こちら、キッカイ町立図書館フシギ分室・怪奇現象対策課! ~キッカイ町の奇怪な事件簿〜

牧田紗矢乃

フシギ分室、始動っ!!

第1話 図書館に配属されました!

【辞令          香塚こうづかたえ殿

 四月一日付をもってキッカイ町立図書館伏木ふしぎ分室への転属を命ずる。】


 上司から手渡された茶封筒の中身に目を通して、私は人目もはばからずガッツポーズをしてしまった。

 夕暮れで薄暗くなっていた室内がパッと明るくなった気さえする。


「やりました! やりましたよ先輩!!」


 私の歓喜の雄たけびを無視して、終業時刻に迫られた韮居にらい先輩はせわしなくキーボードを叩き続けていた。

 先輩なら一緒に喜んでくれると思ったのに……。

 なんだかつまんないなぁ。


「せんぱーい? もしもーし! 聞こえてますかー?」

「はいはい、わかったから。帰りにゆっくり聞くからね。こーづかちゃんもさっさと締めの作業しないと帰れないよ?」


 くるりと椅子を回されて、強制的にパソコンへ顔を向けさせられる。

 画面に映るのは不規則な数字の羅列。

 三年もやっていれば考えるより先に手が動くようになったけれど、いまだに夕方になると頭が痛くなってくる仕事だ。

 こんな表を埋めることよりもっと重大な事件がすぐ横で起きているっていうのに。


「先輩ったらイジワル……」

「はいはい。毎回尻拭いさせられるこっちの身にもなってみなさいよ」

「う……」


 私は返す言葉もなくなって手元の資料に視線を落とした。




 私、香塚妙は転勤族の父のもとに生まれた。

 小学校で三回、中学と高校でそれぞれ一回ずつ転校を経験している。

 おかげで友達ができてもすぐにお別れになってしまい、親友と呼べるほど長く深い付き合いには発展しなかった。

 そんな私が唯一親友のように思っている存在がある。


 本だ。


 本は私にいろんなことを教えてくれた。

 公園で見つけた花の名前も、同級生が知らないような難しい四字熟語も、美味しいクッキーの作り方だって。ぜんぶぜんぶ、本を通して学んできた。


 それに、本はどこへだってついて来てくれる。

 人間の友達は転校先へは一緒に来てくれないけれど、本ならいつでも一緒にいられるのだ。


 そんな私に転機が訪れたのは、二度目の転校の直後。小学三年生の秋のことだった。


「たえちゃんは本当に本が好きねぇ。大きくなったら司書さんになるのかしら?」

「ししょ?」

「図書館でお仕事をしてる人よ。本のプロ、って感じかしら」


 転校して真っ先に仲良くなった図書室の先生の話を聞いて、これだ! と確信した。


 その日の放課後、私は勇気を出して図書館に行ってみた。

 図書館は大人がたくさんいて入りづらい場所というイメージだったけれど、いざ入ってみるとそんなことは全くなかった。むしろその逆だ。

 それまで見たこともないような本棚の数と、それをびっちりと埋め尽くす大量の本。


 前の小学校で読んでいたけれど、今の小学校には置いていなくて読めなくなっていた本もすまし顔で本棚に並んでいた。

 ここは天国なんじゃないかと錯覚するような最高の空間だった。


 その日から私は「友達と遊んでくる」と親に嘘をついて図書館に通うようになった。

 嘘をついたのは「図書館に行く」と言うよりも「友達と遊ぶ」と言った方が親が喜ぶからだった。


 図書館に通い詰めた私はすぐに司書さんとも仲良くなった。


「私もいつか司書さんになりたいです」


 そんなような話をして、司書になるためには資格が必要なんだということを教えてもらったような気がする。

 その後は司書の資格を取ることを最優先に進学先を選んだ。


 司書になることがそう簡単なことではないと知ったのは、資格も取得しいざ就活となった時期だった。

 探しても探しても求人がないのだ。


 学生課の職員さんに例年の求人情報について聞いて初めて知ったのが図書館の求人数の少なさだった。

