その4 『戦う理由』

「なあ、サシャよお」

「なに」


 二人は焚火の前に腰を下ろしていた。夜はすっかりふけている。トロルも回復し、元の快活で血色のいい顔色に戻っていた。


「アタシさあ、アンタのことは好きだ。一年前、この仕事でタッグを組めって言われたときはどうかと思ったが……今のアンタはお気に入りだよ。強いし、面白い。特に何やらかすか分かんねぇところが無茶苦茶好みだ」

「……急になに?」

「いやあ、ふとな。多分、さっき死にかけたからだろうけど」


 トロルは再び青ざめた表情で焚火を見つめる。サーシアはそんな彼女の横顔をちらりと見ると、足元に落ちていた木の棒を拾い上げた。


「珍しいね。しおらしくなったアンタなんて初めて見た」

「そうかあ? まあ、そうか。いつもアタシは元気ハツラツだからな」


 漏れ出る陰湿な雰囲気を吹き飛ばすように、トロルは小さく笑った。


「だけど、ふと思うんだよ。アタシってこのままでいいんだろうかって」

「どういうこと?」

「どうもこうも、そのまんまの意味さ。今は傭兵として好き勝手やって、敵を殺して、金をもらう。最高の生活を送れてるわけよ。でもさ、アタシだって一人の女なわけ。そろそろ”ケッコン”とか”子ども”とか考えないといけないんだ」


 トロルは大玉のようなため息をつくと、深く俯いた。


「満足はしてんだよ? 戦いは好きだし、戦場にはイイ男がたくさんいる。だがな、いつかその日は終わるかもしれねえ」


 サーシアは落ち込むトロルを見やると、感心したように目を開いた。


「へえ~。アンタも悩むことがあるんだあ」

「ったりめーよ。アタシだって、こんな身なりをしてるが良いとこの出なんだぜ? お父様もお母様も最近うるさくてさあ」

「でも、いいじゃない。満足してるんなら」

「そうともいかねえから愚痴ってんの」


 トロルも鬱々とした表情で足元の薪を拾い上げる。彼女はそれを炎の中へ乱暴にべた。


「なあ、一つ聞きたいんだけどよぉ」


 揺れる炎をじっと見つめる。トロルは重々しく口を開いた。


「お前ってなんで戦ってんだ?」


 サーシアは何の反応も示さなかった。トロルと同じように、ただ静かに上がる黒い煙を見つめるだけである。


「そういうアンタは?」

「質問に質問で返すなよ。まあ、いいか。今まで話したことなかったしな。よぉし! 聞くんだったら、まず自分から話さなきゃな!」


 曲げた膝に手を置き、よっこいしょと掛け声を上げ、立ち上がる。巨人の影が焚火に照らされスゥーっと伸びていく。まるで地平線まで永延と伸びていくかのようだった。


「アタシはな、弱かったんだ!」

「はぁ?」

「そんな顔で見んなって! 鍛える前はアタシだって、いっぱしの乙女だったんだぞ? フリフリのドレスが大好きな美少女さ!」


 サーシアはより一層、怪訝そうな表情を浮かべた。


「アンタが?」

「そうさ! でもな、あの日だ。アタシは変わった。あのオークに抱かれてな」


 トロルは自慢の腕をがっしりと組んで鼻を鳴らす。


「あれはまさしく力だった。暴力だったよ。アタシは怖かった。だけどな、それで変わったんだ」


 夜空で星が輝く。サーシアはそんな彼女の話を聞きながら、ほかほかと湯気を立てるコーヒーをずずずと啜った。苦かったのか、渋い表情を浮かべる。

 しかし、トロルはすでに自分の世界に入っていた。”あの日”とやらに思いをはせながら、彼女は天を仰ぐ。


「アタシは力に魅せられたんだよ。それからだ! 一心不乱に体を鍛えた。アタシを負かしたアイツに一矢報いるために、必死でな。そして、こうなった!」


 トロルは筋肉で満ち満ちた胸を夜空に突き出し、声高らかに叫んだ。


「アタシの戦う理由! それは、金、男、飯! そして、何より”闘い”だ!! 闘うために、戦いに身を置く。どうだ! 超カッコいいだろ!!」


 トロルは誇らしげにキラキラとした顔をサーシアに向ける。まるで、英雄の武勇伝を聞かせるように。

 しかし、トロルは唖然とした。そんな彼女を待ち受けていたのは、退屈そうな表情の少女であった。雷で作った糸であやとりをしている。


「……あれ?」


 まさしく肩透かしを食らった気分だった。トロルはとぼとぼと彼女の隣に戻ると、腰ぐらいの高さの岩にドスンと座った。


「話したぞー。お前はどーなんだ」

 

 ふてくされた子供のように頬を膨らまし、そっぽを向く。トロルは不機嫌だった。しかし、それはすぐに収まった。サーシアの口から飛び出したのは、彼女の期待を遥かに上回るものだったのである。


「なんだろうね」


 サーシアがぼそりとつぶやく。


「戦いに理由は求めてなかった気がするよ。ただ、なんとなくやってた。生きるために」

「金か?」

「それもある」


 トロルは彼女の心ここにあらずという声に、小さく首をかしげた。


「でもお前、今は大金持ちじゃねえか。アタシと一緒にこの国を救ってさ」

「うん」

「でも使ってないんだろ? それ」

「うん」


 サーシアは、握った木の棒で燃える木々をカサカサと弄りながら頷いた。


「買うもんないし」

「じゃあ、なんでだよ。戦いが好きなのか?」

「別に、そうでもない。ただ……」

 

 ふと、小鳥のような可愛らしい少女の口が動きを止めた。サーシアは何かを考えるようにうーんと唸ると、腕を組み、夜空を見上げる。

 そして、彼女は言葉をこぼした。


「憂さ晴らしかも」


 冷たい風が二人の頬をそっと撫でる。トロルは一瞬、何がなんだか分からないような顔をしていた。だが次の瞬間、彼女は噴き出した。


「やっぱ面白いわ、お前!」

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