第56話 三田の収穫


「いや、予想以上に調べる場所が多くてな。二、三日で戻るとは言ったが、まさか一週間でお前たちが俺を探しに来るとは思わなかった」

「というか三田さん、なんかどんどん体力が化け物じみてきてませんか……?」

「そうか?」


 三田のそんな態度に、辻が苦笑したのも仕方ないことだろう。

 襲撃を受けたと思われるこのショッピングモールを調べていたところ、予想以上に調べる場所が多く、一週間もかかってしまったらしい。


 三田が帰らなかった理由は、つまりそういうことらしかった。


「とにかく、一旦帰りましょう。みんな心配して待ってますよ」

「ああ。そういうことなら一度帰ったほうがいいだろうな……」


 トバリのそんな言葉に、三田は同意を示す。

 どうやら、三田は自分が多少戻らない程度でこんな騒ぎになるとは思っていなかったらしい。

 自分の存在を過小評価しているようだった。


 ……結局、城谷と辻は処分できなかったが、まあいいだろう。

 油断しきっている人間を殺すことなど、いつでも出来るのだから。


「それで三田さん。何か収穫はあったんですか?」

「ああ。とは言っても、ほとんど何もなかったんだが……」


 このショッピングモールは四階建てで、生き残りたちが主に篭城していたのは三階と四階。

 だが、いたはずの生存者は忽然と姿を消しているという。


 ゾンビの姿もあったそうだが、三田が片っ端から処分したらしい。

 ただ、その中にショッピングモールに篭城していた人間の姿はなかったそうだ。


「襲撃があったのは間違いない。だが、具体的にどういう事態が起きていたのかはわからなかった。二階から上は調べ尽くして、あとはこの一階だけだったんたが……その途中でお前たちがやってきたというわけだ」

「なるほど。……あれ? それじゃあ収穫というのは?」

「食料と生活必需品はそれなりにあったからな。ひとまず駐車場に停めてあるトラックに詰められるだけ詰めておいた」

「ああ、なるほど。そっちですか」


 要約すると、三田もショッピングモール襲撃に関する情報は掴めていないらしい。

 得られたのも、拠点での生活生活に必要なものばかりのようだ。

 それはそれで非常に重要なものなので、素直にありがたい。


「……あと、本を読んでいたのは休憩だ。お前たちが決死の覚悟でやってきたというのに、俺がこれでは示しがつかんな。すまない」

「いや。三田さんにも休息は必要でしょう」


 特に最近は、かなり忙しそうに動き回っているように見受けられる。

 人間である限り、休憩は必要なものだ。

 実際、トバリだけでなく、城谷や辻も文句を言う気配はなかった。


「とにかく、ひとまず戻りましょう。先に城谷と辻を戻したいので、僕たちが来た方から出ても大丈夫ですか?」

「わかった。そういうことなら、俺は後でトラックのほうへ向かうことにしよう」


 トバリの提案に、三田は頷いた。

 来た道を十分ほどで戻ることになってしまったが、何の問題もない。


 問題があるとすれば、今この瞬間にも大学病院のほうが襲撃を受けている可能性もあるというぐらいか。

 この短時間で襲撃を受けているとは思えないが、万が一ということもある。

 できるだけ急いで大学病院に戻る必要があるだろう。


 トバリたちは、四人で来た道を引き返していく。

 先頭は城谷、その後に三田、辻、そしてトバリが続く。


「……この辺でいいか」


 そう言って、三田が突然立ち止まった。

 ちょうど、ショッピングモール全体の真ん中ぐらいの位置だ。


「三田さん? どうかしたんですか?」

「そうだな。少し用がある」


 そう語る三田に対し、トバリは訝しげな視線を投げかける。

 ここにゾンビの気配がないとは言っても、こんなところで悠長にしていられるほどの余裕があるわけではない。


「後で、じゃダメなんですか?」

「ああ。今、この瞬間でなければ意味がない」


 三田の目は、今までに見たことがない色をしていた。

 深い決意と覚悟をたたえたような、そんな色だ。











「――捕らえろ。ただし丁重にな」




 三田がそんな言葉を発した瞬間、上から何かが落ちてきた。

 断続的に地面が揺れる感覚とともに、トバリは自分の鳥肌が立つのを感じる。


「なっ!?」

「なんで……!?」


 城谷と辻が、驚きの声を上げる。


 そいつらは黒い衣服を纏っていた。

 裾(すそ)からは中に収まりきらない赤黒い触手が覗いており、その先端が獲物を求めるかのようにぬるぬると動いている。


 そして、その触手たちがトバリたちに襲いかかった。


「は――?」


 目の前の現実に、理解が追いつかない。

 トバリは紙一重のところで触手を回避したが、城谷と辻はそれぞれ別の触手のゾンビに捕らえられていた。


 ここのショッピングモールは吹き抜けになっており、トバリたちがいる真上はちょうど右側と左側を繋ぐ通路がかけられている。

 触手のゾンビ共は、間違いなくそこから落ちてきたのだ。


「クソっ……! 離せ! そいつらを離せよ……っ!」


 金属バットを振るいながら、トバリは叫ぶ。

 しかし、トバリの命令が効かないのか、触手のゾンビたちがその動きを止めたり緩めたりする気配はない。


 ……触手のゾンビ達に向けたトバリの命令も、効果がない。

 その事実が、トバリの焦燥感を掻き立てる。


「ちっ!」


 一旦触手のゾンビ達から距離を置き、周りの様子を見る。

 だが、立っていたはずのトバリの体勢があっけなく崩れた。




 上から落ちてきた巨大なゾンビの腕によって、トバリの身体が地面に密着するように拘束されたからだ。




「がぁ……っ!! げほっ!!」


 トバリの口から血の混じった咳が漏れた。

 巨大な手による押さえつけが強すぎて、潰れてはいけない器官が潰れてしまったような錯覚を覚える。


 いや、それは錯覚ではなかったかもしれない。

 しかし、今のトバリにできるのは、それがどうか錯覚であるように祈ることだけだった。


 三田は、そんなトバリたちの様子を静観している。

 何を喋るでもなく、ただじっと、トバリのことを見ている。


「……どういう……つもり、ですか」


 やっとのことで絞り出したのは、それだけの言葉だった。


 意味がわからない。

 なぜ、どうして。

 そんな疑問の言葉が脳内を駆け回り、まともな思考がまとまらない。


 三田は苦しげなトバリへと、無感動な視線を向ける。

 そしてようやく、その口を開いた。




「――夜月。城谷。辻。お前たちを、『セフィロトの樹』、知恵の『知恵(コクマー)』の名において捕縛する」




 三田は、一切の感情が見えない目をトバリたちに向けながら、たしかにそう言った。

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終わった世界の復讐者 ー僕はゾンビを操ってクラスメイト達に復讐するー 触手マスター佐堂 @sato3777

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