第29話 怪奇レポート007.本を開くたびずれる栞 肆
「……っていうことで、この本を近くに置いて寝ると夢の図書館に行けるみたいなんですけど、栞がずれるっていうのが結び付かなくて。小津骨さん、どう思います?」
「どう、って言われると難しいわね。その『夢の図書館』っていうのがみんな共通して同じように見えるのかもわからないし、まして香塚さんはメガネをしてない状態で行ったんでしょう? それなら正しい姿が見えていない可能性もあるわ」
小津骨さんの言う通りだ。
瀬田さんからメガネをもらったのはいいけれど、メガネをかける習慣がないと忘れちゃうんだよね……。
「香塚先輩、もしよかったらその本貸してくれませんか?」
結城ちゃんはこの本に興味を持ったようで、革張りの表紙を撫でてみたりページをパラパラとめくったりしている。
「結城ちゃんなら霊感も強いみたいだし、お願いできるかな?」
「そうね。危険を感じたらすぐに関わるのをやめてもらって、瀬田さんか誰かに相談するようにしましょう」
「えぇ……、絶対なんかあるっスよ。やめた方がいいっス」
ビビリの真藤くんは一人苦い顔だ。
「何かあるんだったら私がどうにかなってるはずだし、そんなに怖がることないと思うんだよね」
「何ともないのはこーづかさんが鈍感だからっス」
ナチュラルに失礼なことを言った真藤くんを小突いてその日は終わった。
翌朝、結城ちゃんは満面の笑みで出社してきた。
「行けましたよ~。夢の図書館!」
「どうだった?」
「聞いてた通り、大きなお屋敷いっぱいに本があって、男の子と女の子が応対してくれました」
二人の容姿も、自分の夢の本を手渡されたのも同じ。
ここまで共通項が多いとただの夢とは思えない。
「夢の本を持って帰ってきたら本が上書きされるって聞いたから試しに持ってきてみたんですけど、本当ですね」
本をめくりながら嬉しそうに結城ちゃんが笑う。
自分の夢の中身が書いてある本を持ってくるなんて、結城ちゃんもまた肝っ玉が据わっている。
「ちょっと見せてもらうっスよ!」
悪い顔をした真藤くんが結城ちゃんの手から本を奪うと、開いていたページを声に出して読み始めた。
「『ゆれろ、ゆれろ、舟ゆれろ』
静かな低い声が響く。
そこへ波が押し寄せ、舟は大きく前後に揺さぶられた。
その衝撃で舟に横たえられていた少女が目を覚ます。
『ゆれろ、ゆれろ、舟ゆれろ』
低い声が繰り返す。
眠い目をこすりながら上半身を起こした少女が乗った小舟を、再び波が揺さぶった。
……結城ちゃん、どんな夢見てるっスか!?」
「違う違う。ワタシの本じゃなくて――」
結城ちゃんの言葉に本を閉じた真藤くんは背表紙に刻まれた名前を読み上げる。
「瀬田、
「瀬田さんの本持ってきちゃったの!?」
なんてことを。
と、思う反面、よくやったと褒めてあげたい気持ちもある。
瀬田さんがどんな夢を見てるか気になるし。
真藤くんが読み上げたページの夢は、海の神様に生贄として捧げられた巫女の視点に立った内容だった。
他にも、神社で神様のような輪郭のある光と対話をする夢だったり、どれも瀬田さんらしさのある話ばかりが並ぶ。
「これを見たら瀬田さんのことがもっとわかるかなと思ったんですけど、逆にわかんなくなっちゃいました」
結城ちゃん、しょんぼりしてるけど前みたいに瀬田さんの神様に憑りつかれてないよね?
「それにしてもすごいページ数っスね」
どこまでめくっても文字で埋められたページを眺めていた真藤くんは顔をしかめた。
たしかに、私の時は四分の一くらいしか埋まっていなかったページがかなり後ろの方まで埋まっている。
「瀬田さんってすごく長く寝る人なのかな?」
「若く見えるだけで妖怪みたいな歳なのかもしれないっス」
冗談を言った真藤くんを睨みつけ、結城ちゃんは本を片付けてしまった。
「これ、借りた本を返さなかったらどうなるんでしょうね」
「夢の図書館にいる二人が本を回収しに現れたりするのかなぁ」
「延滞金で命取られたら洒落にならないっス」
真藤くん、なんかずっとこの本のこと警戒してるなぁ。
リーリエちゃんも睡さんもそんな悪い人じゃなさそうなのに。
「とりあえず、借りたものは返した方がいいわよ」
「もちろん! 今夜返しに行きます」
小津骨さんに促され、結城ちゃんは大きく頷いた。
翌日、結城ちゃんは本を持ってこなかった。
枕の下に置いたまま忘れてきてしまったらしい。
――まあ、そういうこともあるよね。
そう思う反面、昨日の会話もあるから少し心配でもあった。
結城ちゃんなら瀬田さんの夢の本を読み終わるまで本を借りっぱなしにすることもありそうだから……。
現に、目の下にクマができてる気がするんだよね。
「明日には絶対、絶対に本をお返ししますから!」
本人がそう言うなら、信じるしかないかな。
「私も人から借りてる本だから、傷だけは付けないようにね。それだけはお願い」
「わかってます!」
結城ちゃんははっきりと宣言してくれた。
これでひとまず安心かな?
ところが、その次の日。
結城ちゃんは仕事を休んだ。
この二ヶ月で初めてのことだ。
小津骨さんには朝、体調が優れないから休みますとだけ電話があったらしい。
ただ単なる寝不足ならそれでいいんだけど、真藤くんが言ったみたいに延滞金で寿命を削られてたら……。
ちょっと心配だなぁ。
本が結城ちゃんの手に渡って五日目。
結城ちゃんはフラフラになりながら伏木分室にやってきた。
「おはよう、ございます……」
「えっ!? 結城ちゃん!?? ちゃんと病院行った?」
心配になって思わず尋ねてしまうくらいに、結城ちゃんの顔色は悪かった。
ゲッソリとやつれて、目の下のクマは前よりもずっと濃くなっている。
「昨日一日、体が重くてずっと横になってたんですけど良くならなくて。夢の図書館にいる間は体が軽いんだけどなぁ」
困ったように笑う顔は一気に何十歳も老けたようだ。
「ゆーきちゃん、ヤバいっスよ。絶対その本のせいっス。本はどこっスか」
いつになく真剣な面持ちの真藤くんは、瀬田さんからもらった聖水の瓶を手にしている。
それを見ただけで、彼が何をしようとしているのか察しがついた。
「真藤くん、ダメだよ。言ったでしょ。借り物の本なの」
「そうですよ! 本を傷つけるなんてダメです。そんなこと、ワタシは、絶対に……――」
何か言いかけながら、結城ちゃんは崩れ落ちるように机に倒れ込んだ。
「結城ちゃん!?」
「きゅ、救急車っスー!!」
真藤くんが大慌てで携帯を取り出し、一一〇に電話を掛ける。
そこへ、小津骨さんが戻ってきた。
「あら? どうしたの?」
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