第13話 同類


「ユリは、あいつらがどこにいるのか知っているのか?」


 トバリがそう尋ねると、ユリは困ったような表情を浮かべた。

 どう説明したらいいのかわからない、といった顔だ。

 そんな顔をしたまま、ユリは思いっきり息を吸い込むと、


「あいつら、移動した……」

「……お前、喋れたのか」


 小さな口から漏れた思いのほか可愛らしい声に、トバリは困惑する。

 トバリの知る限り、ゾンビは喋ることができないはずだ。

 そこで、トバリの頭の中に疑問が湧いてきた。


「もしかして、ユリはゾンビじゃないのか?」

「ユリは、ゾンビじゃない。でも、人間、でもない」


 ユリの言葉を耳にしたトバリは、わずかに目を細めた。


 ――それは、今のトバリの状態にとてもよく似ている。


「ユリ、もしかして君は、ゾンビに噛まれたけどゾンビウィルスに発症しなかったのか?」


 もしかしたら、目の前にいる少女は、トバリと同じイレギュラーなのではないか。

 そして、


「そう。ユリは、噛まれたけど、ゾンビにはならなかった」


 その返答を聞いたトバリの中で、予想は確信に変わった。

 やはり、ユリはトバリと同じ、ゾンビに噛まれても感染しなかった人間なのだ。


「……ん?」


 いや、そう考えると不可解な点がある。

 ユリはさっき、少年の肉を食べていた。

 人間の肉を、平然と咀嚼(そしゃく)していたのだ。


「でも、ユリは、人間じゃない」

「人間じゃ、ない?」


 ユリが何を言っているのか、トバリにはいまいちよくわからなかった。

 そんな様子のトバリを見て、ユリは不思議そうに首を傾げる。


「あなたも、気付いてるんじゃ、ないの?」

「……何にだ」


 トバリは、震えていた。

 少女の口から、決定的な言葉が漏らされるような、そんな気がしてならなかった。

 そして、その予感は現実のものとなる。


「あなたも、もう、人間じゃない」

「――――」


 トバリには、目の前にいる少女が何を言っているのかわからなかった。

 いや、本当はわかっているのだ。

 わかっていて、しかしその事実を受け入れたくないから、理解しようとしていないに過ぎない。


「あなたからは、ユリと、同じ臭い、する」

「同じ、臭い……か」


 トバリにも、薄々はわかっていたことだった。

 しかし自分が、今までの自分とは変わってしまっているのだということを、どうしても認めたくなかったのだ。




 たとえ自分が、今目の前に転がっている女の死肉を見て、とても美味しそうだという感想を抱いているのだとしても。

 自分は正常な人間のままだと、そう信じていたかっただけなのだ。




「ユリは、とくべつ。あなたも、そう」

「僕も?」


 ユリはこくりと頷く。


 なるほど。そうなのかもしれない。

 おそらくトバリとユリは、半分はゾンビ、というような状態になっているのだろう。

 それならば、ユリが中途半端にトバリの命令を聞いていたのにも、トバリが人肉に異様な感想を抱いていることにも説明がつく。


「だから、いっしょに行こう」

「……ああ。そうだな」


 どの道、ユリを手放す選択肢など存在しない。

 ユリはトバリのことを敵視していない。


 それどころか、なつかれてすらいるようだ。

 ならば、この少女のことを利用しない手はなかった。


「あなたの、名前は?」

「僕の名前は、トバリっていうんだ。よろしくな」

「トバリ……。うん。よろしく」


 ユリは微笑を浮かべる。

 それがとても綺麗な笑顔だと、トバリは思った。






 トバリは、ユリの案内で、男たちが立てこもっていたという教室へと足を運んでいた。


「こりゃひどいな……」


 ボロ布と化した女性用の服や下着が、あちこちに散乱している。

 彼女たちがどのような扱いを受けていたのかは、想像に難くない。

 いや、トバリは彼女たちが実際にどのような扱いを受けていたのか、追想して見ているのだが。


「それに、ひどい臭いだ」

「そう、だね」


 生々しい性臭が、いまだに強く漂っている。

 その臭いに顔をしかめながら、ここにはもう何もないことを確認したトバリは、教室を後にした。


「ユリは、あいつらがどこに移動したのか知ってるんだよな?」

「うん。三階の、すみっこにいる。でも、物がいっぱい、置いてあって、手が出せない」

「なるほど。バリケードか」


 いくらこの少女がゾンビを超越した存在であったとしても、重くて大きいものをどかせるほどの力はないようだ。


「もうちょっと、食べたら、どかせそうな、気がするけど」

「ん? どういう意味だそれ?」


 ユリの発言の意味がよくわからず、トバリはそう尋ねた。

 トバリの声を聞いたユリは、不思議そうな表情で、


「お肉、食べたら、強く、なれるよ?」

「強く……?」

「ケガも、なおるし」


 言われてから、トバリは気付いた。

 先ほどの追想の中でユリの身体にあったはずの傷が、今はひとつもないことに。


「お肉ってのは……もしかして人間の肉か?」


 ユリはこくりと頷く。


「そうか……なるほどな」


 どうやらユリは、人間の肉を食べると肉体が強化されるようだ。

 そして、それはトバリにも当てはまるのだろう。


「人間の肉、か」


 忌避感はもちろんある。

 それを食べることで、人間として本当に終わってしまうような気がするのだ。


 だが、そんなものがこの世界で何の役に立つのだろうかという疑問も、トバリの中にはあった。

 人肉を食べようが、トバリを咎める人間などいない。

 何をしようが、この世界では自由なのだ。


 とりあえず、自分を強化するために人肉を食べるか否かは後後考えるとして。


「じゃあユリ。篭城してる奴らのところに案内してくれ」

「わかった」


 トバリとユリは、ゴミたちが篭城している教室へと向かった。

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