その4 『ジェーンとヒューイ』

 広場の中を練り歩く。私とヒューイはアトラクションに乗ることはなかったけれど、辺りを見渡して楽しい話をしていた。


「これ凄いね! 研究の発表っていうんだから、なんか堅苦しいものかと思ってたけど」

「だろ? 僕自身、そういうのが嫌いでね。ガチガチの雰囲気で、白衣を着た堅物の研究者たちが集まるような場所を作りたくなかったんだ」

「でも、こんなに遊園地っぽくしなくたって。私、一瞬ここがなんなのか分からなかったもの」

「いや、これがいいんだよ。これは遊園地みたいなものだが、研究成果の発表の場でもあるんだ。アトラクションは、全て研究員が開発、発見した最新の魔法技術を取り込んでいる。例えば、あのジェットコースター」


 ヒューイは向こうで走っているドラゴンのジェットコースターを指さした。


「あれは古代生物研究部とクローン開発部、そして魔法機械開発部の共同で作ったものだ。

 今は絶滅してしまった伝説の生き物を再現して、乗り物にした。ドラゴンの再現なんて世界でも類を見ない。さらにそれを乗り物として改造したんだ。ちゃんと知能もあるし、火も吐ける。さらに、あの子は従順だ。いろんなものに利用できる」

「へぇ~。凄いのね」

 

 次に彼は、反対方向で回っている観覧車に目を向けた。


「それに、アレは魔法植物の研究員たちが考えたものだ。おっ! サーシアお嬢様と妹さんが乗ってるね。アレは良い物だ。絶対に楽しいよ」

「あの観覧車はどんなものなの?」


 私たちが見上げた観覧車は、まさに巨大な果物がグルグルと回っているかのようだった。


「あれはね、ただ外観が果物や野菜であるというだけではないんだ。

 中に入ると天井にツタが生えててね、魔力で外観の果物や野菜を生やしてくれるんだ。つまりは、外の綺麗な風景を眺めながらリンゴやみかんなどの果物食べ放題ってわけ。

 試しに研究員があの中に一時間ほど乗ってたんだが、乗り込んだ時はスリムだったのに、出てきた時には豚のように太ってたよ。それだけ栄養価が高く、美味しい果実がなるってことだ。

 非常食だったり緊急の移動に用いると、かなり役に立つと思う」

「はぁ~、いろいろ考えてるのね」

 

 観覧車の中では、お嬢様とナンシーが手を振っていた。

 私はヒューイの話に感心しながら、二人に向かって微笑みかける。よく見ると、彼女たちの顔はいつの間にか丸くなっていた。

 とても面白い顔だった。ニコニコと笑って手を振り返す。


「ほらね。楽しんでる」

「ほんとうね」


 回る観覧車の中で、ナンシーがわざとらしく驚いている。思いきり開いた手で口を隠し、目は見開いているものの、どこか冷やかしが感じられた。それはお嬢様も同じである。ヒューイも彼女たちに手を振った。


「応援してくれてるのかな」


 ちらりと優しい視線を二人に送り、ヒューイは歩き出す。彼の手が私の手に触れた。


「面白がってるだけよ」


 男らしいゴツゴツとした手だった。私は思わず彼の手を、まるで羽で撫でるように触る。そして、そのまま指を絡ませた。とても幸せな時間だった。充実した暮らしと仕事、そして愛する人とこうして感覚を共有できる。

