第4話 怪奇レポート002.鳴き声だけの猫を飼う・壱
「四月一日。本日より新年度です!
私、
出勤前、鏡の中の自分に向けて笑顔で唱えてみた。
けれど、それは事実と異なっている。
昨日見学した通り、実際は「怪奇現象対策課」という不思議な組織で、メインとなる業務はキッカイ町の中で起こる怪奇現象への対策を練ることらしい。
急にそんなことを言われたって私に生まれ持った霊感みたいなものはないし、なんなら昨日の空に浮かぶ目玉が人生初怪異だった。
そんな私に対して、伏木分室の館長である
その餌に釣られて「はい」と答えてしまった私だけれど、目玉の怪異を見てからその決心は揺らいでいた。
私たちに課された使命はよくわからない怪異を相手に対策を考えること。
ということはただ観測するだけじゃなくて時には立ち向かって対決しなきゃいけないっていうことだよね?
あんなモノたちを一年も相手にし続けていたら精神を病んでしまいそうな気がするんだけど……。
「香塚先輩おはようございます」
今にも崩れそうな公民館の入り口で葛藤に揺れていると、後ろから声を掛けられた。
振り向いて目が合ったのは、白いフリルのついたワンピースを着た小柄な女の子。
同じ伏木分室に勤める
「おはようございます」
挨拶を返しながら、何事もなかったように伏木分室の中へ入った。
少し埃っぽいような空気の臭いは図書館となんら遜色ない。
なのに、この空間には本も利用者も存在しない。
あるのはこの町で起こった怪奇現象の報告書とそれを分析した怪奇レポートだけらしい。
「昨日の、すごかったですね」
結城ちゃんが噛みしめるように言う。
そうだ。そうだよね。
あんなモノ見ちゃったら怖くなるのはみんな一緒なんだよね。
私だけ被害者みたいな気持ちでいたけど、結城ちゃんだってきっと……――。
「私、ああいうの見るの初めてで……」
「香塚先輩! あれが初だったんですか!?」
結城ちゃんは食い気味に私の言葉を遮った。
なぜだろう。
その声色に羨望のようなものを感じる。
「ワタシ、小さい頃からいろいろと見てきたんですけど。あのレベルのモノはそうそうお目に掛かれないですよ!」
あー。この子、霊感とかあるタイプの子か。
興奮ぎみの結城ちゃんを見たら、彼女がここに配属された理由がなんとなく理解できた。
私が引いていることにも気付かず熱弁を振るおうとした結城ちゃんを制止するように、爆音で始業のチャイムが鳴る。
チャイムの音が大きすぎて建物全体が揺れているような気がするけれど、まさかこの音が原因で倒壊したりしないよね?
不安に駆られる私をよそに、朝のミーティングが始まった。
「今日は香塚さんの初日だし、ここの仕事について改めて軽くおさらいしましょうか。
ここ、キッカイ町では他の町と比べて多くの怪奇現象が発生しています。その数、年間百万件以上。
キッカイ町の人口がおよそ一万とされていますから、平均するとすべての町民が三日に一度のペースで怪異に遭遇している計算になります。これは異常です。
我々怪奇現象対策課の使命はこれらの怪異の発生原因を探ること。そして怪奇現象の発生を食い止めることとなります」
小津骨さんの説明を聞いて、私は驚いた。
キッカイ町に住み始めてもう三年になるけれど、怪異らしい怪異は昨日出会ったのが最初だったから。
結城ちゃんはしょっちゅう見ていたみたいだから、同じかそれ以上に霊感の強い人なら日にいくつもの怪異に出会っていてもおかしくないのだろう。
それに、それだけ数が多いなら何かしらの対策を講じなければいけないという話もうなずける。
肝心の対策については小津骨さんも結城ちゃんも素人なので、外部から怪異の専門家のような人を招いて教えてもらうことになるらしい。
その人に会って指導を受けるまでは過去の報告事例をまとめる時間になる。
年間百万件の怪奇現象が起こるというだけあって、報告書の束が詰まったダンボール箱は公民館の入り口と化粧室以外のすべての場所を埋め尽くすように積み重なっている。
これは途方もない作業量になりそうだ。
「ここまでで何か質問はある?」
「はい!」
私は手を挙げてアピールする。
「香塚さん?」
「なんでここが図書館の分室扱いなんですか?」
昨日家に帰ってから今この瞬間に至るまでに考えた中での一番の疑問がそれだった。
人事部長が意地悪な人だから、図書館だと偽って私のような人を送り込もうとしたのだろうか。
なんて考えもしたが、それでは入り口に伏木分室の看板を掲げる必要はないのだ。
看板を掲げるからには何かもっともらしい理由があるのだろう。
「ああ、それね。アイツ……じゃなくて
説明する小津骨さん自身も納得がいっていない様子だ。
要はこの建物そのものが特設の郷土資料室ということなのだろうけれど、だとしたらもっとまともな建物を用意してほしかった。
春の暖かな日差しが差し込んでこの寒さだ。
真冬になったら凍えてしまって仕事どころではないかもしれない。
それにチャイムも壊れて爆音でしか鳴らなくなっているらしいし。
このままじゃ耳が壊れてしまう。
それはみんなも同意見らしく、近いうちに工事が入るという。
そういえば昨日はあんなに元気だった
居眠りでもしているのかな? と横目で様子を窺うと、彼は真剣な顔でワタシの足元の床を見つめていた。
「真藤くん……?」
「っと、はいっス!」
「めっちゃ床を見てたけど何かあったの?」
「猫の鳴き声っぽいのが聞こえるんスよ」
真藤くんの言葉を聞いて、小津骨さんや結城ちゃんもこちらへ集まってきた。
「ほんとだ。聞こえる」
「床下かしらね」
みんなが真面目な顔をして相談し合っている中、私の耳に届いたのは聞き覚えのある「みぃ」という鳴き声だった。
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