第11話 目撃

日曜日。


玲は「モン狩」をゲッツするために駅ビルに向かっていた。玲の腕時計は7時47分を指していた。


「あと3分くらいで着くかなー?」


駅から見て東側には5つのビルが建っており、それぞれ中に入っているお店の種類に違いがあった。ゲームや書籍を主に扱うビル、ファッション全般を取り扱っているビル、アウトドアやスポーツ用品を取り揃えているビルなどである。様々なブランドが入っているため、とりあえず駅ビルに行けば大抵の物は手に入れることができた。


駅と駅ビルは少し弧を描くように並んでおり、この内側にはバスステーションやタクシー乗り場などがあり、交通の便も整っていた。


それぞれのビルは中で繋がっていて外に出ずに行き来することができるが、上の階でしか繋がっていないというのが唯一の残念なところか。



駅から見て1番奥のビルに入ると、目的のお店は4階にあるためエレベーターに向かった。


「・・・って、清掃中かぁ。やってんねぇ!まぁでもしょーがないし、階段で行きますかね」


清掃員さん、いつもお掃除してくれてありがとうございます。いつも大変心地よいです。健康のため階段を有難く登らせていただくことにします。



でも、4階かぁ・・・。モン狩への道は険しいぜ。


***


普段全く運動をしないことが祟って、4階に辿り着くまでに大量の汗と涙と血と何か大切なものを失くした玲だったが、何とかゴールすることができた。


ただ、


「ゼェハァ、うぉえっ。ハーハーハー・・・」


そこにいたのは、虚ろな目をして汗と涙で汚ったない、モンスターのような呼吸をした玲だった。


道中で失くしたものは、人間としての全てだったようです。


おいちょっと待てやい!誰がモンスターだよ!モン狩だけにモンスターってか?!確かに俺はもう階段に討伐完了されてるようなもんだけどさ!


1人でバタバタしてたら、中学生くらいの男の子にめっちゃ見られました。ごめんなさい。


いやてかそんなことはよくてですね。ついにお店まで来たんだよ!興奮がすごい。


ところでお店の前にできてる列はなに?もしかしてみんなモン狩目当て?


あ、お店の人が列の後ろの方で「こちらモン狩ご購入の方の列になっておりまーす。1列になってお並びくださーい」って言ってる。


ちょっと列長くないですかね・・・。見たとこ20人はいるんですが。まぁ予約はしてるし買えないってことはないんだけどさぁ。



並ぶかぁ・・・。









玲が項垂れている間にまた2人列に加わったが、玲はアルカイックスマイルで見ていたとか。


***


「やったぞ・・・!ついに手に入れた!」


結局レジに辿り着くまでに30分以上かかってしまったが、こうしてマイハンドに収まってくれればもはやどうということはないのだ!そう、結局は勝てばよかろうなのだ!!


さーてと、家に帰ってさっそく狩人生活を始めようかしら。あそーだ、本とか服も見ときたいんだった。


本は同じビル内で揃いまくってるからいいとして、服は隣の隣のビルなんだよなー。


ビル間の渡り通路は8階だし。

まぁ本屋さんは2階と3階だから、本見たあと外出て服売ってるビルに入りますかねー。


***


「4冊も買ってしまいましたわ」


だって好きな作家さんの本の品揃えがいかつくてえ。ちょっとした出来心だったんですぅ。次からは多くても3冊しか買わないですからぁ。


よし上手に懺悔ができました。これで負い目なく暇な時間を過ごせるぜ。



さーてと、それでは服を見に行きますかねー。セミフレアのスラックスとか欲しいんだよなー。




ということで、玲は1階の出入口に向かっていた。


出入口から出ると、さっきまでは晴れていたのに一面曇り空が広がっていた。


「エレベーターの清掃といい、モン狩の長蛇の列といい、本4冊購入といい、この天気といい、なんか今日ついてなさそうだなー」


え?1個明らかに俺のせいだって?それはさっき上手に懺悔できましたので、その罪は私のもとから羽ばたいて他の誰かのせいになりましたわ。


あら、羽ばたいた罪が目の前を歩く男性にとまりましたわ。では本4冊購入の件は彼のせいということで。


さてさて、それではお洋服をお買いにお参りますわよ。



モン狩と気に入った本4冊のせいで、テンションがあれな玲であった。


***


建物を出ると、服を売っているビルへ行くために左に向かって歩き始めた。


ビルは隣の隣だから、100mないくらいの距離かな。時刻はすでに10時45分。本屋さんは2階と3階にあり、本屋特有の雰囲気を存分に楽しんでいたらいつの間にかこんな時間になっていた。


