第6話 少年は薬の改良に悩んだ

 僕は二日をかけて自分の生まれ故郷へと帰ってきた。馬車に長い時間揺られてお尻が痛い。途中立ち寄った町で乗りあった人は僕以外全員降りてしまい、村へと続く道のりは御者との会話もなく蹄が弾む音と薬瓶がぶつかる音だけで過ごした。


 馬車から降りると草原の香りが通り抜ける。たった数日、都で過ごしただけなのに懐かしい気持ちになった。


 どこまでも見通せるような砂利混じりの道を歩く。小さな民家と小さなお店。数えられる程度の建物を通りすぎる。やがてさらに小さな自宅に着く。


 鍵もかけていない扉を開けると埃と薬草の混ざった臭いに顔をしかめた。閉め切っていた窓を開け放って陽の光を取り込むと舞いあがった埃が透けて見えた。


「ただいまっと」


 独り言をつぶやきながら鞄を作業台の上に置く。売れ残った薬瓶を取り出して棚に並べるともうちょっとどうにか出来たかもと後悔もふつふつと起こる。

 しかし、金庫にいれるために巾着から銀貨を取り出すといくらか誇らしい気持ちも湧いた。


 ローブを壁にかけると緊張感が切れたのか、どっと疲労の波が押し寄せた。ベッドに飛び込みたい欲求を抑えて作業台へと向かう。


 酒場で聞いた話を反芻しながら何を作るべきかと考える。

 村には老人が多かったので気力増強として魔力回復薬がそれなりに必要だったが、都ではそうもいかない。


 欲しい人はいるけれど、売る人が少ない物を考えなければならない。その難しさに気づいて頭が沸騰しそうだ。

 眠ってしまいそうになりながらもうんうんと考えていると扉が開く。


「窓が開いていたから、もしやと思って来てみたら随分と早い帰宅じゃないか」


 顔馴染みのアルテ婆ちゃんが入ってきた。


「うん。全然売れなかったよ」


 棚の薬瓶を指さして答えるとアルテは笑う。


「じじばばに評判が良くてもなかなか難しいもんだ。わたしらがあんたの薬の良さを伝えられたらいいんだけどね。さすがにこの年で馬車はしんどいからね」


 そう言うアルテは顔にしわこそあれど腰も曲がらず真っすぐと立っているし、農作業で早朝からとても忙しくしている。年齢は知らないが、都に行くだけなら十分すぎる体力を持っている気がした。


「だからね、あの薬だけじゃなくて他にもっと売れそうなものが作れるんじゃないかって思って。何かいい案とかないかな?」


 僕はダメもとで問いかける。


「そうさな、私はあの薬の味さえよければ簡単に売れるとは思うがね。今や慣れたけども、あんなの人の口に入れていいもんじゃないよ」


 良薬は口に苦しとはまさにそのことで少年が作った薬はとても苦く青臭かった。というのも基本的に魔力回復薬とは薬草を煎じた汁が素になっているため味が悪いのは当たり前だった。


「味かぁ。確かにそこは改良できるかもしれない」


「まぁ、頑張りなよ」


 おばあさんはそう言い残して出て行った。


 僕は再び考えに集中する。少しして眠気覚ましにと棚から薬を取って一息に飲み干す。良い案が出ないことと、あまりの薬の不味さにより一層眉間にしわを寄せて耽った。




 少年が薬の味を改良に取り組んではやくも数日が過ぎた。この村では自給自足と物々交換がほとんどであったために都で得た数枚の銀貨は幸い減ってはいなかった。


 今日も朝早くから集めた薬草をああでもないこうでもないと試行錯誤を重ねている。味は多少なりとも改善が見られたが効力が下がっていた。


「難しいなぁ」


 ゴリゴリと薬研で薬草をすりつぶしながらため息を吐く。


「ノイル! 入るよ」


 聞きなれた声がするや否や、返事をする前に扉が勢いよく開かれる。誰かと思えばアルテ婆ちゃんだ。

 彼女は散らかっているテーブルの上を雑に片付けるとドンと袋を置く。中身は野菜や果物だ。


「少しはまともなものが出来たかい?」


 椅子に座って一息つくとアルテは問う。僕は無言で首を横に振った。


「そうか。簡単にはうまくいかないもんだ?ちなみに試作はあるのかい?」


 彼女はそう言うと薬瓶の並べられている棚に向かって立ち上がる。


「上から三番目の段が昨日作った失敗作。ちょっと甘い」


 片手だけ薬研から離して棚を指差す。アルテは昨日の日付が書かれたラベルをぺりっと剥がして薬を飲み干す。


「ふぅん、これじゃダメなのかい?」


「効果が落ちてるから。それなら我慢して飲んだ方がいいと思う」


 薬研に目線を落としたまま僕は答える。


「そもそも都の回復薬もお前さんが作ったものくらい苦いのかい?」


 アルテに言われてピタッと作業している手が止まる。そういえば僕は都で売られている魔力回復薬がどんなものか一切知らなかった。

 同じものを売るならば、もっと調べておくべきだったと目算が甘すぎたことに後悔が押し寄せる。


「その顔は知らないって顔だね」


 アルテは呆れるように笑っている。


「お前さんは考えるより先に動いちまうからねぇ」


 たしなめる彼女の言葉に僕は顔が熱くなった。都に行くことを決めたことも突然だったし、村へ帰るのもその日のうちに決めてしまっていたと図星がずぎた。


「まぁ、都の薬が美味いか決まったわけでもあるまい。お前さんの薬の味がまともになれば、わたしらが助かるから改良して欲しいがね」


 彼女はそう言って僕を励ますと棚の一番上からいつものように薬瓶を数本取ったあと、「また来るよ」と挨拶を残して出ていった。


 僕は彼女の言った通りの自分の特性を恥じた。しかし、可能性がある限り味の改良をやめるわけにはいかなかった。


 僕は薬研を転がす手を再び動かし始めた。

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