第12話 少年は再び、女性に出会う

 少年は都へと向かう馬車の中にいた。ファブロに指輪を作ってもらったのち、自宅で薬をさらに作った。

 僕は持てるだけ持って馬車にのりこんだ。道中の街で荷物を運ぶための馬車がもう一つ増えて僕が乗っていた馬車には人が増えた。狭い車内の中、馬の蹄の音だけが響いている。僕は鞄をローブの中に隠して、ぎゅうと抱きしめて眠った。


 目を覚ますともうすぐ都というとこまで来ているのが景色から分かった。前を見ると高い壁が見える。門を通る前に検問があるが、御者が通行許可証を見せるとすんなりと都の中に入ることができた。


 馬車から降りると鞄の中身を改める。薬瓶が割れていないことを確認すると一段落する。馬車に乗り合っていた人は散り散りにどこかへと行ってしまった。手持ちのお金が少ないことを考えると早く薬を売らなければいけない。早速市場へと向かう。


 市場に着くと休日ほどではないがそれなりの人で賑わっていた。適当な場所を見つけると荷物から大きな布を取り出して地面に敷く。これならば多少は見た目も許せるだろう。

 その上に薬瓶と指輪を並べる。ただ最初に磨いた宝石で出来た指輪は僕の指にはめた。愛着がわいて売る気にはなれなかった。

 移動の疲れからか、うつらうつらとしてしまうがその度に顔を叩いたりして眠気と戦った。

 足を止めるお客のほとんどは指輪のほうばかりを見ている。しかし、買う人は現れない。


「おかしいなぁ」


 ため息をつく。寒さで吐息は白い。ローブをすっぽりと頭まで被って、買ってくれと念じながら行き交う人たちを眺める。

 するとその中の一人と目が合った。初老の男性で身なりは僕からするとかなりのお金持ちに見える。男性は立ち止まると足元に置かれている商品を見つめる。彼はしゃがみこむと指輪を1つ手に取った。


「いくらかね?」


 男性の言葉に僕はどきっとする。値段設定はもちろんしているが、ファブロにただでもらったものであるため原価はかかっていない。相場が分からないので僕が設定した金額が高いか低いかは分からなかった。とりあえず設定した金額を男性に伝える。


「小銀貨五枚です」


 宿に泊まってお釣りが出る程度であり、薬よりは高額に設定していた。男性は僕の言葉を聞くと他の指輪もじろじろと見始めた。僕は初めてちゃんと売れるかもしれないと緊張する。


「指輪をすべて貰おう」


 男性はそう言うと鞄から銀貨を取り出す。僕はたまらなく嬉しくなる。銀貨を受け取る手が明らかに震えていた。


「ありがとうございます!」


 去っていく男性に何度も頭を下げた。手元のお金は小銀貨が三十枚もある。歓喜に打ち震えながら僕は大事に巾着へとしまった。まさか初日で指輪がすべて売れてしまうとは考えてもいなかった。今度はもっと作ってこようと決めた。

 しかし、男性が買った理由は分からなかった。一瞬だけ理由を考えようとするが商品が売れた喜びがすぐに押し流した。


 結局この後は薬が売れることは無かったが、僕は満足していた。宿に泊まるためのお金とさらに夕食も食べるには十分すぎるお金が巾着の中にあることが嬉しかった。僕は跳ねるような足取りで宿へと向かった。

 


____



宿の扉を開けると以前と同じ受付のお姉さんがいる。僕は手早く銀貨を取り出して渡す。


「三泊お願いします」


「あら。いつぞやの少年じゃない。また薬売りに来たの?」


 お姉さんはどうやら僕のことを覚えていたみたいで笑顔で対応してくれる。


「うん! それと今日は夕食もつけてください」


 小銀貨を合計十枚、カウンターに置く。


「まいどあり! 今日は気前がいいね」


 お姉さんの言葉に僕は少し照れる。むずがゆい気持ちになっていると銀貨の代わりに部屋の鍵と木札を渡される。僕はお礼を言って部屋へと向かった。


 古びた扉を開けると懐かしいような気持ちになった。

 いつも通り、薬の入った鞄を部屋の真ん中に、鍵と木札をテーブルの上に置く。


 僕は早速薬瓶の手入れにとりかかる。

 床に座って鞄から薬瓶を取り出して一本ずつ拭いていく。薬は売れなかったが前回よりもすでに売り上げたことが嬉しかった。


 すべての薬瓶を拭き終えるとグゥとお腹がなる。窓の外をすっかり暗くなっていた。僕は隣の酒場へと向かった。



 酒場はすでに賑わいを見せていた。屈強そうな男性に交じって女性もちらほらと見える。皆が皆、酒瓶を片手に騒いでいる。


 カウンターの背の高い椅子に座る。カウンターの向こうではマスターがグラスを拭いている。僕は木札を掲げながら声をかけた。


「すみません。これお願いします」


 マスターは気づいて木札を受け取ると代わりにコースターを僕の前に置いた。するとマスターと目が合った。


「以前にもここに来たことあるか?」


 頷くとマスターの顔色が変わる。


「やっぱりそうか。ここに子供が一人で来るのは珍しいからな。どうだ? あのあと薬は売れたか?」


 僕は首を横に振る。マスターは鋭い目つきの顔に似合わず、一喜一憂する表情の変化が激しい。


「そうか。少年が持ってきているのは魔力回復薬だったな……。よし。効果さえ保証できるならここで売ってもいいぞ。現物はあるのか?」


「隣の宿に置いてあるから取ってきてもいい?」


「おう。行ってこい」


 マスターの言葉に僕は椅子から飛び降りる。賑わう店内をすり抜けて自分の部屋から薬を持っていく。売れるかもしれないと僕は期待に胸を躍らせた。



 酒場に戻って背の高い椅子に座りなおす。カウンターに鞄を置いて3本の薬瓶を取り出して並べる。


「ええと、これが普通の回復薬で、これは回復薬の味を変えるもので、こっちが塗り薬の回復薬」


 僕の説明がマスターにはうまく伝わらなかったみたいで呆気にとられている。


「味を変えるもの? 塗り薬? 少年、もう少し詳しく説明してくれるか?」


「回復薬って不味いでしょ? これはそれを甘くしてくれるの。村の人はもっと違う使い道があるって言ってたけど」


 僕の言葉にマスターは頭を抱える。なにか問題があっただろうか。


「ちょっと待て少年。回復薬はもうとっくに味の改善はされている」


 マスターの返答に僕は唖然とする。やはりアルテの予想通りになってしまった。今更ながらに都の回復薬を調査していなかったことを後悔した。


「ええ! そうなの!?」


 僕が驚く様にマスターはまた頭を抱えた。


「ああ。そうなるとこれは売れそうにないな」


 マスターは飲む回復薬を隅に押しやる。薬瓶の底とカウンターが擦れて高い音が鳴った。


「こっちの塗り薬ってのは何だ?」


 僕は瓶のふたを開けてドロリとした中身を指先につけてマスターに見せる。


「こうやって体につけたら魔力が回復するっていう薬」


 どうせこれも都には存在するだろうと僕はがっかりしながら説明する。


「ほう。それは俺も知らんな」


 その言葉に元気を取り戻す。ポタリと指先から薬が垂れてカウンターに貼りつく。


「ただ本当に回復するのか分からんな。ちょっと待ってくれよ。おい! この中に魔力枯れている奴はいるか!?」


 マスターは大声で店内に向かって呼びかける。その声に一瞬ざわめきが消える。そして、一人の赤髪の女性が手を上げた。


「はいはーい! 私は今日も切れてまーす!」



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