第12話 怪奇レポート005.落ちた花弁から滴る血・壱
「すいません、あの……」
私がいつも通り出勤した朝のこと。
振り向いてみると、そこに立っていたのは制服を着た男の子だった。
声変わりをしていないところを見るに、中学生だろうか。
この辺りでは見たことのない制服だけど……。
「あの、これ。お願いします」
言いながら男の子が差し出してきたのは真っ赤なバラの花束だった。
「えっ?」
「学校が終わったらまた来ます!」
呆然とする私に花束を押し付けるように渡した男の子は、路肩に停めていた自転車に飛び乗ると逃げるように走り去ってしまった。
「えっ? えええっ!!????」
元カレからですら受け取ったことのない大きな花束を抱え、私は伏木分室に駆け込んだ。
「
「ないない! 制服も見たことないやつだったしさ」
花束を抱えて事務所に入った私は案の定
逆の立場だったら私もそうしていただろうから納得はできるんだけど……―――。
「場合によっては警察沙汰ですよ?」
結城ちゃんは睨みをきかせながらスマホを握りしめている。
この誤解を解くにはどうしたらいいんだろう?
「妙にキレイだし、これって造花っスかねー?」
「あっ、ちょっと!」
向かいの席で私と結城ちゃんのやり取りを傍観していた
制止しようと手を伸ばすも間に合わず、プツッと小さな音を立てて分離する赤い花びら。
その赤はじわりと滲み、真藤くんの指を汚した。
「ゲッ!」
手を振って花びらを放り出すとズボンにゴシゴシと擦りつけて、真藤くんは気味悪そうにバラの花束を見遣る。
机の上に落ちた花弁の付け根から、ぽたりと赤い雫が落ちた。
「なんでしょうね?」
結城ちゃんが手を伸ばし、その液体に触れる。
においを嗅いで首をかしげると、恐る恐る舌を伸ばしてほんの少しだけ舐めた。
「……血?」
「まじっスか!?」
真藤くんが自分の手に付いた汚れをまじまじと見つめた。
私も覗き込んでみたけれど、心なしかさっきより錆色に近い暗い色になっているような気がする。
「結城ちゃん! 血なら早く手ぇ洗って! うがいして! 変な病気になっちゃうかもしれないよ!!」
私は慌ててカバンを漁り、未開封だったペットボトルのお茶を押し付けながら結城ちゃんをお手洗いに強制連行した。
お茶には殺菌作用があるっていうし、普通の水でうがいをするよりいい……はず。
結城ちゃんに念入りな手洗いをさせてから事務所に戻ると、真藤くんが机にいくつもの資料を広げてにらめっこをしていた。
「なに見てるの?」
「これなんスけど……」
差し出された資料に視線を落とす。
【体験者:
内容:名園自然公園に併設されている
落ちた
その後、不気味に思った女性が落ちた花弁をそのまま放置していると花弁から血液のような液体が滲み出したため、部屋が汚れてしまうという判断から屋外に放置。次の燃えるゴミの日に回収に出した。】
【体験者:
内容:恋人とのデートで名園自然公園を訪れる。帰り際、併設の須鯉造園で恋人が購入した赤いバラ (切り花)一輪を受け取った。
帰宅後、自宅にあった一輪挿しにバラを飾るも何枚か花弁が散ってしまう。それを片付けようとした際に手に血液のようなものが付着した。
不思議に思い、改めて確認したところ茎の部分に巻かれていたアルミホイルの中に入っていた脱脂綿は時間の経った血液のような茶色に染まっており、一輪挿しの中の水は鮮血の色に変わっていた。
薔薇はその日のうちにゴミ箱に投棄した。】
【体験者:
内容:母の日のプレゼントとして須鯉造園にて赤いバラの鉢植えを購入。翌日届けに行くつもりで車内に一晩放置した。
翌日車を見ると、落ちた花弁から滴ったと思われる赤い液体で車内は点々と汚れていた。男性は花に詳しくなかったため
当該の鉢植えは母親によって処分済み】
「なにこれ……」
「この花もバラに似てないっスか?」
「似てるっていうか、バラだよ?」
思わずツッコミを入れてしまう結城ちゃん。
気持ちはすごくわかるよ。
意外と花の名前とかに無頓着な男の人っているみたいだし……。
「全部同じところで買ったバラが原因みたいなんスよねぇ」
「うーん……ってことはこの花も須鯉造園? ってところで買ってきたんですかねぇ」
「でも名園にある園芸屋さんでしょ? 自転車だと小一時間かかると思うし、この大きさの花束って買ったらそこそこいい値段するでしょ。中学生のお小遣いで買えるのかなぁ」
「えっ!? これってそんな高いんスか!!??」
真藤くんが目を丸くして花束を指さす。
花に興味がなさそうな彼のことだからあまり驚かなかったけど。
私と結城ちゃんでこの大きさの花束を用意するためのおおよその予算を教えてあげると、真藤くんは口を開けたまま硬直してしまった。
「原っぱでむしってきたらタダなのに……」
なんて小声で言っているのが聞こえたような気がする。
それは無視して私たちは改めて資料に向き合った。
名園自然公園といえばキッカイ町の数少ない観光地だから、そこを訪れる人は他の場所に比べると数倍。下手すると数十倍にまでなるかもしれない。
母数が増えれば怪異の目撃数も増えるのだろうということもなんとなく理解できる。
それでも。
「どういうことなんでしょう? なんで花弁から血が……」
「さあ……。もしかして、この須鯉造園ってところで何かやってるのかな?」
「謎っスねー……」
私たち三人は頭を突き合わせて何度も首をかしげるばかりだった。
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