その2 『私の世界』
私たちが住んでいるのは人間の国”グランデベルト王国”。
オークや、エルフ、ドワーフといった様々な種族が生きる世界”ドラゴニア”の東側に位置する巨大な国だ。
全種族を巻き込んだ世界的な戦争も一旦は終結して、一時はとても平和だった。少なくとも、この時は。
どうしてこんな話をしたかなんだけれども、これだけはどうしても伝えなければいけないのだ。
この平和な時代にも、厄介な存在がいるということを。
それはアンダーシティ。
グランデベルト王国の中心にある巨大な穴。元々は炭鉱であったその場所を開拓した、いわばスラムのような場所である。
覚えておいてほしい。ここは、私の人生を滅茶苦茶にした悪の巣窟なんだ。
――――――
時は少し遡る。
あの遊園地に向かう途中のことだ。
研究所長直々のお誘いであったということもあって、私の住んでいた屋敷には高級な車がやってきた。もちろん、送迎用だ。
黒色の車で、薄い箱のような車内に、座席が向かい合って置かれている。車の後ろには銀色に光る長い排気口があって、運転席には黒いハットを被った白髪のお爺さんが乗っていた。
私たちの屋敷の前にあるライ麦畑を抜け、街に入る。この日の街は、とても賑やかだった。
まず目にしたのは橋の上。
アンダーシティと王都は、ロープウェイを使って人の行き来や物資の移動を行うのだけれど、そこに行くためには巨大な一本の橋を渡らなければいけない。
だけどこの頃、橋の上では毎日のようにデモが行われていた。
「ねえ、お母さま。あの人たちは一体、何をしているの?」
通りがかった橋を指差すと、母は私を抱きしめた。
「あれは見ちゃだめよ。あなたが関係するようなことではないの」
母の腕の隙間から見えた暴徒たち。
『アンダーシティの開放を』、『我々にも平等の待遇を』と書かれた板を掲げ、憲兵たちに向かって様々なゴミを投げていた。
アンダーシティは劣悪な環境だった。
開拓されたとは言っても元は炭鉱。有毒なガスが霧を作り、健康を害している。ゴミ捨て場かと見紛うほどに街は汚れており、変な宗教やら薬やらが出ては消え、出ては消えを繰り返していた。
そんな場所であるにも関わらず、国は何も手を尽くさなかった。そして、国民たちはアンダーシティの人間たちを”
デモは確かに昔から行われていたが、ここまで過激になったのはこの頃からだった。
とある指導者が現れてから、彼らは劇的に変化した。だが、この時の私からすれば、知る由もない話である。
街中に入ってからは、とても楽しいウィンドウショッピングの時間だった。
「ねえねえ、お姉ちゃん! あれ! あの新作!」
「うっ。可愛い……」
道端には色々なお店が立ち並んでいた。
目立つのは、大きなショーウインドウのお店たち。
華やかで奇抜なドレスと帽子が飾られた女性用のブティックに、ダイヤやらの高級な宝石がディスプレイされた宝石とアクセサリーの店。
もちろん、紳士用の服屋もある。
シルクハットとタキシードに、一本杖を握ったマネキンが立つ展示窓。とてもオシャレな街並みで、他にもカフェやらレストランやら、挙げだしたらキリがないほど、たくさんのお店があった。
私とジェーンとナンシーの三人は、目を爛々と輝かせながらそれを眺めていた。
「お嬢さまはどれが好き?」
ナンシーの問いかけに、私はびしりと指をさした。
「あれ!」
「あ~、いいですねえ!」
母と同じ麦わら帽子に、母がいつも着ている天使のような真っ白のワンピース。どう見ても子供用の大きさではなかったが、私はそれが欲しくてたまらなかった。
すると、ナンシーもまた、通り過ぎるマネキンを物欲しげな目で見つめる。
「ねえ、お姉ちゃん」
「……なに」
ジェーンは、明らかに嫌な気配を感じとっていた。しかめっ面だ。
だが、私とナンシーは、いつものように彼女に向かってねだるような目を向けた。
「「買ってぇ~!!」」
「ダ・メ・で・す!!」
「「えぇ~!!」」
ジェーンはお金持ちだった。研究所は給料が良いのだ。
「私も今月厳しいんです! いくらお嬢様の頼みでも聞けません!」
「でも、今日たんじょうびだよ?」
「うっ! それは……」
私の反撃に、ジェーンはいつもたじたじになる。そして、それに付け込むナンシー。
「私も私も! 特に何もないけど買って~!」
いつもの光景だ。
ジェーンは硬そうに見えて結構甘い。この時も、私たち二人の攻撃に耐えきれず、ついつい財布を開けてしまう。
「……いいでしょう」
「「やったぁ~!!」」
「でも、ナンシーはダメ! 半分は出して!」
「えぇ~! お姉ちゃんのいけず!」
厳しくそう言いつつも、彼女の表情は少し緩んでいた。だけどこの後からだった。ジェーンの様子が少しおかしかった。
「ねえ、ナンシー。今日、いつもより人が多くない?」
街並みを見る彼女の目。何か腑に落ちないようなそんな瞳だった。
「そうかなぁ。この通りはいつも多いじゃん。今日は休日だし、久しぶりに来たんだから。こんなもんでしょ」
「うーん、気にしすぎかなあ」
「気にしすぎ、気にしすぎ。お姉ちゃんったら、いつも変な所に気が行くんだから。だから疲れやすいんじゃない?」
「でもなぁ……」
どうにも違和感を覚えているようだった。歩道は軽く歩けばたちまち肩がぶつかってしまいそうなほどに混みあっている。
王都であるとはいえ、さらに休日であるとはいえど、ジェーンにとってはそれがよっぽど不気味だったのだろう。そして、その中でも彼女が特別目で追っていたのは、ベージュのコートを着た男たち。
一見、特に不思議な点はなかった。しかし、なぜか帽子で隠れた顔の下から、光がキランと反射する。それは宝石やアクセサリーの類がピカッと光っているというわけでは無さそうだった。
「気のせいかな」
私はこの違和感に全く気が付かなかった。おそらく、ジェーンだから気づけたのだろう。この違和感こそが、今日起こる事件の前兆。知っていれば、何かが変わっていたんだろうか。
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