第23話 怪奇レポート006.排気口に詰まった毛髪・弐

 排気口の中から髪の毛の塊を引きずり出す試験に続き、今度はコレを浄化する試験。

 アパートでやると迷惑になりかねないので、歩いて数分のところにある小さな公園に場所が移された。


「一般的な除霊に用いられる道具がひと揃えしてありますので、お好きなものを使ってください」


 そう言って瀬田さんは車のトランクルームに積んでいたキャリーバッグを開ける。

 そこには御神酒や数珠、清めの塩から十字架や前に壁のシミを取った時に真藤くんが使っていたような聖水の瓶もある。

 あとは使い道がわからない道具も多数。


 今回は時間がかかることを想定して、全員で一斉に開始することになった。

 みんな緊張した顔をしている。


「あの、一つ聞いてもいいですか?」

「なんですか? 香塚さん」

「この髪の毛の塊って本当に怪異ですか?」

「髪の、かたまり……?」


 結城ちゃんがポカンとして首をかしげる。

 すると、瀬田さんが「ああ」と声を漏らした。


「すみません。皆さんコレがきちんと視えているものだと思っていました。先にそれぞれ見えているモノの状態を説明してもらいましょうか」

「え? 髪の毛の塊じゃないんですか?」


 私の言葉を否定するように、他の三人が次々に口を開いた。


「いや、生首っスよ」

「そうね。恨めし気な顔をした女性の生首だわ」

「はい。泣きぼくろがあって、生きてた頃はモテてそうな若い女の人です」


 えぇ……。

 みんなにはそういう風に見えていたんだ。

 そりゃ掴むのに躊躇するよね。


 見え方に多少の違いはあるようだけど、私以外にはそれが人間の頭部だとわかっていたらしい。

 昔から霊感がない自覚はあったけどちょっと悔しいなぁ。


「視るのと祓うのは別ですから、とりあえずやってみましょう」


 瀬田さんに促され、私たちはそれぞれの前に置かれた頭部(……らしいもの)に対峙した。


 ……さて、これをどうやって処理しよう。

 見た目は完全に髪の毛の塊だから、とりあえず火でもつけてみようかな?


 私が思案しながら除霊道具の入ったキャリーバッグを見に行く途中、マッチとロウソク、それにガスバーナーを持った真藤くんとすれ違った。

 やばい。

 今の私、真藤くんと同じ考えをしてたみたい。


 入れ替わりで道具を吟味している小津骨さんの後ろに並びながら、みんなの作戦をちょっとだけカンニングすることにした。


 真藤くんはさっそくロウソクに火をつけて髪の毛を燃やそうとしている。

 けれど火のつきは良くなさそうだ。


 小津骨さんは御神酒と塩、数珠と経本のようなものを手に抱えて自分のスペースに戻っていくようだ。

 きっと「除霊」と聞いて多くの人が真っ先に思い浮かべるような方法を試すんだろうな。


 結城ちゃんは道具を何も持たず、公園のベンチに生首を置き、自分はしゃがんで視線を合わせるような体勢を取っている。

 口元が動いているのと時々うなずいているのが見えるから、あの生首と何かを話しているのかもしれない。


 三者三様の作戦と、キャリーバッグに残された大量のグッズ。

 どうしよう。何をしたらいいのか全く分からない!


 とりあえず浄化とか除霊のイメージがある聖水の瓶と、見たことのある白い紙が付いた棒を手に取ってみた。

 これってたしか神主さんがお祓いの時に使ってるやつだよね? ってことは何かしらに使えるはず!


「香塚さんは大幣おおぬさを使われるんですね」

「え、ええ。ちょっと試しに……」


 瀬田さんに声を掛けられたけれど、適当に笑って誤魔化すことしかできなかった。

 この紙がついた棒、大幣っていうんだ……。


 無造作に置かれた髪の毛の塊に向き合うと、祈りを込めながらちょっとずつ聖水を振りかけてみる。

 最初の一滴が髪に落ちた瞬間、ジュッという音と細い煙が立ち昇った。


「効いた!?」


 私が見出した希望は、はかなくも打ち砕かれる。

 聖水の刺激に驚いた髪の毛たちがタコか何かのようにもぞもぞとうねりながら暴れ出したのだ。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!」

「大丈夫っスか!?」


 私の悲鳴にいち早く反応してくれたのは真藤くんだ。

 助けを求めようと視線を向けると、彼もまた暴れる髪の毛に纏わり付かれて大変な状況になっているではないか。


 あ、あの状況に比べればまだ大丈夫。

 まだ頑張れる。


 自分を鼓舞しながら、右手に大幣、左手に聖水の瓶を構えた。


「えいえいえいえい! ていていていてい!!」


 聖水の瓶を真っ逆さまにしてどんどん聖水を掛けつつ、大幣で殴る。

 たしか大幣これってこうやって振って使うはずだよね!


「や、野蛮……!」


 小津骨さんのお経が止んで、代わりに怯えた声が聞こえた気がする。


「終わりました」


 え?

 小津骨さんもう終わったの?


 大幣で殴る手を止めずに、横目で小津骨さんを見る。

 たしかにあそこにあった髪の毛の塊は消えていた。


「できましたー!」


 続いて結城ちゃんの声も。

 結城ちゃんは結局、道具を使わず生首と対話するだけで浄化に成功してしまったらしい。


「た、たすけ……て……っス……」


 声のした方を見ると髪の毛に雁字搦めにされて動けなくなった真藤くんが地面に転がっている。

 首を絞められているのか、顔が紫色だ。

 これにはさすがの瀬田さんも危険を感じたらしく、救助に向かって行った。


 ど、どうしよう!!

 大幣で殴っている間はコレの動きも止まるけれど、目に見えて弱ってる感じもないし……。

 その瞬間に頭をよぎったのは、この前かなちゃんと行った「ますたぁきい」での一コマだった。


「小津骨さんすみません、数珠貸してください!」


 私は小津骨さんから受け取った数珠に聖水を振りかけ、大幣を投げ捨てると代わりに素早く数珠を手に巻き付けた。

 あとは一思いに……――!!


「破ァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!」


 空手家が瓦割りをする時のように、躊躇なく手刀を振り下ろす。


「ダメぇぇぇっ!」


 結城ちゃんの悲鳴が響いた。

 けれど私の手はもう止められない。


 その日、私は人生で初めて骨が折れる音を聞いた。




【怪奇レポート006.排気口に詰まった毛髪


 概要:伏木地区某所のアパートにて、排気口の中に女性の頭部が詰まっているのが発見された。

 女性の頭部は複数に分離しており、それぞれ別の部屋の排気口を塞いでいた。


 対応:外部指導員である瀬田氏の指導の下、各人が排気口より頭部を除去、除霊。

 対話による除霊を行った結城によると、女性はかつてこの近辺で殺害され、バラバラ死体として遺棄されていた。その際、頭部は排気口に詰められており、その状態のまま怪異として定着してしまったものと見られる。

 職員の除霊だけでは不十分である危険性があったため、すべての作業終了後に瀬田氏による仕上げを施している。】

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