第27話 怪奇レポート007.本を開くたびずれる栞 弐
私が伏木分室に入ると、奥の部屋から男の人と
お客さんなんて滅多に来ないのになぁ、と思いながらいつもの仕事部屋に入ると、
「あ、香塚先輩! ワタシ、さっき見ちゃったんです。小津骨さんがスーツ姿のおじさんと奥の部屋に入っていくところ!」
「依頼者さんかな? なんか珍しいよね」
「グレーヘアをオールバックにした真面目! って感じの人でしたよ。そんな人が怪奇現象対策課なんて怪しい名前のところに来るかなぁ……?」
たしかに、頭の固そうなおじさんはこういう所に来るイメージはないかも。
「真藤くんは何か聞いたりしてないの?」
「聞いてないっスー。朝来たらもうおじさんが立ってて、おつぼねさんと奥の部屋に行っちゃったっス」
まさかの一番乗りだったとは。
それにしても気になるのが……――。
「真藤くんさ、どうして小津骨さんのことを『お局さん』なんて呼ぶの?」
毎回怒られるのをわかっていてその呼び方をするってことは、親子であるが故の照れ隠し?
なんか、真藤くんってそういうタイプじゃない気がするんだけどなあ。
「え? おつぼねさんだからおつぼねさんって呼んでるだけっスよ?」
え?
もしかして私が勘違いしてただけで小津骨さんってあの字で「おつぼね」って読むの?
でも自己紹介の時にしっかり「おつ
「一番年取ってて偉いオバサンを『おつぼねさん』って呼ぶっス。ドラマで見たっスよ。もしかして、こーづかさん知らないっスか?」
「……あ、え?」
真藤くん??
お局さんって言葉は現実よりドラマの世界で聞くことが多いのはわかるけど、なんかちょっと違う覚え方してる気がするなぁ。
「真藤くん、あのね、お局さんって悪口だよ?」
「意地悪とかうるさいとか、そういうイメージが強いですよね」
「え? そうなんスか!? ヤバイ! 殺されるっス!!」
私と結城ちゃんに言われて初めて知ったらしく、真藤くんは頭を抱えて逃げ込む先を探し始めた。
「みんな、おはよう」
噂をすれば、とでもいうことだろうか。
小津骨さんがスーツ姿のおじさんを引き連れて部屋へ入ってきた。
「……あ」
おじさんの顔を見て私は思わず声を漏らしてしまった。
「
図書館と偽って私を
反射的に指さしてしまった手を下ろしながら、気持ちを鎮めるために深呼吸をする。
うっかり睨みつけてしまって機嫌を損ねたら、三月になったら本物の図書館に異動させてもらう約束がなしになってしまうかもしれないからね。
「香塚さんは役場にいた時に面識があるんだったわね。結城さんは会うの初めてでしょう?」
「はい……」
「こちら、桂田
小津骨さんの紹介を受け、桂田部長が軽く頭を下げる。
「今小津骨の方から紹介があった通り、キッカイ町役場の人事部長をやっている桂田照光。来年定年のじいさんだ。名前のせいでヅラだと思われがちだが、これは地毛だ」
白髪を引っ張って見せながらおどけた様子でお決まりの挨拶をする桂田部長。
「今日は伏木分室の視察ということでみんなの仕事っぷりを見させてもらうが、気にせずいつも通り業務にあたってくれ」
……厄介なタイミングで厄介な人が来たなぁ。
これじゃあの本について調べられないじゃないか。
内心不満に思いつつ、それは表に出さないように「よろしくお願いします」と軽い挨拶をして朝のミーティングは終わった。
桂田部長は私たちが仕事をしている間、伏木分室の中をちょろちょろと歩き回って「これはなんだ」だの「これは何をしているんだ」だのと声を掛けてきた。
その都度小津骨さんが部長のそばに行って説明をしてくれたおかげで私たちの仕事が止まることはなかったけれど、小津骨さんはかなり嫌そうな顔をしている。
小津骨さんが目を光らせてくれているおかげか、部長はこれでもかなり大人しい方だと思う。
「それにしても酷い量の箱だなぁ」
桂田部長が積み上がったダンボール箱の山を見て顔をしかめる。
「部長でしょう? 箱をここへ送ってきたのは」
すかさず小津骨さんが言い返した。
「わしゃ知らんぞ!」
「はぁ? 私は見てるんですよ。ここの開館準備に来た時、部長がせっせと運んでたじゃないですか」
「知らん知らん。やるなら若いのに任せるわ!」
豪快に言ってのけ、がははと笑う。
こういう無自覚なパワハラ気質があるのがこの部長の悪いところだ。
「言われてみれば、そうね。あなた自身がやるはずないわね」
小津骨さんも妙に納得してしまっている。
「じゃあ、いったい誰が……?」
「怪異じゃないっスかー?」
あっけらかんと言ってのけた真藤くんに桂田部長の視線が向いた。
「なんだ、このチャラついたガキは」
「あらごめんなさい。うちの息子ですの」
小津骨さんが微笑むと、部長のまぶたがぴくりと動いた。
「そうか……。ということは町長の――」
「まあ、この話はこれくらいでいいじゃないですか。問題はこの箱がどこから来たかってことだわ」
ダンボール箱に詰められた紙にはキッカイ町やその周辺から寄せられた怪異報告が綴られている。
報告者と連絡がつくことだって「落ちた花弁から滴る血」の事件の時に確認済みだ。
しかし、桂田部長に言わせれば町民たちからの投書箱もまだ設置前で、こんなに大量の資料が届くはずがないらしい。
「この箱、開業準備に来た時は箱も五、六個だったはずなのに、いつの間にか建物いっぱいになってたから不思議だったのよね」
誰も見ていない間に増えた箱か……――。
「前に
「ああ、電波のやつ?」
「そうです! あの時みたいに私たちが気付いたと察知して、明日になったらすっからかんになってるかもしれませんよ」
ちょっとした冗談のつもりの発言も、この町ならあり得そうな気がしてしまう。
結城ちゃんや真藤くんもうんうんと頷いている。
「怪奇現象対策課だろ、対策しろ!」
桂田部長の無茶振りを小津骨さんの睨みが打ち返す。
部長はびくりとして口を閉ざすと、そのまま静かになった。
次に取り掛かるのは「まばたきをする赤い月」という案件になるようで、みんなでその資料をかき集めるのが仕事の大部分となった。
いつの間にか桂田部長までその一員になっている。
「部長って何かできるんですか?」
「何かとはなんだ」
「いや、その除霊とか、そういう系です」
仕事ができないと言われたと思ったのか、むっとした顔をする部長に慌てて補足する。
「怪奇現象対策課なんて部署を作ったくらいだから、部長も何かそういう方面の技術を持ってらっしゃるのかと思いまして」
「お前、本当に幽霊がいると思ってるのか」
えぇー……怪奇現象対策課を作った人がそんなこと言っちゃいます??
言葉には出せなかったけれど、みんな思ったことは同じようでほんのりと顔に出ている。
「妙な事件が続いてると聞いて対策を立てんわけにはいかんだろ。放っておいて怒られるのはわしらだぞ。
閑職になると思ってボロの公民館を与えてみればこれだ」
部長はなぜか恨めし気だ。
っていうか、ここってやっぱり窓際部署の予定だったんだ!?
図書館配属と思わせておいて窓際に行かされた私……。
じわりと涙がにじんできたけれど、これも一年の我慢。
次、桜が咲く頃には私は晴れて図書館で働き始めているはずだから……!
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