第20話 行方知れずの『ますたぁきい』・弐
「こーづかちゃん、伏木分室ってどんな感じのとこなの?」
アイスコーヒーにガムシロップとミルクを入れてかき混ぜながら、かなちゃんが問い掛けてきた。
「どんなところ、かぁ……。別に普通ですよ? 仕事の内容はちょっと変わってるけど、一緒に仕事をしている人たちはみんないい人ですし」
「へ〜。あそこの館長って町長の前の奥さんなんでしょ? 私会ったことがないんだけど、どんな人なの?」
かなちゃんが思っていた以上に食いついてきたので驚いた。
っていうか
私以外の人たちの間では知られていたことなのかな?
「小津骨さんは……頼れる姉御みたいな感じかなあ。美人で仕事もできて、魔性の女って雰囲気もあるし。とにかくすごいですよ」
すごい、なんて言葉で言い表しきれる人じゃないんだけど、すごい以上の表現が出てこない。
「他には? どんな人がいるの?」
「あとは新卒で入ってきた結城ちゃんと、大学生アルバイトの真藤くんかな。二人とも面白い子ですよ」
そういえば真藤くんが町長さんの息子なのを忘れてた。
真藤くんの名前を出しちゃまずかった?
言い終えてから不安になってきた。
「忘れ物、忘れ物!」
私の心配事を蹴散らすような慌ただしさで木井さんが戻ってきた。
いつの間にかエプロンから着替えて魔術師のような黒いフード付きのマントを纏っている。
そして、雑貨がひしめく飾り棚に向かうとひったくるように水晶玉を取り上げ、再び奥の部屋に戻っていった。
嵐のような出来事に私とかなちゃんは目を丸くした。
「えっと……何の話をしてたんだっけ?」
「何でしたっけ? ああ、伏木分室はいい人ばっかりだよって話か」
あまりのインパクトに二人揃って直前の記憶が飛んでしまった。
おかげで触れたくないところに触れずに済んだけど……木井さんはいったい何を?
二人で息を殺して聞き耳をたてると、木井さんが喋っている声が途切れ途切れに聞こえてきた。
けれど、距離が離れているせいで内容まではわからない。
「あれ? なんか落ちてる」
かなちゃんが飾り棚の足元の床を指さした。
そこに落ちていたのは茶色い鳥の羽だ。
よく道端に落ちているカラスの羽よりも小さくて、羽の付け根は黒く汚れている。
「マスターのペット?」
「うちのアパートはペット禁止のはずなんですよね……」
「そっか。ここで飼ってる様子もないし、どこから来たんだろう?」
「破ァァァァァァッ!!!!!!」
突然の大声に私たち飛び上がってしまった。
これまで聞いたこともない木井さんの覇気のある大声。
あの扉の奥で木井さんはいったい何を!!??
驚きを通り越して恐怖に震える私たちの前に、マント姿の木井さんが現れた。
怖すぎて目を合わせられない。
「すみません。お騒がせしました」
「あ、いえ……」
「何か興味のあるものでも見つかりましたか?」
木井さんは変わらずフレンドリーに話しかけてくれるので、私も引きつる口角を無理やり持ち上げて笑顔を作る。
「鳥の羽が落ちていたんです。何の鳥だろうね、って話をしていたところで」
「わぁぁぁぁ! サヨナキドリの羽だ! こんなところに!!」
なんだかわからないけど、木井さんのテンションが上がっている。
「サヨナキドリ?」
「ええ。漢字で書くと小夜啼鳥、別名ナイチンゲールや夜告鳥とも呼ばれます。その名の通り、夜に美しい声でさえずる鳥です」
「そんな鳥の羽がどうしてこんなところに?」
かなちゃんが問い掛けると、木井さんは本棚へ視線を滑らせた。
そして、一冊の黒い本を手に取ると、パラパラとページをめくって中身を見せてくれる。
中身はほとんどが白紙で、たまーに手書きで何かが書かれていた。
癖の強い崩し字のため、私には日本語ではなさそうなことと横書きであることしかわからない。
「少し前に名前を書くと死ぬ悪魔のノートを題材にした漫画が流行ったのを知っていますか? これはその実物で、そこについていた専用の羽ペンがサヨナキドリの羽だったんですよ」
嬉々として語る木井さんを見ていて思った。
被害者が出る前にこの羽は即刻処分するべきでは?
木井さんは私の考えに気付いたのか、慌てて否定する動作を見せる。
「もちろん、ただのコレクションです! 実際に使うことなんてありませんから!」
「本当ですよね? 不審死の事件があったらすぐに告発しますよ?」
「もちろんもちろん!」
「ところで、向こうのお部屋で何をしてたのかお伺いしても?」
かなちゃんが木井さんの様子を窺いながら尋ねる。
やっぱり、気になるよね。
「ああ、占いですよ」
占い師っぽいでしょ? と羽織ったフード付きマントとさっき取りに来ていた水晶玉を見せてアピールしてくる。
でも、占い師が「破ァァ!」なんて声出す?
「ほら、こんな店でしょう? 毎日場所は変わるし、それがどこなのか僕にもわからない。それじゃあお客さんの来ようもないので副業でいろいろやってるんですよ」
「その中の一つが占い?」
「そうです。今はオンライン通話でできるから助かりますね」
水晶占いだけじゃなくてタロット占いもできるし占星術もいけますよ~と飾り棚の中から次々に占いの道具を取り出して私たちに見せてくれる。
そのどれもが年季の入ったもので、いわく付きの品と言われても信じてしまいそうだ。
「でもマスター、ここが迷家カフェだって言うわりに朝早くから場所の発信をしてらっしゃるんですね」
かなちゃんの言葉に木井さんはにこりと微笑む。
「今の時代本当に便利で。
そう言って指さしたのは占いグッズの山に埋もれた一枚のコインだった。
手に取ってよく見てみると、表面にはスマホでよく見るリンゴのシルエットが印刷されている。
最近流行っている財布とかに入れるタイプの紛失防止タグだ。
その後はなんだかんだ話が弾んでしまって、日が暮れるまで三人で色んな話をした。
途中、木井さんは「ありあわせのものですが」と言ってサンドイッチも出してくれて、それを三人で食べた。
ベランダで会う時から変わった人だとは思っていたけれど、本当に木井さんという人のことがわからなくなってしまった。
今日わかったことはただ一つ。
木井さんの淹れるコーヒーはめちゃくちゃ美味しい。
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