第11話 少年は自分の薬の効能をまだ知らない

 少年はファブロに渡すための塗り薬を作っている。

 その最中に飲み薬の効果時間も確認しておく。

 朝に一本飲んだあとに間隔を空けて二本目を飲む。結果的に三十分程度の効果しか持たなかった。

 これでは荷物を減らすということはあまり期待できない。


 ただあんなに酸っぱかったりんごが甘く感じたのは新発見だった。


 僕は数日をかけて薬を量産した。棚にはところせましと薬瓶が置かれている。しかし、三分の一は効果のないものであるから実際はもっと少ない。


「よし! これで最後!」


 材料を使い切って最後の薬を瓶に詰める。ファブロに持っていくものと村の人に配るものを分けると都で売る分はかなり少なくなってしまった。

 しかし、収入が前回より見込めるため僕は満足だった。


 早速ファブロに渡す量をポーチに入れてローブを羽織る。そういえばと、指輪の輪の部分をまだ作ってもらってないことを思い出して、宝石をポケットにしまい込む。


 外に出ると木枯らしがとても冷たく、僕はぎゅっと体を丸めた。



 ファブロの小屋に行くまでの道のりは前回よりも長く感じた。遠くに見える山のてっぺんは雪が薄く積もっている。


「爺ちゃんいる~?」


 隙間風に晒されている部屋の中にはファブロはいなかった。返事を待たずに地下へと進む。

 気のせいか坑道が多くなっているような気がした。


 空洞につくとファブロは鉱石を研磨していた。集中しているのを邪魔するわけにもいかず、終わるのをじっと待つ。地下は地上よりも暖かく、僕はローブを脱いだ。


 僕はファブロが研磨台を移動していく様子を見つめる。手元は見えず何を削っているかは分からない。やがて最後の研磨が終わるとファブロはレンズを取り出して眺め始める。そしてもう一度最初の研磨台に戻ろうとする。


 いつまでも待つはめになるのを僕はすんでのところで防ぐ。


「爺ちゃん」


 声をかけるとファブロが振り向く。


「おお、ノイル。待っておったぞ」


「はい。これ」


 ファブロにポーチごと渡す。彼は中身を改めて、礼を言うとすぐさま鉱石の方に走って行ってしまった。

 僕も後ろをついていくと、なにやら不気味な笑い声と一緒に鉱石、いや魔石に薬をうすく塗りたくっている。


「なにしてるの?」


 恐る恐る尋ねる。


「魔石に魔力を馴染ませておるんじゃ」


 ファブロは背中越しに答える。僕は言葉の意味が分からず、またこの展開かとげんなりした。


「こんなもんじゃろ」


 ファブロはそう呟くと手持ちの布で薬を拭きとった。魔石は青く輝いている。僕は訳が分からず困惑する。ファブロはきらきらした目で魔石を見つめていた。


 彼はハンマーを取り出して魔石を真っ二つに割った。そして、すぐに研磨に取り掛かる。あっという間に魔石が小さくなっていく。僕はもうなにがなんだかさっぱりだった。


「出来たぞ。ほれ」


 ファブロは磨き終えた魔石を僕に向かって投げた。受け取った魔石は摩擦熱のせいかじんわりと熱かった。


「爺ちゃん、説明してよ」


 僕の疑問にファブロが答える。


「上にがらくたが大量にあったじゃろ?それはその完成品じゃ。人工魔石でも名付けようかの」


「人工魔石? どういうこと?」


「簡単に言うとじゃな。ノイルの薬は魔力を集めることができるというわけじゃ」


「?」


 僕の表情に察したファブロが少し詳しく説明する。


 曰く、魔石とは魔力が集まっている鉱石のこと。魔力は一か所に集まり固まる法則が見られること。僕の薬は魔力に流れを引き起こして鉱石全体に魔力を生き渡らせることが出来ること。


