その2 『褒賞授与式』
「サシャ・ニンデベルク」
玉座の間、真っ赤なカーペットの上で膝を折る。壇上から送られる視線からは、まるで有象無象の何かを見下ろすような冷たさを感じた。
淡々と読み上げられるのは、これから授与される褒賞だ。数えきれないほどの金貨、一等地に建てられた豪邸と周辺の土地。傭兵に与えられるには、とても過ぎたものである。
だけど、そんな褒美なんてなんの価値もない。
――貰ったところで。
何をするでもない。
私はゆっくりと目を開き、血の色にも似た真っ赤な床を見つめた。
――いっそのこと、終わらせてしまおうか。
奴は目の前にいる。雷の武器はいつでも出せる。そして、雷を体に纏えば、目にも留まらぬ速さで奴を殺すことができる。
やる資格はあるし、やる手段もある。なら、あとは実行に移すのみ。
あそこで一言もしゃべらず、家臣に全てを任せて偉そうにしている男。真っ白な髪と髭を栄華の象徴のように蓄えた男。権威の象徴をちょこんと乗せた豚のような男。
どうせ、これから生きても全てが仮初。あの頃の純真さはとうに消え、視界に入る全部が灰色に見える。ならば、私の人生ごと終わらせてしまえばいい。ここで王を殺し、復讐を成したらあとは処刑を待つのみだ。自分が死んだ後のことなど知ったことか。
床についた拳をぎゅっと握る。
――私は。
――――――
「おい、サシャ! 見ろよコレ!」
すでに城は遥か後方。トロルは肩に担いだ黄金のハンマーと、グリアムハンド王国の象徴、猛々しい獅子が胸元に刻まれた新品の鎧を見せびらかした。
「めっちゃカッコいいぜ、コレ!」
「うん、すごいねー」
ため息がでる。こんなに楽しそうなのは、本当に羨ましい。
「なにしよっかなー」
結局、何もできなかった。私の両手はとても軽い。それはなぜか。何も貰っていないからだ。
隣の大女ははしゃいでいる。大金を貰い、王都の一等地にドでかい屋敷を貰った。そして何より、彼女はヴェントスに駐在することになったのだ。防衛のために、彼女だけ仕事の期間が延長したのである。
彼女は言っていた。
「ヴェントスなら、いつでも戦ができる」
戦いが大好きな彼女にとって、あそこは天国のような場所なのだろう。
それに対して、私、サシャ・ニンデベルクは契約満了となった。仕事ぶりはかなりのモノだったはずなのだが、金がないという理由で首を切られた。なにか、「性格に難が……」なんて言っていた気もするが、そんなことはあるはずもない。だって、私の性格は女神にも負けないぐらいに良いはずなのだから。
ああ、退屈だ。これから何をして生きていこう。
――――――
夜。月の光が窓から差し込む。蝋燭の火はすでに尽き、床には衣服が散乱している。片づけるのが面倒くさかった。ただそれだけの理由だ。
床の木々はところどころに穴が開き、壁にはたくさんのナイフが突き刺さっている。
ここは、私の家。ただのボロ家だ。
下着だけしか身に着けていないからだろうか。少し肌寒い。
ベッドに横たわり、少し硬めのマットに顔をうずめる。
天井から降り注ぐ埃が月光を吸収し、まるで粉雪のようである。ぼーっとそれを見つめているだけで、心のモヤが消えていくように感じた。
――意気地なし。
玉座の間にて思い浮かんだあの感情。やけっぱちとも言える激情。
なんで今になって湧き上がるんだ。いざ目の前に仇が現れた途端にこれだ。どうも、私自身、私のことが分かっていなかったようだ。たぶん、実感がなかったんだろう。あまりにも突拍子のない話すぎて、実際のところ、信じられていなかったんだ。
――どうしてできなかったんだろう。
浮かぶのは激闘の過去。初めて殺した男の顔だ。自らを父と呼ばせた、あの男。ああ憎たらしい。
あの全てを諦めたような顔が頭をよぎる度、虫唾が走る。
あの男のせいでこうなった。心に自ら鍵をかけてしまった。そのせいで、今こうして苦しんでいる。
拳を握る。次第にパチパチ、バチバチと、真っ白い雷が私の握り拳に纏わりつく。
そして、私は振りかぶった。怒りに身を任せ、叩きつける。王に、あの男に、そして自分自身に。
ドオン!
まるで雷が落ちたかのよう。舞い上がる白い羽。ベッドは破れ、拳の形に焦げている。
私の息は上がっていた。
「クソっ!」
いつまで引きずっているんだ。思考が鈍って仕方がない。
私はこのマグマのように湧き上がる怒りを包むように体を丸めて目を閉じた。生憎にも、この日は全く眠ることができなかった。
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