第13話 怪奇レポート005.落ちた花弁から滴る血・弐

 三人寄れば文殊の知恵とはよく言ったものだけれど、私たちは文殊にはなれなかった。

 うんうんと唸ってノートにメモを取ってみたり目の前の花束をくまなく眺めてみたりして得られた答えは「わからない」。

 ただそれだけだった。


 降参した私たちは小津骨おつほねさんに助けを求めた。


「なるほどねぇ……」


 小津骨さんは難しい顔をしながらバラの花束を手に取り、確かめるように香りを嗅いだ。


「うーん、別段血の匂いがするってわけでもないわね。

 見た目、香り共に一般的なバラと大きな差はなし。血のような液体が出るのは花びらが落ちた時だけ?」


 たとえば、と言いながらカッターナイフで一本のバラの茎に傷をつけた。


「こうすると出たり……するわね」


 まるで指を切ってしまった時のように、茎から赤い液体がじわりと滲んで溢れ出してきた。

 茎を伝って流れ落ちる液体を指で掬うと、迷うことなくぺろりと舐め取る。


「ふぅん。A型」

「えっ!? 小津骨さん舐めるだけでそんなことまでわかるんですか!!」

「やだ、冗談よ。さすがにそこまではわからないわ」


 騙された。

 これまでにないくらい鮮やかに。

 小津骨さんならそのくらいのことを軽くやってのけてしまいそうだから疑いもしなかった。


「それにしても不思議ねぇ……」


 言いながら、小津骨さんの指がバラの茎に付いた傷をなぞる。

 この時にはもう指につく血の量がほんの少しになっていた。


「かさぶたが出来てきてるわ」

「本当だ……!」


 小津骨さんの手元を覗き込むと、たしかに傷の表面が乾きはじめている。

 なんだか気味が悪い。

 そう感じたのは私だけじゃなかったようで、結城ちゃんや真藤くんも苦い顔をしている。


「あのぉ~」


 玄関の方で子供のような声がした。

 今は子供の相手をしてる場合じゃないんだけどなぁ……。


「おねがい、真藤くん行ってきて!」


 結城ちゃんが上目遣いで手を合わせると、ニコニコ顔で真藤くんが玄関に向かってゆく。

 さすが。彼の扱い方をわきまえている。


「こーづかさんのお客さんっスよー」


 面倒くさそうに真藤くんが引き連れてきたのは今朝バラの花束をくれた少年だった。

 大人四人に囲まれて頭からつま先まで舐めるような視線を浴びせられた少年は小さい体をさらに縮こませて居心地悪そうにうつむいている。


「あの、その花……」


 少年は机の上で拷問にあっていた花束にちらりと目を向けた。


 まずい。

 子供がくれたものとはいえ、プレゼントをこんな扱いしている所を見られてしまった。


 言葉が続けられなくなった少年を前にして罪悪感が湧いてくる。

 重い沈黙を破ってくれたのは結城ちゃんだった。


「すっごく綺麗な花束だね~。これ、どこで買ったの?」


 優しく語り掛けるような口調に、緊張と警戒でこわばていた少年の表情がわずかに緩む。

 けれど、彼が口を開くことはなく、代わりに首を横へ振った。


「買ってないの?」

「うん」

「お庭の花で作った、とか?」

「ううん」


 なかなか要領を得ない結城ちゃんと少年のやり取りを私たちは固唾を飲んで見守る。


「買ってたものでも家に咲いてたものでもないとすると……」

「もらった」

「へぇ~。誰に?」

「同じ、学校だった……子」


 少年はそこでなぜか口ごもった。

 結城ちゃんもそれには気付いていたようだけれど、あえて深く突っ込まずに話を進めていく。


「どうしてもらった花束をあのお姉さんにあげたの?」

「あげた……? あげてないけど」


 終始険しい表情をしていた少年が、一層こわい顔になった。

 みんなの視線が私を貫く。


「ここ、呪いのアイテムを何とかしてくれる場所なんでしょ?」

「ん??? ちょっと待って? 最初から順番に教えてくれるかな?」


 思いもよらない少年の言葉に、ついに私も口をはさんでしまった。




 あれから三十分ほどをかけて少年から聞き出した内容を簡単にまとめてみる。

 少年の名前は渡辺わたなべけいくん。中学二年生。

 今年の四月にキッカイ町伏木地区に越してきたばかりだという。

 彼の制服が見慣れないものだったのは制服の用意が間に合わなかったからで、今は前に通っていた中学の制服を着ているらしい。


