第五話 やっぱりゴブリンはゴブリンだった。
「何、、、、やってんだ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~‼」
怒号。
怒号が響き渡る。
俺の部屋に俺が発した怒号が響き渡る。
「ウゥ~ガァ~♡」
床に散らばるビリビリに破かれたおもちゃの箱と散らばるロボットのおもちゃ。そして叩きつけられて砕けた破片。
本棚に
「ウウゥ♡ アァ~♡」
その中心にいるハルカ。
彼女はまるで「褒めて褒めて」と言うように手を伸ばして笑顔を向けている。
俺の部屋の物を散々散らかしておきながら、全く悪びれていない。
30分。
たった30分目を離した隙にだ。
風呂に入って上がったらすぐにこうなった。
「この……この………!」
頭に血が上る。
ただでさえ忙しく頭がパンパンになっているのに、その上俺の憩いの場所を土足で踏み荒らされ、ストレスがマッハでマックス、マッハマックスだ。
子供のころから集めていた歴代戦隊ヒーローのおもちゃは壊され、大人になってから心を癒してくれたライトノベルも黒鉛筆で上から塗りつぶされた。
「
その頭が無残に砕かれてただの破片になっている。
「こんのぉ……‼」
「…………ウガ?」
それだけじゃない。
今の出版業界というのは厳しい。
なろうというだけで、異世界転生というだけで売れるという時代はとっくに終わりをつげ、あまたのライトノベルが一巻でては売れずに二巻目を出さずに消えていく。
タイトルを見て、「この本面白そうかも!」と思って手に取って、「本当に面白かった! いやぁ、いい買い物したなぁ……」と感慨にふけっても、それが売れていなければ一巻きりで終わる。
「
その項羽が実は女の子だった⁉ という衝撃的な切り口から始まり、しかもブラック企業に勤める会社員の主人公がトラックに轢かれてその項羽〝ちゃん〟に転生したところから物語が始まる。
他の異世界転生にはない斬新な切り口の小説で、主人公の項羽ちゃんは可愛いし、項羽ちゃんの頼れる姉の項梁はエロかっこいいし、これからも読み続けたいと思っていたが、一巻だけ出て続きが出なかった。
設定が斬新過ぎたのだ。だから、大衆受けが悪くて売れなかったのだ。
だけど、俺の心には強く残った。例え他の誰もが見向きもしなくても俺だけは一生応援していこう。この本を宝物にしようと思っていた。
ゴブリンのいたずらによって、アスコット博多先生の名文が黒く塗り潰され、汚されてしまった。
「こ、んのぉぉぉぉぉぉ……!」
頭に血が上る。
「ウガ?」
俺の反応がおかしいことに気が付いたようで、ハルカは眉間にしわを寄せた。
怒られるのを若干空気で感じたような表情だ。
わかっているのなら、もう怒ってやろう。同じことを二度繰り返さないためにも、ここできっちりと言い聞かせてやろうと思った———その時だった。
ゴブリンとは悪戯好きな家付きの妖精である。
この言葉が頭をよぎる。
「…………ハァ」
悪戯好き、元々悪戯を好む生き物なのだ。
好きだと言うことはそれが良いことだと思っていると言うことだ。自分が楽しい気持ちになる。だから相手も楽しい気持ちになるに違いない。そう思っているということだ。
わかっては……いないのだ。
「……………全く、しようがねぇなぁ」
「ウガ?」
パフ、とハルカの頭に手を置く。
「知らないんだもんな。やっちゃいけないことだってわからないんだもんな。初めての異世界のものに触れたばかりなんだもんな」
「……ゥゥガゥ……」
腰をかがめて、目を見て語り掛ける。
怒りを抑えて語り掛ける。
怒りに任せて怒鳴るのは簡単だ。だけど、ハルカは知らないのだ。床に散らばっている俺のグッズが俺にとって大切な宝物だと知らないのだ。
そのくらいのこと
初めての世界ではしゃいでいるし、興奮しているし、寂しくて怖いのだ。だから、その気を紛らわせたくなり、無意味に物に当たりたくなる。
俺がもしも、何も持たずに異世界の森に突然放り込まれたら、そこら辺の木々に八つ当たりをしてしまうだろう。
俺がもしも、友好的な森のエルフと出会って手厚く家に歓迎されたのなら、そのエルフのことがもっと知りたくなり、部屋中のものに触りたくなるだろう。
「ハルカ。最初から教えてなくてごめんな。でも、ここにあるのは俺の大切な宝物なんだ。だから、壊さないでいてくれるか?」
「……ゥゥ、アァ……」
わからないのなら仕様がない。
だから、精一杯に俺の気持ちを伝える。それだけだ。
「しようがねえなぁ……こんなに散らかして……片付けるのが大変だぞ? そのくらいは手伝ってくれよな」
苦笑して、惨事となった部屋を見渡す。
「……ウゥ、アァ……!」
ハルカは泣きそうな顔をしていた。
気持ちはどうやら伝わったようで、自分が本当にやっちゃいけないことをしたと理解はしてくれているようだ。そして、「ウガウガ」と口を動かして、なにやらもどかしさに苦しんでいるような顔をしている。まるで、伝えたい言葉があるのに、それが上手く言えないかのように。
「ガ……グ……ギ……!」
やがて、ハルカがくしゃっと泣きそうな顔をした。
あ、わかった。
ハルカが今何を考えているのか、察することができた。
「ハルカ、悪いことをしたなぁ……って思ったときはこういうんだ『ごめんなさい』って」
「…………‼ ゴメン、ナサイ……ゴメンナサイ‼ ゴメンナサイ‼」
大声で謝り続け、遂には泣き出してしまうハルカ。
目から滝のような涙を流し、耳まで真っ赤にした彼女をこのままにしてはご近所迷惑になってしまう。俺は何とかすぐにハルカをなだめ、
「一緒に片付け手伝ってくれるか?」
「ウン!」
元気を取り戻したハルカと一緒にゴミ袋に散らかったおもちゃとラノベを集めた。
まぁ、ちょうどいい。明日は燃えるごみの日だから。
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