終の刻
外へ出た私とニアは、地下街に程近い場所で過ごしていた。
比較的ガスの影響は弱かったが、それでも周囲にはちらほらと緑化症にかかっているであろう人々がいた。
防護服と携帯型の空気タンクを持ってきたが、当然自分の力では持てないので、機械人形に運ばせて持ってきた。
「ソフィ⋯、その人形はなんだ⋯?」
「この子は壱式機械人形。少し前に作ったんだけど、力持ちだからこういうのに向いてるんだ。」
「作った?ソフィが?これを?」
「うん、自分で考えて行動するのは無理だけど、荷運びとかみたいな簡単な命令なら聞いてくれるようになってるんだ。」
「へぇ⋯、すごいな。ソフィはこういうのを作る才能があったんだな。」
「そこまで役に立つ訳じゃないよ。今は壱式と弐式だけだし、いずれはもっと色んなこと出来るやつを作りたいけどね。」
他愛のないことを話しながら、近づく別れの時を待ち続ける。
タンクは予備を合わせて約2週間分持ってきているが、防護服自体が1週間程度しかもたないため、あまり長居はできない。
ただ、こうして話している間にもニアの身体に這う植物は彼女を蝕んでいる。
かなり苦しいのだろうが、私を心配させまいとずっと笑って話してくれている。
私とニアが外へ出てから3日が経過した。
彼女の身体の植物は今にも彼女の全てを飲み込まんとしているが、彼女自身はかろうじてまだ生きている。
空になったタンクにガスを詰めていると、ニアがまた話しかけてきた。
「なぁソフィ、私と一緒いて楽しかったか?」
「どうしたの?急に。楽しかったに決まってるじゃんか。そうじゃなきゃ2年も一緒にいないでしょ?」
「そっか、それは良かった。⋯なぁソフィ、私が居なくなっても、無理はすんなよ?ソフィには研究を頑張って欲しいけど、私はそれよりもソフィの方が大事だ。」
「わかってるよ。研究は頑張るし、いずれ緑化症の治療法まで見つける。それと絶対に無理はしない。」
「ほんとか?絶対だぞ?」
「大丈夫だって。」
「そっか、わかった。⋯なぁソフィ。」
「今度は何?」
「私と一緒にいてくれてありがとな。私もソフィといた2年間、楽しかったよ。」
「⋯私も、すごく楽しかったよ。こちらこそありがとう。」
ニアからの返事はもう無かった。
きっともう逝ってしまったのだろう。
実感が無かったのか、不思議とこの時は涙はこぼれなかった。
「ニア、緑化症治してあげられなくてごめんね。貰った花、大事にするからね。ばいばい。」
植物になってしまった彼女に少しだけ別れの言葉を告げて研究室へと帰る。
防護服を脱ぎ捨て、研究室の机に向かう。
この2年と3日間を思い返し、徐々に悲しみが溢れ、涙が込み上げてくる。
地下街にいた頃の仲間とは違った、私の初めての親友。
緑化症にかかっている時点で、研究が進まない時点でわかっていた。
わかってはいたが、整理がつけられない。
生まれた時から大切な人が居なかった私は、この日初めて「大切な人を失う」という経験をした。
そして、こんな思いをする人が少しでも減るように、ニアが信じてくれた未来を実現するために、私は研究を続けなければならない。
必ず緑化症の原理を解明し、治療法を見つける。
私はそう決心した。
マキナ・リベラティオ 軍属の科学者ソフィア・ハミルトンの話 平たいみかん @tachyon0926
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