第5話 怪奇レポート002.鳴き声だけの猫を飼う・弐

「……ごめんなさい!」


 私は慌てて頭を下げた。

 みんなは不思議そうに私を見る。


「ついてきちゃダメだって何回も言ったのに……」

「香塚さんのところの子なの?」

「たぶんそうです」


 私が答えると、みんなは口々に触らせてほしいと言ってきた。

 猫を連れ込んでしまったことを咎められなかったのはありがたいけれど、この状況をどう説明したらいいやら、と考えを巡らせる。

 とりあえず足元に手を伸ばしてもこもこした塊を抱き上げ、膝に乗せる。


「逃げないように捕まえておきますんで、どうぞ触ってください」

「え? 香塚さん?」

「いいから、触ってください」


 私が言うとまず最初に小津骨さんが手を伸ばしてきた。


「いるっ!」


 猫に触れた小津骨さんは悲鳴にも歓声にも似た声を上げた。

 次に結城ちゃん、最後に真藤くんが猫を撫でる。

 三人とも反応はほとんど同じだった。


「えぇと、うちの猫なんですけど、なんて言ったらいいのかな。透明? 鳴き声だけ? なんです。こうやって触れるようになったのはつい最近で……。だから今日も真藤くんに言われるまでいることに気付きませんでした」


 私が説明すると、結城ちゃんは目を輝かせながら怪奇レポートの用紙を持ってきた。


「香塚先輩、朝は怪異とか会ったことないって言ってたから珍しいなあと思ってたんですけど。ちゃんといる・・んじゃないですか!」

「え? ……あ」


 言われてみればそうだ。

 この町に引っ越してきてすぐの頃に出会って、姿は見えないままずっと一緒に暮らしていたから気にしていなかったけれど。

 言われてみればこの猫も十分な怪異なのだ。


「私、怪異って恐ろしいモノだとばっかり思ってて」

「あーありますよね、そういう先入観」

「この子も怪異ってことは退治の対象になっちゃいます?」


 私は恐る恐る小津骨さんに聞いた。

 姿も見えないし餌も食べない子だけれど、この子はこの三年の間生活を共にしてきた家族も同然の存在だ。


「いいんじゃない? この子なら無害そうだし」


 小津骨さんはそう言って他の二人に目配せする。

 二人もこくりと頷いてくれた。


「それよりワタシ、香塚先輩がどこでこの子を見付けたのか知りたいです!」


 上目遣いで目を輝かせる結城ちゃんに気圧されそうになりながら、私は記憶を辿って話し始めた。


「あれはたしか、私がキッカイ町の町役場に就職してすぐでした。まだ寒くて小雨が降る日に捨てられてる子猫を見付けたんです。

 ダンボール箱の中に古いタオルを一枚敷いて、まだ目も開いていない子猫を三匹入れて。できれば連れて帰りたかったんですけど、うちのアパートはペット禁止なんですよね。

 だから、うちへ連れて帰る代わりにコンビニで缶詰と牛乳を買ってきて。缶の中身は私が食べて、からっぽの缶に牛乳を注いで置いていったんです」


 たどたどしい私の話を、結城ちゃんはメモに残しながら聞いていた。


「次の朝、その場所を通ったら子猫は三匹とも死んでました。その後からなんですよね。姿のない子猫が私についてくるようになったのは」


 私が語り終えると、結城ちゃんはヘドバンでもしているかのような勢いで力強くうなずいていた。

 その目には涙が浮かんでいる。


「きっと子猫ちゃんは香塚先輩に恩返しをするためについてきたんですよ!」

「えー? だとしてもその割に何もいいこと起こってないよ?」

「そうですかね?」


 アニメの名探偵がするように顎に手を当て、考えるような素振りをする結城ちゃん。

 彼女は私に向けてビシッと指をさした。


「香塚先輩はキッカイ町に住んでいながらほとんど怪異に遭遇していないって言ってましたよね?

 それって猫ちゃんが守ってくれているからなんじゃないですか?」

「なるほど……!」


 言われてみれば納得いく説明なのかもしれない。

 それと、考えうる可能性としては怪異に遭遇していても私が気付いていないパターンだろう。

 あまりにも怪奇現象が多すぎるせいで、日常の風景に溶け込んでしまっていてもおかしくない。


「ここで働くからには怪異に対するアンテナをもうちょっとしっかり張ってもらわなきゃね」


 そうだよね。

 いくら図書館に配属してもらうまでの期間限定だからって手を抜いちゃダメだよね。


 冗談めかしての小津骨さんの発言だったけれど、その言葉に私は少し責任を感じた。


「ひとつ聞いていいっスか?」


 真藤くんは私の膝の上にいる見えない猫を覗き込みながら問い掛けてきた。


「この猫、拾った時は子猫だったんスよね? 今触った感じだと成猫くらいのサイズありそうだったんスけど……」

「そうそう。この子、見えないなりに成長しているみたいで」


 私が答えると、みんなは目を丸くした。


「成長する怪異、噂には聞いたことありますが実際に見る? 触る? のは初めてです」

「わたしもだわ」

「俺もっスー」


 そうか。

 幽霊だって死んだ時の姿で出てくるくらいなんだから、これって相当珍しいことなんだ。


「てことはヤバイっスね」

「え?」

「他の猫に出会ったら交尾しちゃうんじゃないっスか?」


 そんなはずはない。


 そう言いきることができないのは、昨日、今日と目にしてきた怪異のせいだろう。

 起こってみるまで何がどうなるかわからない。

 それがこの町の怖さなのかもしれない。




【怪奇レポート002.鳴き声だけの猫を飼う


 概要:四月下旬ごろ、体験者はキッカイ町中央地区のオフィス街にて捨て猫を発見した。

 体験者は猫を飼うことのできない環境にあったため、子猫にミルクを与えその場を後にした。

 翌日、捨てられていた子猫の様子を確認したところ子猫たちは全て絶命していた。

 その後、体験者の周辺で姿のない鳴き声だけの猫の存在が確認されるようになった。

 猫は現在も成長を続けている可能性がある。


 対応:周囲の人間に危害を加える様子は確認されていないため、今後も観察を続けることとする。

 なお、雌雄の判別はされておらず、去勢手術等の処置もされていないため今後繫殖の可能性があることに留意する。】 

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