第22話 怪奇レポート006.排気口に詰まった毛髪・壱
「それにしても、キッカイ町は面白い場所ですねえ」
移動の車中、
ほら、と言いながら見せられたのはスマホの待ち受け画面だ。
特に変わりは無いように見えるけど……。
「見てください。7Gですよ! 飛んじゃいけないものが飛んでます」
言われて初めて気付いた。
画面の左上、受信中の電波マークの隣には「7G」と表示されている。
当然のように私のスマホも……。
「あれ? 5Gが最新でしたよね??」
「そうね。だけどこの辺はまだ基地局が出来てないから4Gしか飛んでないはずよ」
助手席に座る
通信速度が変わったりしないから今の今まで気付かなかったけれど、一体何が起こっているんだろう。
「7Gって何なんですかねぇ? ……あ」
詳細を見られたりしないかなと思いながら「7G」の文字をつついていると文字がクシャっと歪んで形を変えた。
次に現れたのは見慣れた「4G」の表示だ。
「直りました」
驚いて画面を見せると、瀬田さんはさらに笑顔になった。
「こういう怪異はですね、気付かれると逃げ出すものなんですよ」
ニコニコしながら逃げられる前にとスクショを撮っている。
どうしてこの人はこんなに嬉しそうなんだろう。
こういうとこ、
……あ。
もしかして瀬田さんのところの神様が結城ちゃんを選んだのってそういう理由?
だとしたら縁結びの神様としての力はすごいのかも。
一方、神様の
いつもより静かでちょっと安心だ。
「着いたっスよ〜」
見たところ、何の変哲もない普通のアパートのようだけれど……。
「行きましょうか」
瀬田さんはにこりと微笑むと私たちを先導して歩きはじめる。
建物の外周を回り込み、迷うことなくアパートの裏へ向かって行く。
――これって不法侵入にならないかな?
不安になってみんなの顔を窺うけれど、小津骨さんも真藤くんも特に疑う様子もなく瀬田さんの後ろを付いていっている。
っていうことは大丈夫?
キョロキョロしている私をよそに、瀬田さんはぴたりと足を止めた。
「これですね。じゃあまず小津骨さんからやってみましょう」
瀬田さんの視線の先にあるのは外壁に飛び出している排気用のパイプだ。
高さは私たちの頭の上、たぶん地面から二メートルくらいの位置だろう。
暗くて中の様子まではわからない。
瀬田さんが用意してくれた三段の脚立に上がると、小津骨さんは意を決したように排気口に手を伸ばした。
その瞬間。
排気口の中の闇の塊がずるりと動いた。
――髪の毛だ!
気付くまでにそう時間は掛からなかった。
どこかに引っかかっているのか、小津骨さんが力を込めるたびにブチブチと髪が千切れる音がする。
そうして格闘すること五分ほど。
排気口に詰まっていた髪の毛の束はようやく太陽の下に引きずり出された。
「お疲れさまです。
それじゃあ次、
不意に名前を呼ばれて、びくりと飛び上がってしまった。
瀬田さんは隣の部屋の排気口の下まで脚立を移動させ、私にも同じことをするように促してくる。
「こ、これは何なんですか?」
「皆さんは怪異の対処をなさると聞きましたので。それぞれに合ったやり方をお教えするためにも、まずは実力を測らせていただきたいんですよ」
「なるほど???」
そう言われると従う他ない。
見上げた排気口の中には、隣の部屋にあったのと同じ黒い塊。
……このアパートの排気設備はどうなってるんだろう。
「ええい、ままよ!」
声を出すことで不安を紛れさせながら、排気口に手を伸ばす。
自分のじゃない髪の毛を鷲掴みにするのってこんなに気持ち悪かったっけ?
髪の毛に触れた指から足先まで波のように鳥肌が広がっていくのを感じつつ、髪の毛を掴んだ手に力を込めて下方向へ引っ張った。
「ふぇっ!?」
指に絡んでいたはずの髪の毛がするりとほどけ、私の右手は思い切り空を切る。
私はバランスを崩し、アパートの外壁に思い切り右肩を打ち付けた。
そのまま脚立からも墜落しそうになったところを、真藤くんに支えられてどうにか持ちこたえる。
「大丈夫っスか?」
「う、うん。なんとか……」
肩をさすると痛いけれど脱臼している様子はないし、たぶん大丈夫。
気を取り直してもう一度髪の毛に手を伸ばす。
今度は慎重に、ゆっくりと引っ張ろう。
こうして私は小津骨さんの倍くらいの時間をかけて排気口に詰まっていたモノを引きずり出すことに成功した。
その後、結城ちゃんと真藤くんも同じように別の部屋の排気口に詰まった髪の毛と格闘した。
私が思い切り肩を打ち付けたのを見た後だったからか、二人とも怯え気味だったけど。
結局、結城ちゃんは髪の毛をうまく掴むことができず、真藤君は私と小津骨さんの間くらいの時間で成功していた。
「ちなみに、瀬田さんがやるとどんな感じなんですか?」
小津骨さんが問い掛けると、瀬田さんはにこりと笑った。
「せっかくですからお見せしますね」
瀬田さんは脚立に上がることなく、結城ちゃんがどう頑張っても捕まえることができなかった髪の束に人差し指を向けた。
そのままトンボにやるように指先をくるくるっと回すと、空を掴んで引き下ろす。
その間わずか三秒。
髪の毛の塊は千切れる不快な音を立てることもなく、するりと排気口から出て地面に落ちた。
「……とまあ、こんな感じです」
「すごい! 指一本触れないなんて!!」
結城ちゃんの目が恋する乙女モードになってる気がするし、真藤くんは度肝を抜かれた様子でポカンと口を開けて棒立ちになっている。
こんなすごい人に伝手があるなんて、さすが小津骨さんだ。
余韻に浸っている私たちに向けて、瀬田さんは告げた。
「それじゃあ、次の試験に移りましょう。次はコレを浄化してもらいます」
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