 私たちは同じタイミングで向かい合った。そして、じっと見つめ合い、顔を近づける――と、その時だった。


 トン。


「おっとっと」


 ヒューイの肩に誰かがぶつかった。

 見てみると、それは清掃員として働く機械人形。その顔は丸みを帯びた四角形の電子パネルとなっており、そこに様々な模様や表情が浮かぶようになっている。

 今、そのパネルは『SORRY』という文字でいっぱいになっており、文字の下でキャップを被ったキャラクターが深々と頭を下げていた。


「モウシワケアリマセン」


 少し甲高い機械音声が流れる。ヒューイは笑った。


「いいんだ、いいんだ。お仕事お疲れ様」

「アリガトウゴザイマス」


 ヒューイが彼の角ばった肩を叩くと、機械人形の装いが一瞬で変わる。それは早着替えというよりは、組み換えという言葉に近いように感じた。


 蒸気をあげながらカシャカシャと音を立てる。服の部分がまるでピストンに押しだされたかのように盛り上がる。そして、それはすぐさま体の中へ消えていった。まるで引き出しの中に仕舞われるかのようである。

 と思ったら、またもやガシャガシャという音が鳴り、体の中から新しい服が出てくる。看板の張り替えと言ったらしっくりくるだろうか。


 彼の衣服はいつの間にか、ベージュの作業着からセーラー帽を被った水兵のようなものに変わっていた。半袖短パンの先からは鉄で組まれた細長い手足が見えていたが、すぐさま人の肌のような色に変化した。それはまるで、カメレオンが擬態するかのようだった。


 あまりの早着替えに、私は思わず手を合わせる。


「すっごい!」

「だろ。これは色んなことが出来るんだ」


 彼はそう言うと機械人形の顔に触れた。すると、四角いパネルだった顔が次第と丸みを帯びていく。そして、色が変わっていき、目や鼻が立体的になり始める。いつの間にかそれは、ヒューイの顔と瓜二つになっていた。


「テーマパーク『マジカルテクニック』へようこそ! 案内モードを起動しますか?」


 ニコニコと明るい笑顔を浮かべる機械人形。少し機械音声の名残があるが、それはまさしくヒューイの声だった。


「いや、いいよ。さぁ、戻って」


 ヒューイがそう声をかけると、機械人形の顔は元のパネルへ戻っていった。そして、彼は『THANK YOU』という言葉と共にハートの絵柄を浮かべ、その場をゆっくりと去っていった。


「あれは?」

「あれはアンドロイドさ。機械人形を改造し、進化させた。今までの機械人形はただ命令に従って動くロボットで、何か一つのことしかできなかった。例えば、警備だったら警備、家事だったら家事とね。プログラミングされたほぼ単一のことしかできなかったんだよ。

 でも、あのアンドロイドたちは違う。さっきも見たように顔を人間的にも出来るし、仕事もモードを切り替えればなんだって出来る。まさに夢のロボットさ」

 

 ヒューイの顔はやけに誇らしげだった。先ほどよりもますます得意げである。

 しかし、なぜだろう。私は周りで歩くアンドロイドたちを見渡すと、この魔法博士に疑問をぶつけた。


「人の顔に変えれるなら、何でここのアンドロイドたちは機械の顔のままなの?」

「それはだね、アピールするためさ。あの子たちが、ただの機械人形ではないってね。人の顔にしてしまうと、人のスタッフだと勘違いされかねない。あまりにも出来が良すぎるからね。それじゃあ意味がない」

「なるほどね。で、ヒューイ。なんでそうウキウキしてるの?」

「え? そう見える?」

「ええ。なんか、このアンドロイドたちのことを話し出してからとても楽しそう。何か聞いてほしい事でもあるの?」


 明らかに声が高ぶっている。おそらく、私がまだ見ていない研究があるのだろう。彼のそんな楽しそうな顔を見ると、ついニヤニヤとしてしまう。


「さっすが、僕のジェーンだ」

「あなたのことなら何でもお見通し」


 私たちは立ち止まった。そして踵をあげ、小鳥のように唇を交わした。


「で? この私に何を教えたいの?」

「それはだね――」


 ああ、あの時気づいていれば。街を見たときに覚えた違和感を忘れていなければ、もしかしたらあれは避けられたのかもしれない。

 私たちの背中をアンドロイドが見つめる。その顔のディスプレイには不敵にも、先ほどと同じハートマークが浮かび上がっていた。

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