第5話 女性は少年に感謝した

 薬師の少年が隣の露店を眺めて退屈な時間を過ごしていたとき、ハーロットはバルトと一緒に武器屋を訪れていた。


 店内には他に数人の客がいて、あれやこれやと吟味している。整然と置かれている透明なケースの向こうに刀身を潰した大小さまざまな武器が並んでいる。店の裏には工房があり、鋼を打ち付ける音が店内にもわずかに響いていた。


「目星はついているのか?」


 腕を組んだバルトがハーロットに問いかける。


「う~ん、やっぱりバルトの言う通り短剣がいいのかな」


 ハーロットはそう答えて視線をあちらこちらへと移動させている。やがて彼女の視線は少し弧を描いた短剣で留まった。刀身は銀色に輝き、隣に並べられている鞘は彼女の髪と同じ赤色を基調としてまとめられている。

 くどい装飾品もついておらず、シンプルさが彼女の気持ちと合致した。


「よし! これにしようかな!」


「どれどれ」


 バルトがのそりとハーロットの後ろからのぞき込む。見た目で決めたことに何か言われるかもと身構える。


「おう! いいんじゃねぇか?」


 あっさりと答えるバルトに一抹の不安を覚えながらも店主を呼んで短剣を取り出してもらう。彼女が右手にそれを受け取ると驚くほどに手に馴染んだ。順手逆手と交互に握って確かめる。


「うん! すごくいい!」


「じゃあこれで」


 ハーロットが決めるよりも早くバルトが店主に告げる。店主は威勢よく返事をするとカウンターの奥に引っ込んだ。バルトもそれに付いていってしまいハーロットは一人になった。

 彼女は周りに人がいないことを確認してから軽く短剣を振った。違和感も無く、まるで腕が伸びたような感覚に彼女は嬉しくなった。

 彼女が夢中で何度も振っているとバルトが戻ってきた。


「なにをそんなにはしゃいでるんだ。さっさとそれ預けて帰るぞ」


「えっ?」


 ハーロットは思わずバルトの顔を見る。


「でも、まだお金払ってないですよ?」


 そう答えて彼女は短剣が置いてあった場所に目を落とす。そこには今の彼女にはとても払いきれない数字が小さく書いてあった。


「えええ!! 高いっ!」


 あまりの金額に驚く。そんな彼女にバルトは呆れた様子で答える。


「当たり前だろ。銘見てみろよ」


 ハーロットは恐る恐る手の中の短剣に視線を向ける。そこには「エルフェン」と彫ってある。冒険者ならだれもが知る名だ。彼女はさらに驚く。


「えええええ! こんなの買えないですよ!」


「もう俺が払ったからいいんだよ」


 バルトの返答にハーロットは三度驚く。


「えええええ!バルトが!?どうして!?ありがとうございます!?」


 彼女はバルトが既に支払ったということと既にこの短剣が自分の物になっているということに混乱して言葉がぐちゃぐちゃになる。


「分かったなら、さっさと武器預けて帰るぞ。刃が潰れた短剣持っててもしょうがねぇ」


 バルトは冷静にそう言うと呆けているハーロットの手から短剣を取ると鞘にしまって店主に渡す。店主といくつかの確認をして未だに困惑している彼女を店外へと押し出した。

 ハーロットは高く昇った日差しに当てられてようやく正気に戻ったようだ。


「バルトさん!ありがとうございます!私頑張ります!」


 彼女は言葉遣いを丁寧に直し、バルトに頭を下げる。


「お前がそんな素直だと気持ち悪いな。あいつらにも見せてやりたいよ」


 バルトはそんな彼女を茶化すように笑う。きっと同じパーティのもう二人もハーロットの今の様子を見たら、驚いて笑うだろう。


「でも、どうしてあんなに高いのに買ってくれたんですか?」


 並んで歩きながらハーロットはバルトに問いかける。


「そりゃ、お前が最初に選んだやつだからな。勝手な持論だが、あれこれ考えるよりも結局直観が大事だと俺は思ってる。その証拠に楽しそうに素振りしてたじゃないか」


 言われてみればとハーロットは思い返す。気になるような品はあっても視線を止めたのはあの短剣だけだった。


「武器を変えるって決めた理由を俺は知らんが、何かしらのきっかけがあってそう思ったんだろ?それもまた一つの直観だ」


「じゃあ、私が大剣を使っていたのはやっぱり間違いだったんですか?」


 ハーロットは少し悲しそうにバルトに尋ねた。


「そうとも限らんさ。俺はお前が大剣に向いていないとは別に思ってない。ただ今じゃないってだけだ。実戦で身体強化を学ぶにはやはり重い武器よりも軽い武器の方がいい。重心がずれにくいからな」


「なるほど。ありがとうございます」


 過去を否定しないバルトの言い分にハーロットは少し胸が熱くなる。


「何度も言ったつもりだがな・・・」


 バルトはハーロットをからかうように呟く。それを聞いて胸の熱さはあっという間に消え去ってしまった。


「実は前から直観で思ってたんですよ。今日武器を変えるって」


 意地悪なバルトに彼女なりの嫌味を放つ。しかし、バルトは意に介さずに答えた。


「奇遇だな。俺も思ってたよ」

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