 正職員となれば多い年でも県内で数名。

 非正規の臨時職員ならその倍ほどの求人が出るが、中には契約更新をかけた現役職員も入ってくるので非常に狭き門であるらしい。


「公務員試験を受けて市役所に勤めて、そこから図書館に異動を希望するっていう手もあるらしいけど……」


 職員さんの話を聞いて、私は司書の求人に応募すると同時に公務員試験の勉強にも取り組んだ。

 そして、縁あって就職したのがキッカイ町の町役場だった。


 異動希望を出し続けること三年。

 ついに私の願いが聞き届けられ、念願の図書館職員への道が開けたのだ。




 私が語り終える頃にはカフェに入ると同時に頼んでいたコーヒーは冷めきっていた。

 韮居先輩はいつものように「はいはい」と相槌を打ちながら話を聞いてくれていたが、私の話がひと段落したと見ると言いづらそうな様子で問い掛けてきた。


「ところでさ、その伏木分室ってどこにあるの?」

「先輩ったらー、知らないんですかぁ? 先輩地元ここですよね?」


 からかうように返してしまったけれど、実は私も伏木分室の存在を知ったのはこの辞令を目にした瞬間が最初だった。


 というのも、私たちが勤めるキッカイ町役場のすぐ隣に町立図書館の本館があるのだ。

 図書館関係の用事はここへ行けば済んでしまう。

 いつか他の分館にも……という思いこそあれ、実際に訪れる機会がないまま三年が過ぎてしまった。


岡志奈おかしなと伏木の間に分室があるのは知ってるんだけど、あそこってキッカイ北分室とかそんな名前だったと思うんだよね。

 あとは名園なぞの布佳海ふかかいの間のキッカイ南分室? とにかく、伏木分室なんて聞いたことないなぁ」


 韮居先輩に言われて、そういえば役場の中でいつも聞くのは北分室と南分室の話ばかりだと気付いた。


「え……。じゃあ、本当に伏木分室なんてあるんですかね?」


 まさか騙された?

 不安を隠せず、すがるように先輩を見つめた。


「んー、こーづかちゃんは迷家まよいがって知ってる? 家のお化けみたいなやつなんだけどさ。それの図書館バージョンみたいな話、聞いたことがある気がするの」

「幽霊図書館ですか!?」

「断定はできないけどね。キッカイ町ここってそういうの結構起こるから」


 私の不安を煽るようなことを言ってから、しばし間をおいて韮居先輩が口を開いた。


「部長か誰かに話して地図もらってみた方がいいかもね。こーづかちゃん家どこだっけ? 伏木まで遠いんだったら引っ越しも必要じゃない?」

「うち、伏木寄りの岡志奈なので。こっちに来るよりは近くなるんじゃないかなぁと思うんです」

「ふーん。伏木台高校の奥とかじゃなきゃいいけどね」


 先輩の一言で私は顔をしかめてしまった。

 伏木台高校は、伏木地区のはずれにある山の上の高校だ。そこへ行くのには百メートルを優に超える長い坂を登らなければいけない。


「そんなところに毎日通わなきゃいけないなんて拷問と同じですぅ~」

「そんなこと言わないの! 高校生たちは毎日通ってるでしょ」

「あの子たちは若いもん……」


 私が口を尖らせると、先輩は呆れたようにため息をついた。


「二十代前半が何を言うかと思ったら」

「もう二十五ですー。立派なオバサンですー」

「こーづかちゃんがオバサンなら私はババアだねぇ」

「そ、そんなことないですよ?

 ……先輩にはたくさんお世話になりました。あと二週間、よろしくお願いしますね」


 大事なことを言い忘れていたと気付いて頭を下げると韮居先輩は一瞬表情を曇らせた。

 強引に話題を逸らしたこと、バレたか!?


「大丈夫? 熱でも出した?」

「先輩っ! 珍しく私が真面目に話をしてたのにっ!」


 笑いながらごめんごめんと繰り返す先輩の笑顔は、どこか寂しげだった。

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