 問題のバラの花束は、三学期の最後の日に開かれた慧くんとのお別れ会でクラスメイト一同からメッセージカードと共に手渡されたものだった。

 慧くん自身は花に興味がなかったので持って帰って母親に押し付けようとしたのだが、「せっかく貰ったんだから飾っておきなさい」と突き返されて引っ越し先まで持ってきた。


 一週間経っても二週間経ってもしおれたり花びらが散ったりしないので慧くんはこの花が造花ではないかと思ったという。

 とはいえ花びらの質感は生花のように瑞々しい。

 バラの花束をじっと見つめているうちに慧くんの中にイタズラ心が湧いてきた。


 ――花びらを一枚ちぎってみれば本物か偽物かわかるだろう。


 そうして花びらをちぎった慧くんが目にしたものは、私たちと同じ。

 ちぎれた傷口から滴り落ちる鮮血だった。


 驚いた慧くんは目の前で起こったことを母親に話した。

 手に付いた血も実際に見せた。

 しかし、母親はそんな突拍子もない話を信じてくれなかった。


 翌日、慧くんは新しい学校でできた友達に血を流す花束の話を語って聞かせた。

 すると、面白い話が返ってきたという。


「近くに呪いのアイテムを集めてる公民館があるらしいぞ」


 慧くんは友達に教えられるままここへやってきたはいいものの、想像以上にオンボロな公民館だったので本当に使われているのか不安になった。

 五分待って誰も来なかったら帰って新しい作戦を考えようと考えていた矢先にとぼけた鼻歌を歌いながら公民館に入っていこうとする女が現れたので呼び止めて花束の処分をお願いしたのが今朝の出来事だという。


 ……とぼけた鼻歌? というのがわからないけれどその女は私で間違いないだろう。

 そして、一日の授業を終えた慧くんは帰り道の途中で花束のことが気になって公民館に立ち寄ったようだ。


「なるほどねぇ……。それで、うちが呪いの品を回収してるって話はどこから出回ったのかわかる?」


 小津骨さんの口調はあくまで柔らかいがそれでいて視線が鋭い。

 慧くんは一瞬考えるような素振りを見せてから口を開いた。


「広報に載ってたって聞いたけど」

「広報!?」


 そういえば毎月キッカイ町役場が発行している広報が家に配達されてたっけ。

 興味のない情報ばっかりだからほとんど読まずに古紙回収に出しちゃってたけど。


 なんて私が呑気に考えている間に、小津骨さんは自身のデスクから今月号の広報を見付けてきてパラパラとページをめくっている。


「あ、あった!」


 ページをめくる手を止めた小津骨さんの元に私と結城ちゃんが駆け寄って、広報のページを覗き込んだ。


【キッカイ町立図書館・伏木分室が開館しました!

 キッカイ町ではここ数年間、怪奇現象が多発しています。その原因を広く調査し、怪奇現象を解消するべくキッカイ町役場では「怪奇現象対策課」を立ち上げ、その拠点として伏木地区に新たな図書館の分室を設立しました。

 伏木分室では町民の皆様から寄せられた怪奇現象の情報を基にした資料を作成し、データベース化、および将来は郷土資料館としての役割を担う新しい図書館を目標に掲げ、地域の皆様に密着した存在を目指します。


 ご自宅にいわくつきの品をお抱えでお困りの方、伏木分室へお持ちになってください。直接の来館が難しい場合は宅配も受け付けます。

 日常生活の中で怪奇現象に悩まされている方、お電話、FAX、直接のご来館なんでも結構です。情報をお寄せください。


 私たちが解決します!

 キッカイ町伏木地区○○××】


 住所や電話番号も入った、しっかりとした広告がそこにあった。

 周りの文字よりも太く大きく強調された「私たちが解決します!」の一文と選挙ポスターのようにこぶしを握りしめてポーズを決めている女性。


 その顔は見間違えようもない。

 私の目の前にいる小津骨さんその人だった。


「小津骨さん、意外とこういうの乗り気なタイプなんですね」

「まさか! これ私じゃないわよ」


 言いながら小津骨さんは写真の女性の体を指さす。

 そう言われてみると何となく違和感があるような……。

 もしかして、顔だけ合成?

 誰が? 何のために?


 私と結城ちゃんが顔を見合わせていると、スマホを手にした小津骨さんが怒号を上げた。


「カツラダァァァァ!!!」

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