第二話 目の前に魔法陣が現れたので異世界行けるのではないかと期待しました。
自宅近くのファミマで適当なコンビニ弁当を買って夜道を歩いている。
「はぁ~……」
ビニール袋の中で弁当が擦れる音を聞きながら、本日何度目かのため息を吐く。
最近はコンビニ弁当も値上がりして、出費がかさむ。エコバッグも毎回持って行かなきゃと思っていても、毎回忘れてビニール袋を買う。そのたびに地味に支出が増えていっていると思うと、またうんざりする。
「異世界行きてぇ……」
ラノベのように転生したぁ~い……。
スライムに生まれても、平民の家に生まれても、悪徳貴族の家に生まれても何でもいいが、とにかくこの辛い現実から抜け出したい。
元々俺はラノベなんて読んでなかったし、社会人になるまでオタク文化を毛嫌いしていた。美少女フィギュアとか美少女ゲームにハマっている同級生を指さしながら「キモいよね~」と言っている側だった。
それがいけなかった。
多分、本当にそれがいけなかった。
大人になってからドハマりした。
耐性がなかったから、新しい刺激にのめり込み、貪るようにコンテンツを買いあさった。
異世界転生のアニメをサブスクで見まくり、原作を集めたくなり、他にも似たようなジャンルの本があると知るとあれよあれよと買いあさって部屋が本で埋まった。
子供のころから集めていた特撮ヒーローグッズを押し入れに押しやって部屋のスペースを占領していた。
学生時代までヒーローになることで頭がいっぱいだった頭が、異世界で無双をすることしか考えられなくなった。
冷静に考えれば、今も昔も目くそ鼻くその思考で頭をいっぱいにしていてもっと有意義なことに使えよと思うが、とにかく、来世に期待をするばかりになった俺は———、
「嘘……だろ……」
目の前に広がる光景を信じることができなかった。
光り輝く———魔法陣。
それが宙に浮いていた。
円とルーン文字に近い、見たことのない記号で構成された陣。それが目の前に浮いているのだ。
「こんなものが現実に……あるわけがない……ハハッ、夢でも見てんのかな俺……」
後ろに下がった。
ずっと夢見ていた光景がいざ目の前に広がると
なんだか詐欺なんじゃないかと思ってしまう。
当然だ。
ラノベで何度も読んだ典型的な光景であったからだ。
突然目の前に異世界の門が開かれた————というのは。
「………マジか」
ごくりと息を飲む。
この魔法陣に飛び込めば、俺は異世界に行けるかもしれない。転生ではないかもしれないが、もしかしたら神を名乗る存在と出会ってチート能力を授けられるかもしれない。
———行くか?
———行っちゃうか?
「……行っちゃおう!」
と、決意を固めてつま先に力を入れて飛び込もう———とした、その瞬間だった。
ニュっと人の頭が魔法陣から突き出てきた。
「え———?」
二本角。
「鬼……か?」
人———じゃあなさそうだ。
角を生やした少女が魔法陣から飛び出てきた。
「おっと!」
少女を抱きとめる。
彼女は意識を失っていた。
「お、おい……大丈夫か? しっかり、してた方がいいのかなぁ……?」
頬を叩いて意識を回復させようとしたが、寸前でやめた。
どう見ても彼女は人間じゃない。
角は生えているし、見かけは小学校高学年ぐらいだが、髪の毛は老人のように真っ白で、口の端からは牙のような鋭い歯が覗いている。
果たして起こしてた後、無事でいられるのかと怖くなった。
「……いや、もう現実世界に絶望しているんだった」
何をいまさら命を惜しんでいるのだバカバカしい。常に死にたいと思っていたじゃないか。
いざ本当に危険となると未練がましく命にしがみつく。なんと見苦しく情けないことだろう。
「お~い……、生きてる~……」
ペチペチと彼女の頬を叩く。
瑞々しい血色の良い肌触り。だから、生きているとは思うのだが……。
パチッ……!
