第4話 少年の薬は売れなかった

 窓から差し込む太陽の光に顔を熱されて僕は目覚めた。握りしめていた巾着からは数枚の銀貨がこぼれて下敷きになっていた。

 僕は慌ててこぼれていた銀貨を拾って巾着の中身をベッドの上に広げると指を差して確認する。枚数が揃っていることに安堵してベッドから立ち上がる。


 僕はすこし誇らしげな気持ちだった。背筋を伸ばして部屋をあとにする。階段を下りて受付に向かうといつもの女性が気づいて声をかける。


「おはよう少年、よく眠れたみたいね」


「おはようございます」


 二言三言の会話をしてから宿を出る。残りわずかな干し肉をかじりながらいつもの場所に向かう。今日はなんだか売れそうだと漠然とした期待を抱いていた。


 途中、人の行き来がいつもより多いことに気づく。今日は都へ来て初めての休日だった。すれちがう仲睦まじそうな家族に少しの寂しさを覚えながら歩いた。


 市場に着くとあまりの人の多さに驚いた。生まれ育った村のすべての人間を一か所に集めても到底及ばないほどの人混みに圧倒される。


 薬瓶の入った鞄を両手で抱えながら人の間を縫って歩く。あちらこちらから活気ある声が聞こえる。まるでお祭りだ。漠然とした期待はさらに大きくなった。


 人に埋め尽くされた道をなんとか進んで適当な場所を見つける。テーブルを借りるのを忘れていたことに気づいたがこの人混みできっと邪魔だっただろうと思いなおす。


 行き交う人たちに踏まれないようにローブを地面に敷いてその上に薬瓶を並べる。昨日より少なくなった薬瓶を並べ終えると僕はその隣に腰を下ろした。




 時間が経ち、太陽は天高く昇っている。人の熱気と太陽からの熱で冬間近だというのに、頬には汗が滴る。薬瓶の数は朝と一つも変わりはしていなかった。

 立ち止まる人は昨日よりも多かったが、魔力回復薬だと告げるとすぐに立ち去ってしまう。


 隣で怠そうに店番をしている男性の売り物は飛ぶように売れていた。その商品とは指輪や腕輪などの体に身に着ける類の装飾品だった。太陽の光をきらきらと反射させて通行人の目を引いている。


 反対に僕の手元には太陽の光を吸い込む薬瓶がちんまりと置かれている。雑踏に舞い上がった埃はローブを覆ってしまい、貧相な様にさらに拍車をかけていた。



 太陽が西に傾きだして隣の露店が空っぽになったころ、僕は酒場のマスターと思わしき人から聞いた話を思い出していた。


「需要と供給」

 

 今日は休日であり、ここを歩いているほとんどの人は魔力回復薬など必要としない人たちであろう。つまり、欲しい人がいない状態なのだと。僕は次は違った種類の薬も作って持ってこようと決めた。さらに隣の露店の売れ行きを見て、装飾品も作ってみようと思い立った。


「そうと決まれば」


 漠然とした期待は見事に打ち砕かれたが、それよりも次に都へ訪れることが楽しみになっていた。薬瓶を手際よく鞄にしまってローブについた埃を払って立ち上がる。


 今なら村へと帰る馬車も間に合うかもしれないと人の流れに逆らうように僕は走り出した。

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