第21話 オオガネモドキを捕まえろ!

「みんな、お客さんよ」


 たっぷりあったゴールデンウイークは瞬く間に終わり、日常が戻ってきた。

 まだまだ休みボケが抜けきらないまま仕事をしていた私たちに向けて小津骨おつほねさんが声を張り上げる。

 小津骨さんの隣には見たことのない男の人が立っていた。


 ひと目見た印象としては普通の人。

 年は私より若くて、結城ゆうきちゃんと同じ二十代前半くらいかな?


 光の加減によって金髪にも見えるくらい明るい髪色の真藤しんどうくんとは対照的で、黒髪の落ち着いた印象を受ける人だった。


「はじめまして。瀬田せだたつみといいます」


 瀬田と名乗ったその人は、静かに頭を下げた。


「瀬田さんは雪蔭ゆきかげ神社の神主さんで、怪異の対処についても詳しい方なの。今日は瀬田さんに怪異への対処の仕方を教えていただきますからね」


 テキパキと説明をする小津骨さんの隣で彫像のように静かに佇んでいる瀬田さん。

 彼の周り、半径一メートルくらいの空間だけ空気が違っているように見える。

 二十代前半にしてはずいぶん落ち着いた雰囲気にも見えるし、彼からマイナスイオンでも出ているんじゃないだろうか。


 ……なんて考えていたらお昼を告げるチャイムが爆音で鳴り響いた。

 これにはさすがの瀬田さんも驚いたようで、わずかに目を見開いて天井に視線を移した。


「毎日この音量で鳴ってるんですか?」

「そうなんです。驚かれましたよね」

「まあ、少し。もし良かったら僕に見させてもらえますか? 直せるかもしれません」


 瀬田さんって機械の修理までできるの!?

 車の運転でドヤ顔をしているうちのチャラ男にも見習ってほしいな。


 真藤くんをちらりと横目で見てみると、私の心の声が聞こえてしまったのかちょっと不機嫌そうにこちらを睨みつけているじゃないか。

 いや、私越しに瀬田さんを睨んでいる……?


 小津骨さんは着信があったらしく、スマホを耳に当てながら小走りで廊下へ出て行ってしまった。

 今日は小津骨さんが忙しい日のようだ。


「瀬田さん、とりあえず休憩時間なのでどこかに食べに出ませんか? 美味しいお店、ご紹介しますよ?」


 結城ちゃんまで瀬田さんに魅力を感じているのか、いつもに増して目をキラキラさせながら瀬田さんを昼食に誘っている。


「いえ。僕は先に済ませてきてますので。皆さんで行ってらしてください」


 瀬田さん、守りが硬い。

 表情ひとつ変えずに結城ちゃんの誘いを却下して、じっと天井を見つめている。


「ゆーきちゃん、美味しい店ってどこっスか? 俺行ってみたいっス!」


 机を乗り越えて向かいの結城ちゃんの席にダイブしそうな勢いで真藤くんが身を乗り出す。

 瀬田おきゃくさんが来ていることなんてお構いなしの暴挙に私は思わず頭を抱えてしまった。


「お昼休みは十三時まででしたよね。チャイムの方はそれまでに片付けておきますからご安心ください」


 丁寧な口調は崩さないまま、早く一人にさせてくれというオーラを全開にする瀬田さん。

 まあ、真藤くんみたいなのが騒いでいたら作業に集中できないもんね。


「わかりました。それじゃあ今夜、仕事が終わってから飲みに行きましょう!」

「行くっス~!」


 結城ちゃんの誘いに脊髄反射だけで返事をする真藤くん。


 だけど最初の自己紹介の時、真藤くんはまだ十九歳って言ってたよね?

 そのせいか結城ちゃんは真藤くんのことガン無視してるし。

 そろそろ返事してあげないと真藤くんが涙目になってるよ??


 私の心配をよそに、結城ちゃんはさっさと事務所を出てしまう。

 私と真藤くんもその後に続いた。


「どんだけデキる奴か知らないけどいけ好かない奴っスね」


 むすっとしたまま真藤くんは背後の事務所に向けて舌を出す。


「まあまあ。ちょっと気難しそうな人だったけどさ」

「わかってないです! 香塚先輩も真藤くんも! 瀬田さんは絶対に素晴らしい人ですっっっ!!」


 どこからそんな自信が湧いてくるのかわからないけれど、結城ちゃんは自信満々で言い切った。


「結城ちゃん? もしかしてだけどさ、今日ってお写真笑顔だった?」


 思い浮かんだのは、前に結城ちゃんから聞いた表情の変わるという家族写真の話だった。

 笑顔であれば良いことが、表情が暗くなるにつれて悪いことが起こる傾向にあるといい、それを日々の占い代わりにしているらしい。


「今日はお母さんが笑顔だったんです。それも、見たことがないくらいの! これは絶っ対に瀬田さんのことを暗示してるに違いないんです!」


 結城ちゃんの瞳から光が消えて、深淵に続く渦巻きができているように見える。

 マンガとかでよくある暗示にかかって操られている時みたいな、あれだ。

 あの目って本当になるんだ……。


「お母さんって、たしか恋愛運だったっけ?」

「そうです。そのお母さんが顎が外れるくらい笑ってるんですから、絶対に瀬田さんがワタシの運命の相手なんです」


 グルグルおめめの結城ちゃんは揺らがない。

 顎が外れるくらいの笑顔って逆にホラーだよ?

