神様の花嫁
明日私はお嫁に行く。
これだけ聞くといかに幸せの絶頂にいるのかと思う人もいるだろう。
しかし私は村人たちに神様と呼ばれている存在すらも怪しいモノのところへに嫁ぎに行くのだ。
嫁ぐなんてただの名目で有り体に言えば生贄に過ぎない。
村では日照りが続いていて、農作物が育たず、よく分からない病まで流行り始めた。
村に災難が見舞われると村人から一人花嫁を選出し、神様の元へと送り出す。
それがしきたりのようだった。
両親が私の幼い頃に他界したため私は村長の家に引き取られた。
この村長が絵に書いたような嫌なおじさんで、事ある毎に私の身体をまさぐっては拒絶すると暴力を振ってきた。
機嫌が良い時には食事を与えられたが、基本的には食べ物なんてものは与えられず外で誰かの捨てたであろうものを口にする他なかった。
他の村人に助けを求めても
「村長さんはあんなにいい人なのにそんなことするはずがない、あんたは恩知らずだね」と一蹴されるだけで、誰1人として手を差し伸べてくれる人はいなかった。
そんな生活も今日で終わりだ。
これまでの生活だってお世辞でも幸せだなんて言えないほど悲惨なものだったのだ、神様だろうがなんだろうがここから抜け出せるのであればそれこそ幸せと形容しても良いのかもしれない。
そう自分に言い聞かせるように眠りについた。
遂に神様へと嫁ぐ日が来た。
朝早くから起こされ準備されていた真っ白な衣装を身にまとい村の隣にある山の中へと案内される。
「ここから先へはお前一人で行け」
赤い鳥居の前でそう言われた。
しきたりにより村人達は鳥居を跨ぐことが出来ないようだ。
鳥居の向こうへ足を踏み入れても村人たちは鳥居の前で私が逃げ出さないようにか、監視していた。
どんどん山道、と言うよりもけもの道を進んでいく。
中へ進めば進むほど山の中は暗く鬱蒼としていった。
「ごめんください」
しんっ...と静まり返っている暗い山の中で私の声だけが響く。
「神様、どこにいらっしゃられますか。私はあなたの元へ嫁ぎにまいりました。」
何度か沈黙に語りかけると草木からガサッガサガサッと音を立てて何かが姿を現した。
それは長い腕を4本も生やし、かと思えば足は無く這うように動き、黒く淀んだ空気を纏っていた。
「あなたが私の旦那様でしょうか?」
恐怖や動揺を隠すように異形へと問いかけた。
ぬ...と長い長い腕を私の方へ伸ばしその大きな掌で私の身体を握った。
「そなたはあの村の女だな、そなたの惨憺たる生活を見守っていたぞ。可哀想な無垢な女よ、汝の願いはなんだ。」
どこか懐かしいような声が脳内へ直接語りかけてくる。
「私の願いを叶えてくださるの?」
握られた身体を少し捩りながら異形へ問うた。
「あぁ、汝の願いを3つだけ叶えてあげよう。」
「...それならばあの村の人々をこれまで私が受けていた理不尽とと同じくらいの不幸をお送りすることも可能なのでしょうか。」
私がそういうと異形はドロドロと身体を溶かし山の麓にある村へ行き村をひとつ泥の泉で飲み込んでしまった。
「村全体を底なし沼にしてきた。奴らは苦しみながら死んでいくだろう。さぁ、2つ目の願いを言ってみろ。」
私の一言で村が消えた。
迂闊なことは口にしてはならないようだ。
また、どうやら3つ願いを叶えるというのは全て今考えないといけないみたいだ。
「美味しいものを食べたいです。」
そういうとほんの瞬きで目の前に沢山のご馳走が並んだ。
温かい汁物に赤身のお肉。野菜に魚。
そして真っ白なご飯。
初めて食べるものばかりだ。
なんて美味しいんだろう。
今私は人生で初めて幸せというものに触れた気がする。
「さて、そなたの最後の願いはなんだ。」
最後、最後に望むものはもう既に決めていた。
「あなたの死を。」
「...そなたがそう望むのなら。」
そう言いながら異形は溶けるようにその存在ごと消えていった。
あぁ、神様だったモノよ。
あなたはあんな生活を見ていたというのに何も助けを出してくれなかった。
毎日毎日、苦しくて辛かったあの日々を見守るなんて言い訳して私を見捨てたくせに、今更あの時欲しかった幸せを見たところで憎しみしか湧いてこなかった。
それに簡単に村を1つ消せるような化け物だ。
この世の中に残しては置けない。
「さよなら私の夫だった人、私はこれから誰に頼ることもない本当の幸せを探しましょう。」
短編集 冬堂 @Cherry-15
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