一気に彼女の目が見開かれた。
「あ————」
鬼の少女と目が合う。
ドクンと胸が跳ねた。
この子の顔は————ダメだ。
今知った———ダメ……だったということに。
この子の顔は本当にダメだ。見ちゃダメだ。考えちゃダメだ。
連想しちゃダメだ。
「ア」
少女が俺に手を伸ばし、頬に触れた。
「アァ……」
少女がなぜか安心したように微笑んだ。
初対面の———はずの俺の顔を見て、なぜか安心したような笑みをうかべたのだ。
「……いや、今は呆けている場合じゃない! なあ、お前、どこから来た? 人間なのか? それとも鬼なのか? いや、そもそも……言葉分るか?」
「アァ?」
首をかしげる鬼の少女。
「わかんないか……しようがねえなぁ!」
彼女を抱え上げる。お姫様抱っこの体勢だ。
「とりあえず、行ってから考えよう!」
魔法陣へ向けて歩き出す。
この鬼の少女。魔法陣からやってきたと言うことはこの魔法陣はやっぱり異世界と現実世界を繋ぐゲートで、この子は異世界からの漂流者なのだ。なのだろう。
なら元の世界に帰してやらなければならない。
異世界に行く大義名分もできたところで、意気揚々とその異世界の門をくぐろうとしたところ。
「イ、、、アァ~ァ…………‼」
鬼の少女が激しく暴れ始めた。じたばたじたばたと手足を振り回し、俺はバランスをとるのに必死になる。
「お、おい……!」
鬼と言えば怪力であるというのが相場で決まっている。もしかしたらこの子の振り回す手足にちょっとで触れたら一発で骨を折られるのではないかとビクビクしているうちに、
「あ……!」
魔法陣が———消えてしまった。
「あ~あぁ……」
その場にへたり込む。
せっかくの異世界へ行けるチャンスがみすみす目の前で消えてしまった。
「おいおい……どうして嫌がったんだよ……せっかく元の世界に帰れるチャンスだったのに……」
「アァ~……!」
少女は俺の腕の中で微笑む。先ほどの暴れっぷりが嘘みたいに機嫌が直っている。そして、何も答えない。まるで赤ん坊の様に。
「……たく、しようがねぇなぁ……ほら、もう降りろ。そんだけからデカいんだから、一人で立って歩けるだろ」
「ウン」
頷いた。
そして、身を捻って俺の腕の上から降りてコンクリートの上にはだしを付ける。
「言葉……分るのか?」
「アァ?」
また首を捻られる。
「……
この現実世界でファンタジーな鬼の少女が一人。
「俺が養うのか?」
できるのか? 自慢じゃないが結婚したこともないし、子供と最近はろくに触れ合ったこともないんだぞ。
給料もそんなに貰ってるわけじゃない。今も俺は自分の生活で一派一杯だ。貯金もろくにない。
———見捨てるか?
「ウガ?」
鬼の少女が首をかしげている。
見捨てないなんて選択肢は————ない。
フィクションならね。
目の前に突然、異世界からの少女が現れました。それもモンスターです。
身寄りはないみたいです。
凶暴な性格でもなく友好的です。
アニメや漫画なら、「仕様がないな」と主人公が言って家に連れていくパターンだ。
何故なら可哀そうだから。
だが、〝可哀そう〟と思うだけでは損をするばっかりだ。現に今日、後輩が怒られるのを〝可哀そう〟だと思って庇った。結果ストレスをためるだけに終わった。
この小鬼の娘を引き取る。
現実的に考えよう。まず戸籍がないし、何を食べるのかもわからない。この世界の食べ物が体質に合わずに死んでしまうかもしれない。幼い少女を家に連れ込んで近所から何を言われるかもわからない。その結果警察を呼ばれて知りもしない罪で逮捕されるかもしれない。そうなると当然今の収入でカツカツの生活をしている俺はもっと苦しい生活をせざるを得なくなり、結果この鬼の少女もどこかの研究室に連れていかれて解剖されて、どちらも苦しい思いをして終わるかもしれない。
無理だ。
リスクが高すぎる。
そんな結果、俺には耐えられない。
————見捨てよう。
「……ッ、ウゥ~ガァ~……!」
背を向けた。
鬼の少女が泣きそうな声を上げて呼び止めようとしてくる。それを聞こえないふりをして速足に遠のいていく。
悪いな。現実はそんなに甘くないんだ。
女の子が目の前に現れて引き取ろう、となるほど甘くはないのだ。
自分にそう言い聞かせながら、一歩一歩進む。
自宅のアパートまで数メートルの距離が妙に遠い。もうすぐそこに見えているのに、「リリス高宮」の看板がやけに遠い。
早く……早く辿りつけ……!
