ姿。


 ちょっと場所どり失敗してしまいました。


 とほほと思いながら……でも、ここからでも十二分じゅうにぶんに様子がわかるので良し! と考え直して中心の四年生御二方を見ました。

 彼らの話は令嬢が誰をどうしたかの話に入っています。


「それは間違っていますわ殿下! わたくしがノートを破ったのはマリアーナ様です!!」

「では、マリアーナ嬢には嫌がらせをしたのだね。では、リリーツェ嬢が池に落ちた件は?」

「池ならわたくしエリーティア様以外落としておりません!! デタラメを言うのはおよしくださいまし!!」


 ……うん。

 なにやらアリアータ様が墓穴を掘っている声が聞こえます。

 あとこれって虐められたのは恋のライバル、つまりは片想いしてらした、のでは?

 まさかの片想い暴露ばくろ合戦……ちょっとお可哀想です。

 だけどやっぱり私はざまぁが大好きですごめんなさい!


 と、来たるクライマックスにわくわくしている間にも、お二人の話は進んでいきます。

 それにしても……虐められていたご令嬢達は、お疲れ様です。

 結構虐めの内容が酷くなってきました。

 流石に聞かせられないと判断したのか、皇子殿下が罪状を朗々ろうろうと言うのをやめることにしたようです。


「他にも余罪があり、証拠も証言もそろっているんだよ。アリアータ嬢」

「!! …………そん、な……」


 上手くいっていると思っていましたのに、という周りには聞こえないくらいの呟きが聞こえました。


「よって、アリアータ嬢は皇族に連なる婚姻には相応ふさわしくないと判断する! この場にて婚約破棄をする事は陛下の決裁を得ている。不服とする者は皇家おうけへ進言してもらえたらと思う」

「あ、ああ……っ」


 アリアータ様は今後の自分の身を思ったのか、くずおれてその場に座り込んでしまいました。


 ここからが、とっても良いところです!

 なんてったって大衆恋愛小説のお約束では、王子様は虐められていた愛しい人を自分のかたわらに呼び、将来まで続く愛をささやくんですから!!

 マリアーナ様かしら? それともエリーティア様? ショコラリア様も捨て難い……ってこれは現実ですから、私の好みは関係ないんでした。


 皇子はアリアータ様を学校衛兵に任せ、一瞬思い詰めた表情をしながらもハッとするほどの微笑みで口を開きます。


「さて、みなには私レイドリークス=カルマンの、この場を借りて一世一代の愛をささ我儘わがままを、どうか許してほしい。…………ルルーシア」










 ……?

 空耳ですね。







「ルルーシア=ジュラルタ」







 空耳空耳……じゃない、んです?!


 しっかりと名前を呼ばれ、私の周りはパンケーキを真ん中から切り分ける幸福のように、人がいなくなりました。

 そこへとろけるような笑みを男前な顔面に浮かべ、皇子殿下が一歩一歩ゆっくりと歩むのが見えます。

 そして私の前まで来ると片膝をきこう言ったのです。


「ルルーシア……もうずっとずっと前から、朝も昼も夜も思い浮かべない日はない程に、君に焦がれているんだ。どうか俺のものになって? 愛しい君」


 殿下に取られその甲に割とねっとりとキスをされた手には、フォークを握ったままでした。

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