「服とか見たあと軽く何か食べよーかな」なんて考えながらモン狩と本4冊の入った紙袋を片手にるんるんと歩いていると、ちょうど目的のビルからに似た女性が出てきた。それも男の人と一緒に。


自分と同じ方向に歩いていくため、顔は一瞬しか見えなかった。今はもう後ろ姿しか見えない。しかし、見間違えるはずがない。だって、大好きな人だから。


「琳・・月・・・?」


その声は当人には聞こえないだろう。距離にして10m程離れている。それに絞り出たような声だ。


2人は楽しそうに話しながら歩いている。それに・・・腕を組んで歩いていた。


琳月は玲以外の異性とは物理的接触をしようとしていなかった。しかも腕組みとなれば尚のことだ。


「・・・?あれは、奏嬉かなう?」

あまりに衝撃的な場面に、琳月のことばかりに目がいっていたが、ふと男性の方を見ると、彼のことも見覚えがあった。


否、見覚えどころの話ではない。小・中学校の6年間ずっと同じクラスで、親友とさえ呼べるほどの存在だった。高校と大学は別々のところに進んだが、今でも連絡をとり合い、性格や考え方が歪んでいるからという理由で琳月のことも相談に乗ってもらったことも少なくない。同性では1番仲が良いと言える程の存在だった。彼の名は、高橋奏嬉たかはし かなう


そして今、そんな奏嬉と琳月が腕を組んで歩いている。


信じられない状況だった。信じたくない光景だった。しかし、実際に目の前で、今も、その場面は進んでいる。もはや否定のしようがなかった。



それまでの、ゲームや小説を買って楽しかった感情は、今や輪郭すらなかった。


あぁ、まただ。またあの感覚が来る。悲壮感や「なぜ琳月と奏嬉が?」という不審感、その他の様々な激しいマイナス感情は、もはや今の玲の中には無くなっていた。


あるのは納得と諦観。


そういえば、琳月の持っていたペンにK.Tというイニシャルが入っていたな。なるほど、高橋奏嬉K.Tか。奏嬉のことだなんて思いもしなかったなぁ。


香水の匂いも普段とは違ったし。その他にも今思えば、この光景を見れば得心する部分はある気がした。


それに、


「相手は奏嬉だもんなぁ。」


優しそうな柔和な笑みを浮かべる奏嬉の表情を思い出すと、特に疑問も浮かばなかった。


かっこいいし、あの笑顔の通りすごく優しいやつ。頭も良くて気配りなんかも息をするようにできる。それに背も高めだしね。


俺みたいなつまらないやつとは、ある種ひねくれているやつとは、取り柄の1つもないやつとは、比べ物にならないよね。琳月が奏嬉を選ぶのも納得できるし、俺が琳月でもそうするだろうしなぁ。


そんなことを考えていたら、


「・・・・・・・・やっぱ、そーだよね」


そんな言葉が無意識に口から零れていた。自分に関する事への諦観から来る、あまりにもめた声音だった。まるで、映画を観て口にした言葉のように、他人事を言うように淡々とした声音だった。


あれ?今の俺が言ったのかな?やっぱり口さんもそう思うよねぇ。


聞き分けがいいって訳じゃない。もちろん、できるならこれからもずっと琳月と一緒にいたかった。


でも琳月が、大好きな人がそれを望むなら、彼女がそっちの方が幸せと言うのなら、俺は琳月の幸せを優先したい。


俺の意思なんて関係ないよ。

俺は他者に自分の意思を強要させられるほど魅力はない。取り柄はない。資格はない。


俺の気持ちは、最後でいい。



もう1度ふたりの方を見ると、奏嬉は何故か申し訳なさそうな顔をしていた。

おいおい、どっから見てもお似合いだよ、奏嬉。俺のことは気にしなくていいから、琳月のことをどうか幸せにしてあげてくれ。


琳月の方に目をやると、琳月もふと俺の方を見た。






そして琳月は、は、笑った。


今までありがとう、小野寺さん。こんな俺に付き合ってくれてありがとう。奏嬉は本当にいいやつだから、幸せにね。





「・・・さてと、帰りますかねー。服は、まぁまた今度でいっか。」





玲は気づかない。琳月が未だに玲のことを見つめていることを。


玲は気づけない。玲が背中を向けて反対側に歩き始めたことで、琳月の表情が笑顔から変わったことを。













「モン狩は、今日はいいや。」

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