 僕はファブロの話を頭に疑問符をいくつも浮かべながら聞いていた。

 彼の言っていることが理解できなかった。


 つまり自分の作った薬は売れるものなのか。彼が知りたいのはその1点だった。


 ファブロは長々と語っているがその半分も聞いていなかった。


「爺ちゃん。全然分からないよ」


 手の中の輝いている魔石をファブロに返す。


「そうか・・・すごいことなんじゃが・・・」


 ファブロは寂しそうな様子で魔石を受け取った。


「それで、僕の薬は都でも売れそう?」


 特に魔石については興味がない僕は個人的に気になることだけを尋ねた。ファブロは腕を組んで考え込む。


「うーむ、儂みたいなもんには間違いなく売れると思うが、なかなか見つからんじゃろうて。ノイルは誰に売りたいんじゃ?」


「冒険者」


「それならば、この薬はもう少し薄めた方がよいと思うぞ。儂でもなかなか堪えたからの」


「どうして?」


「塗った場所から流れ込む魔力の量が多すぎるんじゃ。そのままでは魔力酔いを起こしてしまう」


「なるほど」


 ファブロの言葉を脳内に刻み込む。


 しかし、一つの疑問が生まれていた。僕自身は実験で自分に塗りたくっていたが魔力酔いを起こした覚えがなかった。


 ただファブロがそう言うならと素直に受け止めた。


「それともう一つの方は今日は持ってきておらんのか?」


 ふむふむと頷いているとファブロがごそごそとポーチの中を漁っている。


「あるよ!」


 僕はファブロからポーチを一度受け取ると薬瓶をいくつか取り出す。ラベルを見て確認したあと二本を残してポーチにしまった。


「はい。こっちが先ね」


 ファブロに渡すとすぐに一本目を飲み干す。すぐさま二本目を飲むと苦さに顔をしかめる。


「全然甘くないぞ」


「駄目だよ。ちゃんと口の中に行き渡らせないと」


 僕はファブロを注意してポーチからまた二本を取り出して渡す。

 ファブロは面倒だなと思いながら再び一本目を口にする。もごもごと全体に行き渡らせてから二本目を飲む。

 あまりの甘さにファブロは思わず吐き出した。


「これは売れんの」


 ファブロはぺっぺっと薬を吐き出すついでに辛辣に言葉を吐き出した。


「ええー。甘くて美味しいのに」


 僕は落胆した。アルテとファブロの味覚のほうをむしろ疑った。


「期待したんじゃがなぁ。ちなみに効果時間はどのくらいじゃったんじゃ?」


「んー-、だいたい三十分くらいかなぁ」


 思い出すように僕は答えた。


「そうか。やはり売れそうにないのう」


 僕はファブロのダメ押しにまたしても落胆した。自信があっさりと砕かれてしまった。


「口の中がまだ甘いわい」


 ファブロは腰につけていた水筒を外して水を飲んだ。すると彼は味の変化に驚く。


「おお!そうか!」


「どうしたの?」


 突然声を上げたファブロに当然の疑問を抱く。


「ノイルはこれを飲んだ後に薬以外を口に入れたことはあるか?」


「うん。りんごが甘くなったよ」


「そっちを売りにしたほうがこれは売れるかもしれん」


 ファブロが言ったことを今度こそ理解できた。僕は別にそのままでも売れるとは思っているが選択肢は多い方がよい。


「たしかに。それもいいね。ありがとう爺ちゃん」


「これなら冒険者じゃなくとも売れるかもしれんぞ」


 冒険者以外にも売れるのならばそれは万々歳だ。都に行くときは薬よりも多く作っていこうと心に決める。


「そういえば爺ちゃん。これの留め具の作り方も教えてよ」


 ポケットから宝石を取り出してファブロに見せる。たった数個の宝石だがその輝きは魔石にも負けていない。


「忘れておった」


 ファブロは宝石を受け取ると地上へと向かってしまう。僕も彼についていく。


 小屋の中に戻るとファブロが部屋の隅で何かを探し始めた。

 後ろから覗いてみると指輪や腕輪の輪っかの部分だけが大量に置いてある。

 彼はその中からいくつかを取り出して宝石を当てはめている。当然ぴったりとはまるものは無い。

 しかし、ファブロが手の中に輪っかを握りこんで集中すると宝石が今度はピタリと留められている。それを繰り返し、あっという間にすべての宝石は指輪に変わった。


「ほれ」


 ファブロにとっては簡単なことのようで事も無げにノイルに指輪を渡す。僕は不思議に思って指輪を四方八方から眺めた。おかしいところはないし、宝石を外そうとしてもびくともしなかった。


「どうやったの?」


「内緒じゃ」


 ファブロが意地悪な笑顔を見せた。僕の頭には疑問符がいくつも浮かんでいる。



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