第28話 怪奇レポート007.本を開くたびずれる栞 参
そんなこんなで仕事が終わって帰宅すると、ちょうどお隣の
木井さん、珍しくスーツを着ている。
「これからお仕事ですか?」
「ええ、仕事というか……仕事になるかどうかのお話をしに行くというか……」
木井さんは微妙な感じでお茶を濁す。
この人の仕事ってよくわからないからなぁ……。
もしかしたら喫茶店とか占い師の他にもいろいろやってるのかもしれないし。
夢の図書館へ繋がる不思議な本がうちにあるなんて言ったら木井さんも喜んでうちへ飛び込んできそうだよね。
っていうか、伏木分室の仕事の内容とか話したら喜んで飛びついてくるんじゃないかな?
それはちょっと困るから今は伏せておこう……。
「お仕事につながるといいですね! じゃあ、頑張ってください」
「ありがとうございます」
木井さんはぺこりと頭を下げると小走りで階段を下りて行った。
急いでるところを呼び止めちゃって悪かったかな?
そう思いながら鍵を差し込んだ時、階下から派手な音が聞こえた。
「大丈夫ですか!?」
慌てて下の階を覗き込みながら呼びかけると、木井さんがよろめきながら姿を見せた。
「最後の段を踏み外しただけです~」
いててーと声をもらしながら、右足を引きずってひょこひょこと走り去る木井さんを見ているとなんだか放っておけないような気持ちになってくる。
奥さんもいるからきっと大丈夫だと思うけど、次に会ったら湿布でも渡そうかな?
木井さんのことを心配しながらも部屋に戻った私は、机の上に置きっぱなしにしていた本に手を伸ばす。
「リーリエちゃん、この本が夢の図書館へ繋がる鍵になるって言ってたよね?」
でも、どうやって?
考えながら前にスピンを挟んだページを開く。
夢の世界の図書館で会ったリーリエちゃんの肖像画。
絵を見た瞬間にお人形さんみたいだなと思ったけれど、実物はもっとすごかった。
なんというか、触れちゃいけないような神聖さすらあるような気がしたし、それに加えて睡さんの存在だ。
執事のような、騎士のような彼がそばにいるからこそリーリエちゃんの儚さがより引き立つというか……。
とにかく、あの二人はアニメの主役になりそうな存在感があった。
「昨日はこの本を枕にしちゃったんだよね……。試しに今日もやってみるか?」
それ以外に方法が思い浮かばなかったから、私は本を枕の下に入れることにした。
「なーんか、昔あったよね。好きな人の写真を枕の下に入れたらその人の夢が見られる、みたいなおまじない」
子供の頃を思い出して、思わず笑みがこぼれた。
ハードカバーの本が枕の下に入るとかなり枕が高くなる。
ちょっと寝づらい気がするけれど、これも夢を見るため。
……と覚悟を決めてすぐ、疲れが溜まっていたのか私は夢の世界に落ちてしまった。
「あ、来てくださったんですね」
夢の世界に入ってすぐ、リーリエちゃんの優しい声が私を出迎えてくれた。
隣には睡さんの姿もある。
「あの、昨日夢が覚めてから本を確認したら、真っ白だったはずのページに私の夢の内容が書いてあったんですけど、あれは……?」
「ああ、ご説明する間もなく夜明けがきてしまいましたからね。改めてご説明させていただきます。
本館では毎日一冊だけ、夢の本をお持ち帰りいただくことができるのです。香塚さまは昨夜、ご自身の本をお持ちになられたままお帰りになりましたので本の内容が香塚さまの夢の内容に上書きされました。
蔵書の方をご返却いただきましたら現実世界の方の本は白紙となりますのでご注意ください」
「なるほど……」
私の疑問が一気に解決した。
「じゃあ、とりあえずこの本は返却で」
睡さんに本を手渡すと、彼は昨日のリーリエちゃんのようにひょいと飛び上がって高い位置にある棚に本を戻しに行ってしまった。
「ここって無重力なんですか?」
リーリエちゃんに尋ねながらジャンプしてみるけれど、現実とさしてジャンプ力は変わらない。
なんならちょっと重たい気までする。
「夢の世界では、信じることが力となるのです。飛べると信じ、飛ぶ姿を想像なさってみてください。きっと飛べます」
リーリエちゃんの返答を聞き、物は試しと身体が浮き上がることを想像してもう一度跳んでみる。
無重力とは程遠い。
けれどさっきとは比べ物にならない高さまで飛び上がることができた。
「その調子です。慣れればわたくしたちのように自由に動き回れるようになりますわ」
本を棚に戻して帰ってきた睡さんが戻ってくると、二人は「ごゆっくり」と言い残してそれぞれの持ち場に戻っていってしまった。
とりあえず、この夢の図書館でできることは把握した。
朝日が昇れば消えてしまうことも。
「んー、でも下手に本を借りて帰っちゃうと結城ちゃんとかに見せられないしなぁ……。惜しいけど今日は何も読まずに帰るとしますか」
後ろ髪を引かれながら図書館の扉に手を掛ける。
「……っ、え? 開かない??」
昨日はすんなりと開いたはずなのに。
今日は全身の力を込めてもびくともしない。
「想像と信じる力。リーリエちゃんが言ってたよね」
さっき聞いたばかりの話を思い出しながら扉が開く様子を想像してもう一度力を込める。
けれど……。
「だめだぁ」
夜明けになれば出られることはわかっているけれど、それまで時間を潰さなければいけないのは確定のようだ。
扉の前で立っていても仕方がないので、本棚を見て回ることにした。
世界中の人の夢の本があるのだから当然なのだろうけれど、本のタイトルには日本語や英語だけではない見たことのない文字や、文字と呼んでいいのかすらわからない記号のようなものまである。
手に取ってみたい欲に駆られもしたけれど、ここはぐっとこらえなければ。
図書館の中にいる利用者は少年もいれば老人もいる。
中には字が読めるのかもわからないような小さな子供もいた。
国籍もさまざまのようだ。
みんな声を発することなく、静かに本に目を通している。
なんと読書に適した空間だろう。
できることなら現実で積んである本を持ってきて読みたいくらいなんだけど。
「読み始めたら止まんないんだろうなぁ」
ここにいる人たちはきっとみんなそうなんだろうと思う。
言葉を発する時間すら惜しいほど、読書に没頭しているのだ。
本を読みたい欲を抑えながら図書館の中を飛び回る練習をしているうちに夜明けが来たらしく、気が付くと朝日の差し込むベッドの上だった。
夢の中で聞いた話しの真偽を確かめるため、枕の下から本を取り出して開いてみる。
栞の挟まっているページには相変わらずリーリエちゃんの肖像画があったけれど、他のページは綺麗さっぱり白紙に戻っていた。
「よかった~! これで他のみんなにも見せられる!」
ベッドの中でばんざいをすると、固まっていた関節がバキバキと音を立ててほぐれていった。
かなり深い眠りについているはずなのに、なんだか疲れが取れていない気がする。
むしろ疲れているくらい……?
「んー……、あと一時間は寝れるな」
徹夜明けのような状態で仕事には行きたくなかったので、念入りに目覚ましをセットしてから、まばたきをひとつ。
アラームが鳴っている。
「おかしいな……」
眠ったつもりはないけれど時計の針は一時間進んでいるし、きっと寝たんだろうな。
眠い目をこすりながら仕事用のカバンに本を詰め、私は家を出た。
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