第6話
数ヵ月後、ラブリーカフェが閉まった事を知った。
警察のガサ入れがあったとも聞いてるから
撤退せざるを得なかったのだろう。
これで彼女がいたあの水槽も無くなったのだ。
「……」
僕は次の週末にあの日彼女と遊んだ
海に向かって車を出していた。
特に大きな理由は無いけれど
あの海に行かなくてはいけない。
そう感じたんだ。
あの数時間の出来事は僕の中で
とても大きな存在になっている。
そして僕は海に着いた。
時間が違うから風景や雰囲気は違うが
それでもあの時の記憶、空気感が
一気に蘇ってくる。
彼女は今何をしているのだろう。
無事にあの水槽から抜け出して
大好きな海に到達出来たのだろうか。
そう考えていた時、
知らないアドレスからメールが来た。
何だろうとスマホの画面を見た瞬間。
僕の中で新しい時間が始まる予感がした。
-----------
件名:お久しぶりです。渚です
本文:おじさんの名前教えてよ。
-----------
「……」
いきなりの事で驚いたけど
ほのか、いや渚からのメールは
とても嬉しい。
特に僕の名前を聞いてくれた事だ。
渚は他の人の反応にはとても敏感なのに、
その人自身には関心を持たなかった。
その渚から名前を呼ばれるという事は
そういう事なのだろうと感じていた。
それならこちらも本名で
答えなければいけないだろう。
― 久しぶり渚、元気してた?
僕の名前は健だよ ,―
そう返信したら今度は
LINEの招待が来た。
「LINEかぁ。使ってないけど
渚からのお願いなら仕方ないか」
LINEをインストールして
そのまま渚を友人リストに追加したら
すぐにチャットが飛んできた。
― 健さんこんにちは。元気? ―
それから渚の近況を聞く事が出来た。
まず、あの日渚がラブリーカフェに
戻った時あまりもの狭さに驚いたらしい。
― 私、びっくりしちゃった ―
そしてそれから何度か通ったが
息苦しさを感じて行かなくなった。
僕はそれを聞いて心から安心した。
警察のガサ入れも入った店だ、
何があってもおかしくなかったからだ。
そして、その後バイトを始めたらしい。
今は休憩時間だから暇つぶしに
僕とLINEしたとの事だ。
まったく渚らしいと苦笑いした。
― 親とは大喧嘩したけどね ー
それでも行動出来たのは凄い事だ。
渚はそのまま言う。
― あの日からね?私の周りが
全部狭く感じちゃったの。
学校も、家も全部 ―
― 居場所は沢山あって、
自ら選ぶ事が出来る ―
― それを教えてくれたのは健さん。
本当にありがとう! ―
その言葉を聞いて思わず涙目になった。
しかし、その話には続きがあった。
― それでね?私あそこの海の家で
働いてるの。だから今度遊びに来てよ ―
― 美味しいコーヒ作れるようになったから
奢ってあげる! ―
― 今度は私がおじさんを買ってあげる・笑 ―
「……ハッハッハッハ!」
僕はそれを見て声を出して
大笑いしてしまった。
― わかった。遊びに行くよ ―
― ありがとう。きっと来てよね!
そろそろ休憩終わるからまたね! ―
そう言ってチャットは終わった。
全く面白い。
本当に人生は面白い。
とても心が明るくなったと同時に
これは由奈からのプレゼント
なのかもしれないと感じていた。
「由奈、ありがとう」
そう心で呟きながら、
僕は数百メートル先に
ある海の家に歩き出した。
いきなり僕が現れたら渚は
どんな反応を見せてくれるのだろうか。
渚にはいつも驚かせられていたから
たまには僕が驚かせてもいいだろう。
渚に会えた時、言う言葉は決まっている。
― 久しぶり渚。今度は遅くないよね ―
終わり
思い出と少女は水槽の中で眠る TEKKON @TEKKON
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます