第2話 怪奇レポート001.雲間に現れた二つの目・壱
「……あった!」
三月三十一日、快晴。
有休をとった私は、部長にもらった地図を頼りに一日早く伏木分室があるという場所へやってきた。
そこは危惧していた伏木台高校の山の上ではなく、私が住むアパートから歩いて十五分ほどの住宅街の中だった。
小さな公民館ほどの平屋の入り口に「キッカイ町立図書館 伏木分室」と書かれた木の板が打ち付けてあったのだ。
壁には大きなヒビが入り、屋根のトタンは錆だらけ。
一見すると廃屋のようなその建物に私は面食らってしまった。
地図を何度見返しても場所に間違いはない。
掛けられている看板の表記も新しい配属先と一致している。
「行ってみるかぁ……」
不安に駆られながら公民館の引き戸に手をかけた。
ギィィィィと重い音を立てながら扉が開く。
「おっ? お客さんっスか?」
私が建物の中を覗くよりも早く、奥の部屋から若い男の人がひょっこりと顔を出した。
十メートルほどの廊下をはさんで二人の目が合う。
「あっ、あの……」
「おつぼねさーん、お客さんっス!」
私が話し終える前に金に近い茶髪の頭が引っ込んでしまった。
代わりに、背が高く黒髪を後ろでひとつにまとめたスーツ姿の女の人が廊下へ姿を現す。
「何か御用ですか?」
「あ、私、明日からお世話になる
「ああ! 香塚さんね。話は聞いてます」
にっこりと微笑んだ瞬間の何とも言えない色気に、私は思わず見とれてしまった。
「……魔性の女だ」
「ん? なにか仰りました?」
「いえ、こっちの話です!
今日はえっと、その、下見……? に来たんです。伏木分室って聞いたことなかったので」
素直に言ったら嫌な顔をされるかなと思ったけれど、女の人はむしろ歓迎してくれているようだ。
私を招き入れながら、さっき出てきた部屋へ案内してくれる。
「わたしはここの館長をしています。
「あ、おつぼねさん! 相談者さんだったっスか?」
さっきの青年がニコニコ顔で歩み寄ってくる。
「
「……はいっスー」
怜太と呼ばれた青年は小津骨さんに叱られて肩を落としながら自分の席に戻った。
「香塚さんの席はここね。隣から物が押し寄せてくるかもしれないけど、その時は押し返していいから」
そう言って案内されたのはあの青年の隣だった。
「え? こーづかって、明日から来る人じゃなかったんスか!?」
「道の確認がてらちょっと来てみたんです。お忙しいところ邪魔してごめんなさい」
「いいんス、いいんス! 俺たちのことは気にせず!」
「お茶です。どうぞー」
外寒くありませんでした? そう問いかけながらお茶を出してくれたのは私と同年代くらいの女の子だ。
「
小津骨さんに声を掛けられた彼女は、軽く頭を下げて彼の向かいの席につく。
「せっかく全員揃ったことだし、軽く自己紹介でもしましょうか」
小津骨さんの号令で他の二人が立ち上がる。
「まずはわたしからね。伏木分室、怪奇現象対策課室長の小津骨
「結城
「
「香塚妙です。図書館で働くのが子供の頃からの夢でした。明日からよろしくお願いします!」
私が頭を下げると場の空気が一瞬固まった。
何か変なことでも言ってしまっただろうか。
「香塚さん、時間があるならこれを読んでみない?
うちでやってるメインの作業なの」
そう言って小津骨さんが差し出したのは一冊のファイルだった。
ぎこちなくなった空気から抜け出すチャンスだ!
私は喜んで手を伸ばし、ファイルを受け取った。
ページを一枚めくると、マジックで書かれた「怪奇ファイル Ⅰ」の文字が目に飛び込んでくる。
次のページからは手作りの資料が続いているようだ。
「これ書いたの俺なんスよ~」
突然手渡されたよくわからない資料の束に困惑していると真藤くんがドヤ顔で話しかけてきた。
書いた本人がいる前で、読まないわけにはいかない。
私はひとまず一ページ目に視線を落とした。
【怪奇レポート001.雲間に現れた二つの目
概要:九月下旬、伏木台高校女子バスケットボール部の部員二十名余りがランニング後の校庭で空に浮かぶ二つの目玉を目撃した。
目玉は空を覆っていた雲の間から地上を覗いており、数秒から数十秒ほどで雲の中へ消えた。
その際の雲の動きは瞬きする人間の目に酷似していたという。
当時その場には少女たちしかおらず、彼女たちの悲鳴を聞いて顧問が駆け付けた時には目玉は消えていた。
学校側はこれを集団ヒステリーとして処理。
八百メートルほど離れた保育園にいる妹が同じようなものを目撃していたという一名の女子生徒の報告により本件は明らかになった。
同様の目撃情報は過去に報告されていない。
対応:同様の目撃情報がないため、一過性のものと思われる。よって対応は不要と判断する。】
一通り目を通した私は言葉に詰まってしまった。
とりあえず思考を落ち着かせるために結城ちゃんが淹れてくれたお茶をすする。
ここの人たちは小説家か何かだろうか?
もしかして、伏木分室っていうのは自分たちが書いた本を並べる特殊な図書館だったり?
怪訝な顔をしているのに気付いたらしい小津骨さんが口を開いた。
「香塚さん、落ち着いて聞いてね。
ここキッカイ町立図書館伏木分室は正式な図書館ではないの。部屋の入り口にかかっている札を見てもらえばわかると思うんだけど、ここは『怪奇現象対策課』。
キッカイ町で起こる不思議な現象を調査して、その対策を練るのがわたしたちの仕事です」
「って言っても俺たちだって今月配属されたばっかなんスけどね!」
「えええっ!!!?」
わ、私、図書館で働くのが夢だったのに。
やっと夢が叶ったと思ったのに。
部長だって先輩だって応援してくれてたのに。
いろいろなことが頭を駆け巡って、気が付いた時には両目から大粒の涙がこぼれ落ちていた。
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