————ねぇ、コーイチ。私たち将来、結婚しようよ。
「—————ッ!」
ビタッと足が止まってしまう。
「ウゥ~ガァ~~…………‼」
鬼の少女の声が耳を打つ。
「ウゥウゥゥゥゥ……ガァァァァアアアァァ……‼」
泣いていた。
泣いていると思う。
裏返った声に寂しさという感情が乗って俺の
———また、見捨てるのか?
誰だよ、今言った奴?
まぁ、俺なんだけど……俺自身だってわかってるんだけど。
わかっているんだけど。
「……あぁ‼ もう‼」
振り返り、鬼の少女との距離を一瞬で詰める。
「ゥゥゥゥゥ…………ウガ?」
目に涙をためていた鬼の少女は目の前に俺が現れ、茫然と口を開けた。
「しようがねぇなぁ‼」
鬼の少女の手を掴んで、引く。
「……ウゥ……ガァ♡」
弾んだ声が聞こえる。
今度は一瞬で辿り着く。一瞬で「リリス高宮」の中へと入れた。
「ウゥ……‼♡」
強く手を握り返してくる鬼の少女。
「クソッ……チクショウ……!」
今度は俺が泣きそうになってくる。
なせだ———。
どうしてリスクがあるってわかっているのに……見捨てられないんだ。
絶対後悔するってわかっているのに、どうしてこの子を見捨てられないんだ。
それは———やっぱり、
「どうしてお前はあいつに……
古月春香———俺の昔好きだった子に似ているからなんだろうか。
小学校の時に好きだった女の子にそっくりだからだろうか。結婚する約束をするほど好きだったあの子にそっくりだからだろうか。
好き〝だった〟———。
もう、この世に彼女はいない。
古月晴香はもう———いない。
突然、彼女はこの世を去った。
車に轢かれて、何の前触れもなくこの世を突然去ってしまった。
この鬼の少女は———そんな古月晴香とうり二つの顔をしていた。
「角が生えただけの晴香が、どうして俺の目の前に現れるんだ! チクショウ……‼」
一体何に怒っているのかわからない怒りをただただ感情に任せて口から吐く。
「リリス高宮」の二階にある俺の部屋に向かうために階段に足をかけた。
その時だった———。
ポウッと背後から強い光が差してきて、階段を照らした。
何だと思って振り向いた。
魔法陣だ。
さきほど、晴香そっくりの鬼の少女が出てきた時と全く同じ、空中に浮かぶ光の魔法陣が、「リリス高宮」の正面に再び展開されたのだ。
おっ、と思った。
もしかしたら、異世界に行くセカンドチャンスかもと思った。すぐにこの鬼の少女の手を引いて、あの魔法陣に飛び込んだ方がいいのではと思った。
その浅い考えは、次の瞬間一瞬で砕かれた。
ガシャリと金属が擦れる重い音がした。
足音だ。
魔法陣から人が出てきた。
二人だ。
二人の男————恐らく男だと思う———が出てきて、コンクリートの道路を
恐らく、と性別が断定できないのは二人とも全身を鎧で包んでいるからだ。中世ヨーロッパで騎士が身にまとうような金属の鎧を着ているからだ。顔はフルフェイス、銀色の胸当てに手甲で腕を覆い隠して、光る脛当てを纏っている。二人ともフォルムが若干違い、片方が鶏のようなトサカが付いた細長いメットをしているが、もう片方は猫耳のようなものが付いた丸っこい、子供のマスコットキャラのような造形のメットをしている。
異世界人だ。どう見てもファンタジーの世界から来た異世界人だ。
俺は———、
「…………足音を立てるなよ」
「……ウガ」
こっそりと、男たちに気づかれないように忍び足で自室に急いだ。
二人の鎧の男たちにこの鬼の少女を引き渡そうと言う発想は全くなかった。
男たちはこの鬼の少女を追ってきた刺客なんだとすぐにわかった。
何故なら、二人の男たちが出てきた瞬間、鬼の少女の手が震え始めたからだ。
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