第3話 少年はきっかけを与えた
駆け出しの冒険者であるハーロット・キルケーは悩んでいた。
念願が叶って冒険者になることが出来たのは良いが成果を上げられていない。身の丈に合わない大剣を担いで意気揚々とクエストに向かっても身体強化の魔法をうまく扱うことが出来ずに失敗を繰り返していた。
パーティを組んでいる三人から大剣を一度諦めるべきと口酸っぱく言われているがハーロットも意地になって諦めることが出来なかった。今日もまた酒場で堂々巡りの言い合いをしている。
「ハーロット、一度武器を変えてみたらどうだ?」
同卓している大柄な男が彼女に問いかける。男の名前はバルト・スターク。ハーロットと組んでいるパーティのリーダーでもあった。
このバルトという男はハーロットと同じ大剣使いであったが彼女とは違い熟練の冒険者だった。
「次はもっとうまくやれるわよ」
言いなれた言葉を返して目の前の酒を飲み干す。このやり取りも何度目だろうか。しかし、彼女自身も自分が行き詰っていることを感じていた。
バルトの熟達した動きを見ると自分との差がまざまざと現れていて憧れと同時に悔しさも大きくなっていく。
やけ酒とでも言わんばかりに彼女の前には空のグラスが増えていく。バルトはそんな彼女を穏やかな眼差しで眺めていた。彼も同じ大剣使いとして彼女の成長を願っていた。
身体強化の魔法は集中する時間があれば難しい魔法ではない。ハーロットが不得手としている理由は彼女が大剣を使って前衛を張ることが多く接敵する時間が長いため魔法を発動するための集中がかけやすいことが理由だった。
やがて時が経ち問答がほとんど無くなったころ、ハーロットは席を立った。扉へと向かう彼女に背後からバルトは声をかける。
「明日は休みだからな。武器の手入れしておけよ」
私は返答として右手を頭の横で二度ふって外へ出る。冷たい風が心地よく彼女の火照った体を冷やす。そして私はふらふらとした足取りで自室へと向かった。
すこし歩いたところでどこかから声がした。
「そこのお姉さん、良い薬がありますよ」
私は立ち止まってあたりを見回す。すると路地裏からローブで全身を包んだ小柄な影がこちらに体を向けている。フードを深く被っていて性別の判断はできない。
「誰だ? あんた」
「怪しいものではありません。ただの薬師ですよ」
「薬師? それにしては随分と怪しい風体じゃないか?」
ローブで包まれた影の声は掠れていて私にわずかばかりしか届かなかった。
「色々と事情がありまして」
「ふぅん、それで何を売ってくれるんだい?」
「ではこちらへどうぞ」
そう言うと影は路地裏へと歩を進めた。私は好奇心が勝ってふらついた足取りで後を追った。通りから差し込む光がだんだんと暗くなっていく。
すると影はより小さくなって足元をまさぐった。私は何が出てくるかと警戒心を高めた。
「手製の魔力回復薬になります」
出てきたのは三本の小さな瓶だった。ローブの袖からのぞく小さな両の掌にちんまりと乗っている。
「魔力回復薬ぅ?そんなのそこらで買えるじゃないか」
私は拍子抜けて至極当たり前の疑問を口にする。
「いえいえ、自信作なんですよ。村のみんなにも好評で」
小さな影は早口に答える。掠れた声はとても幼いように感じた。
違和感を覚えた私はこの影の正体が子供であると思い至った。なぜ顔を隠しているのかは分からないが、顔に傷でもあるのだろうか。
子供だと思うと同情する心がいくらか湧いてきた。
「いくら?」
私はそう尋ねていた。
「一本、小銀貨三枚です」
「こんなところで商売するわりに値段はまともなんだね。じゃあもらおうか」
「ありがとうございます」
私は差し出された瓶を受け取ると銀貨を取り出そうとポーチに手を突っ込む。思いのほか銀貨の数が多いことに気づいた。そういえば酒場で支払いをせずに出てきてしまった。私はすこしばかり多めに銀貨を掴んで小さな手に返す。小さな薬師は顔を近づけて指折り数えている。
「じゃあね。次からはもっとまともなところで商売しなよ」
多く渡した銀貨に気づかれる前に私は薬師に背を向けて歩き出した。
月明りで照らされる帰路の途中、私は小さな薬師に自分を重ねていた。
薬を売るために手段を選ばず努力する小さな子供を見て、意固地になって現状を変えられていない自分を恥じた。
「バルトに見繕ってもらうか」
バルトも突然の心境の変化に驚くかもしれない。しかし、武器を変えようと決めた理由は内緒にしよう。
そして、いざ武器を変えようと決めると早くバルトに相談したいという思いが一気にのぼってきた。
彼はまだ酒場にいるだろうか。そう考えて私は再び酒場に急ぎ足で向かった。
酔いもいくらか覚めてすっきりとした気持ちだった。
ハーロットはまだ薬の効果を知らない。
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