 さっきまで「ゆーきちゃん」「ゆーきちゃん」って言ってた真藤くんまで引いているし。


「と、とりあえずさ、コンビニにお弁当でも買いに行こうか」

「そうですね! ワタシも瀬田さんに差し入れしたいですし」


 何かに憑りつかれてしまったような結城ちゃんのことはさておき、テンションの下がりきった真藤くんを引き連れて近くにあるコンビニに向かった。




「瀬田さ~ん! お待たせしましたぁ~!!」


 昼休みが終わるなり、結城ちゃんは真っ先に瀬田さんの元に向かった。

 なんだか悔しそうな真藤くんとは反対に、瀬田さんは結城ちゃんに目もくれず手に持ったフィルムケースを満足そうに眺めている。

 半透明だからはっきりとはわからないけれど、中に入っているのは黒っぽいものだ。


「あ、小津骨さん。チャイムの故障の原因がわかりましたよ」


 小津骨さんが帰ってくると、瀬田さんはそのフィルムケースを軽く振って見せた。

 カラカラと音が鳴る。


 中身は軽そうだ。

 スピーカーの部品が壊れていたとかかな?


「本当!? 何が悪かったの?」

「オオガネモドキです」

「おお、がね……?」


 私が首をかしげると、瀬田さんはそうか、という顔をした。


「妖怪の一種だと思っていただいて大丈夫です。古い怪談話に『廃寺で雨宿りしていた旅人が壊れているはずの鐘が鳴るのを聞いた』というパターンのものがあるんですが、その正体がこのオオガネモドキだと言われているんです。

 最近は個体数も減っていて、僕も何例かしか見たことがなかったんですが……。こんなに大型の成体がまだいたなんて感動ものですよ!」


 いつになく興奮気味の瀬田さんがフィルムケースを開けて見せてくれる。

 フィルムケースの中にぴったり納まるように入っていたのは、六本の足をバタつかせて暴れている黒光りした虫だった。


「ひぃっ!」


 間近でフィルムケースを覗き込んだ結城ちゃんが悲鳴をあげながらのけぞった。

 そのまま倒れそうになったところを真藤くんが抱きとめる。


「ははは、そんなに驚くことはないですよ。

 オオガネモドキはその名の通り、鐘の音を真似して大きな音で鳴く虫なんです」

「へぇ……。意外とおとなしいのね」

「一度鳴くだけでもかなり体力を消耗するらしいですからね。この子はお昼に鳴いてるし、しばらくは鳴かないと思いますよ」


 カブトムシくらいの大きさの身体であれだけの大音量を鳴らしていたと言われても、信じられない気持ちが勝ってしまう。


「これ、いただいてもいいですか?」


 瀬田さんはフィルムケースの蓋を閉めながら小津骨さんに問い掛ける。

 小津骨さんがこちらをちらりと見たので、私と結城ちゃんは全力で首を縦に振った。


「どうぞ」

「やったぁ。これが手に入っただけで来た甲斐がありますよ」


 瀬田さんはご機嫌だけど、私にはちょっと理解できない。


「……あ、そうそう。この方の様子がおかしいような気がしてたんですが、うちの・・・が悪さをしていたんですね。綺麗にしときますんで」


 そう言うと、瀬田さんは懐から数珠を取り出して結城ちゃんの背中を軽く叩いた。

 次の瞬間。

 テレビで見るみたいに結城ちゃんが脱力して床に崩れ落ちた。


「すみませんね。念のためにと思って連れてきたのがいるんですが、縁結びが本分なのを忘れていました」

「縁結び……?」

「ええ。雪蔭神社うち主祭神かみさまなんですけど、僕の跡取りのことを心配してるみたいで……。時々こういうことをしちゃうんです」

「は、はあ……」


 縁結びの神様が暴走して惚れさせられるってこと?

 あのグルグルおめめはそういうことだったのか。


 神様に選んでもらえるのは名誉なことかもしれないけど、本人の意向は完全に無視ですか?

 瀬田さんの神社には迂闊に近付いちゃいけないのかもしれない。


「オオガネモドキを捕まえた後、暇だったので資料の方も拝見しました。

 ひとつ良さそうなところがあったので行ってみませんか?」


 瀬田さんの提案で、私たちはとある場所へ向かうことになった。

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