「ヘレナ」という少女

「よし、もう大丈夫。しばらくは寝かせておいてあげよう。」



運び込んだ少女の手当てを終え、カルナはそう言った。

やはりカルナはすごい。

まるで本職の医師のように的確な処置を施し、あっという間に終わらせてしまった。



「なぁ、カルナ、その子⋯どうしたんだと思う?」


「多分これだと思うよ。軍の人に追われてたんだろうね。さぁて、面倒なことになったぞ。これで私達は立派な犯罪者って訳だ。」



そう言って、カルナは少女の上着をまくる。

そこには見たことの無い花が咲いていた。

人体に植物が生える怪現象。



「緑化症⋯だっけ?何かまずいのか?」


「まずいも何も、政府はこれを目の敵のようにしてるんだよ。見つける度に殺されてく。この地下街の人達の中にも緑化症にかかってる人はいるんだけど、私が知ってるだけでも2,3人は殺されてる。」


「政府が⋯か。って、犯罪者?なんで?私達人助けしただけだろ?」


「この子を助けたのがまずいんだよ。緑化症の子を助けて治療したってことは、この子に協力したも同然。恐らくこの子は外の世界から来た『レベリオ』と呼ばれる者の1人だ。彼らは皆、母なる機械を壊す為にこの都市に潜入したり、破壊行動を行ったりするんだ。」


「なるほど⋯?つまり政府に対する反逆者みたいな感じか?」


「そう、そういう感じ。」


「で、それを助けちゃったと。」


「そういうこと。わかった?」


「あぁ、よくわかった。でもどうするんだ?放っとく訳にもいかねぇだろ?」


「そうだよねぇ、まだ年齢的には学生さんくらいだし。私も人殺しにはなりたくないしなぁ。」


「しばらくはこのまま、でもいいんじゃないか?ここならそうそう政府の人が来る事も無いだろうし。」


「そうだね、じゃあとりあえずはここにいてもらおうか。政府の人が来たらその時はまたその時だ。」


「あぁ、その時は私も手伝うぜ。」


「いや、いいよ。マキナはまだ向こうに家があるだろう?私はここしかないから。万が一政府が来てもなんとでもなるさ。」


「でも⋯。」



そう話していると、眠っていた少女が目を覚ます。

少女は辺りを見回し、困惑した様子でこう言った。



「あ、あの⋯、ここは⋯?追いかけてきてた人達は⋯、貴方達は⋯?」


「私はカルナ、こっちは私の友人のマキナ、ここは私の家だよ。追いかけてきてた人達っていうのは見なかったけど、まぁ少なくともここなら安全だと思うよ。」


「あ、ありがとうございます⋯。えっと、私もう行かないと⋯。」


「まだしばらくはここにいるといい。君の言っていた『追いかけてきた人達』っていうのがこの辺りを探している可能性もあるからね。」


「で、でも⋯。ここにいたら⋯、貴方達まで⋯。」


「カルナがいいって言ってんだからいいんだよ。まだ子供なんだから迷惑だとか考えんな。傷が治った訳じゃないんだ。あんまり動くと傷が開くぞ。」


「分かりました⋯。あの、ありがとう⋯ございます⋯。」


「さて、それじゃあ君の事情も話してもらおうか。ゆっくりでいいから、教えてくれるかな?」



少女は少し困った様子で、おどおどしながら、口を開いた。



「わ、私⋯、朝、起きたら、お腹に花が⋯、それで⋯、なんでか、分からなくて⋯、近くの人に、話したら⋯、怖い人達に⋯、追いかけられて⋯。」



時折詰まりながら話す少女の眼には、今にも零れそうな程涙が浮かんでいた。



「わかった、怖かったよね。大丈夫、もう大丈夫だから。泣かないで、落ち着いて。」



カルナの胸の中で泣きじゃくる少女は、とても弱々しく、今にも崩れてしまいそうな不安定な積み木の上にいる様で、どうしようもなく助けてあげたいと思った。


しばらくして少女が泣き止んだあと、カルナが少女にまた声をかけた。



「名前を教えてくれるかな?いつまでも「君」とかみたいな呼び方をするのも他人行儀で嫌だからさ。」


「あっ、えっと、私、ヘレナって言います⋯。ヘレナ・シルヴェスターです。」


「ヘレナ、いい名前だね。お腹に花が生えてきたんだってね。それは緑化症っていう病なんだ。不治の病だけど、幸いヘレナはとても進行が遅いみたいだね。しばらくは問題ないと思うよ。」


「なぁカルナ、緑化症ってなんでなるんだ?」


「さぁ⋯。私もよくは知らないんだよ。何かのガスが原因とか、空気や接触で感染とか、呪いだなんて言ってる奴もいる。実際のところどうかは誰も分からないよ。」


「そうなのか⋯。まぁともかく、とりあえずここにいれば安全なんだよな?」


「うん、それは間違いないよ。そもそもここは政府も知らない場所だしね。付近をうろついてることはあるかもしれないけど。」


「だってさ、安心しろよ。カルナがこう言ってるんだ。きっと大丈夫さ。」


「あ、は、はい⋯。えっと⋯⋯。」


「怖がらなくていい、マキナはこういう人なんだ。彼女なりにヘレナを安心させようとしてくれてるんだよ。」


「あっ、分かりました⋯、あの、ありがとうございます⋯。しばらく⋯お世話になります⋯。」


「おう!まぁ、私の家じゃないけどな!」


「あ、そういえばマキナ、時間は?そろそろ家に帰る時間じゃないかい?」


「そうだ!母さんのお墓にも寄らないと⋯、ごめん!今日はもう帰る!カルナ、ヘレナ。また明日な!」


「あぁ、また明日ね。」


「はいっ⋯!また明日⋯!」



そう言って彼女らと別れ、帰路に着く。

家を一旦通り過ぎ、教会の方へ向かう。

今日も、母の墓に挨拶をしに来た。



「ただいま、母さん。今日は友達のところに新しい子が来たんだ。ヘレナっていう子でね、傷があってボロボロで、守ってあげなきゃって思ったんだ。だからさ、カルナと一緒にその子を保護してあげることにしたんだ。私頑張るからさ、見ててね、母さん。それじゃ、また明日。」



母の墓に別れを告げ、誰もいなくなった家へと帰る。

寂しくなってしまったが、母との思い出が残るこの家を売ってしまいたくは無い。

だから私は今もこの家に帰ってきている。

今日はもう寝よう。

明日はまたカルナと会える。

そんな事を考えながら、私は布団に入り、ゆっくりと眠りに落ちていった。

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