閑話 少年は知らずうちに恨みを買った
ハーロットは一人、短剣を振っている。
店主に武器を預けたあと三日後に武器を受け取った。その間クエストに出かけることもなく、待ちわびた彼女は短剣を受け取ったその足で修練場と呼ばれる冒険者御用達の広場へと訪れた。
老若男女問わず、さまざまな人たちが動き回っている。
彼女は身体強化を発動させながら、走って、跳んで、振るった。大剣を使っていた時には感じなかった体の軽さに彼女は今までにない高揚感を覚えた。
そして、大剣を振るうたびによろけていた自分を初めて客観的に見ることができた気がした。
彼女は夢中で短剣を振るった。傍から見れば笑いながら短剣を振るっている変人としか思われなかっただろう。
やがて肩で息をし始めてその場に座り込んだ。彼女は武器を変えるきっかけになった薬師から買った魔力回復薬をポーチから取り出して飲み干そうと瓶を傾けた。
「ぶはぁ!!」
あまりの不味さにハーロットの口から緑色の液体が飛び散った。
まわりの目線が一斉にハーロットに向いたが彼女は気にせずに唾と一緒に残った液体をペッと吐き出す。しかし、いくらか飲み込んでしまった。口の中をすすごうとポーチの中に手を伸ばすがあの子供から買った薬瓶しか入っていなかった。
きっかけをくれた感謝が粗悪品を掴まされた怒りへと変わった。彼女は舌打ちとともに立ち上がり、残った2本の薬瓶の中身を地面へとぶちまけて足で土をかける。
さきほどまでの高揚感とは打って変わって最悪な気分になった。手の甲で口の端を拭って歩き出す。なぜかその足の運びは軽やかだった。
近くの露店で水を買ってまだ苦みの残る口内をすすぐ。まだまだ身体強化の練習をしたかったが興が削がれてしまった。ハーロットは魔力回復薬を購入するためにギルドへと向かった。
両手で扉を開くとざわざわと騒がしい。受付に怒鳴るバカもいれば、掲示板の前で言い合っているバカたちもいる。そんなバカどもを横目に売店へと向かおうとすると奥の階段からバルトが降りてくるのが見えた。バルトも彼女に気づいたようで手を上げた。
「よう、ハーロット。一人でどうしたんだ?」
「魔力回復薬を買いに来たの」
彼女の答えにバルトは目線をハーロットの腰元に落とす。
「ああ、早速それを使ってきたってわけか」
「うん。でも手持ちの回復薬が粗悪品でさ。もう最悪」
大げさにがっくりと肩を落とすハーロット。
「粗悪品? どこで買ったんだ?」
「道端で子供が売ってたから、なんか可哀そうになっちゃって」
「そうか。一応気を付けるように皆に言っておくか。それの実物はあるのか?」
「もう捨てちゃった」
「特徴は?」
「見た目は普通なんだけど……、とにかく! 不味い! そして、苦い!! ああ、思い出すだけで気持ち悪い」
ハーロットはぶるぶると身震いする。しかし、バルトはあっけらかんと答える。
「魔力回復薬が苦くて不味いなんて懐かしいな」
ふふっと笑うバルトに不思議そうに彼女は尋ねる。
「どうして?」
「ほんの十年ほど前まで回復薬は本当に不味かったんだ。俺からしたらお前があの味知らないなんて羨ましいくらいだ」
「ええ……そんなの知らなくて良いよ」
「もしかしたらお前が飲んだのはそれだったかもな」
「じゃあやっぱり粗悪品じゃん。あんなの不味すぎるもん」
ハーロットは舌を出しておどける。
「次からは正規の店で買うようにな」
バルトはハーロットの肩をポンと叩いてギルドを出ていく。はいはいと軽く返事をして彼女は売店へと向かう。彼女の足取りはやはり軽い。
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