第七話 新しい朝が来た


 ———豆球点けてよ。

 ———え~、真っ暗じゃないと眠れなぁ~い。

 ———しようがねぇなぁ。じゃあ電気消すか。お前には俺のアイマスク貸すから。

 ———も~、光一はいつも晴香に甘い~!



 小4の時の夏休みのお泊り会。

 晴香の家の実家の山の中に俺と晴香とあいつとで泊まりに行った。

 野山で虫取りをして、海に行って海水浴をし、夜は花火大会。イベントの後は、一つの部屋で布団を川の字にして寝た。

 小さな夕焼け色をした豆電球が灯っただけの薄暗い部屋の中。

 懐かしい、思い出すと胸がキュッとするような子供の頃の大切な思い出だ。


 

 ———えへへ~、ごめんねぇ~二人とも、大好きだよ!



 そう言っていた晴香も、暗いとこダメだったな。


 ◆


 目が覚める。

 点けっぱなしの照明の光が、嫌に俺の目を乾かせる。横目で時計を確認する。

 午前5時34分。


「目覚ましより早く起きちまったなぁ……」


 右手にハルカのぬくもりを感じる。見るまでもなく、昨日の衝撃的な出来事が夢ではないと実感させてくる。


 ゴブリンを拾って連れ帰って来てしまったのだ。


「スゥ~……スゥ~……」


 ゴブリンの少女———晴香は呑気に寝息を立てている。

 二本の角に褐色の肌にボサボサに伸び切った長い白髪。ゴブリンよりも日本の鬼に近い外見だが、ハルカの後に現れた『ゴブリンハンター』を名乗る二人組によると、世界を滅ぼす力を持つ『ジェノサイドオーガ』の二つ名を持つ、正真正銘のゴブリンらしい。


「そんな風にはとても見えないけどな……」


 そして、同じ名前を持つ死んでしまった幼馴染、古月晴香にそっくりの顔をしている。

 体を起こす。

 寝ているハルカを起こさないように慎重にソファーから降りる。


「ん?」


 床に、パジャマの服が散らばっている。

 それは、昨日俺がハルカに貸し与えたパジャマで……。


「まさかっ!」


 バッとハルカに架かっていたタオルケットを引っぺがす。


「————ッ! 服を着ろ、バカ!」

「……ウガ?」


 やっぱり、全裸状態だった。

 その寝起きのハルカに向けて、パジャマを思いっきり投げつけた。

 寝る直前まではちゃんと服を着ていたのに……。

 こいつ……脱ぎ癖があったのか。


 ◆


「じゃあ、行ってくる」


 午前8時15分。

 スーツに着替えて、玄関の前に立つ。


「イッテクル! ワカッタ!」


 ハルカが日本語がわからないなりに返事をして、ビシッと額に手を当てて敬礼をする。


「昼飯は冷蔵庫の中に入れてるから、レンジで温めて食べるんだぞ? 温める方法はさっき教えたよな?」

「ワカッタ!」


 ハルカの昼飯をラップに包んで冷蔵庫に入れている。せっかく早起きをしたので簡単な料理を作ったのだ。


「…………部屋の中の物は壊すんじゃないぞ?」

「コワスンジャナイ……ワカッタ!」


 絶対わかってない。

 家に戻ってきたら昨日と同じ惨状になっていることを覚悟しつつ、俺は扉を開けた。


「行ってきます」

「イッテキマス‼」

「ハハ……そういう時は、言われた方は『行ってらっしゃい』って言うんだぞ?」

「イッテラッシャイ‼」


 ニコニコ顔のハルカを残して俺は出社した。片手に昨日彼女に壊されたおもちゃが詰められたごみ袋を持って。


「……フフ」


 にやけた。

 家族ができるってこんな感じなのか。

 同棲していた時も似たようなやり取りをしたが、学校に行くのと仕事に行くのでは全然違う。

 今日も一日頑張ろうと思えた。

 がしゃがしゃと袋の中のごみが揺れる。

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