血と薔薇と、砂

三日月てりり

血と薔薇と、砂

血と薔薇と、砂

 薔薇を手折って、棘が刺さった指から流れる血を舐めて、腕の中の君に口移しで吸わせる。絶食を続ける吸血鬼の君に僕ができることはこんなことしかないけれど、君の命を潰えさせるなんてことは、僕には選択出来ないんだ。心の中はどうなってる? 震えて惑う君が、吸血鬼だって、僕は君を見捨てられない。

 辛く惑う君は少し僕の血を吸ってすぐ、僕を突き放した。飲んだばかりの血を吐き出す君を見るのはやるせない。キッと睨みつけて、僕を怖気させる。ああ、僕はもう、彼女の庇護者としては適当でないんだ。理解せざるを得なくなって、配偶者としても認められずに、僕は君をホテルのフロントに念入りに頼む。

「妻は疲れているんだ、どうか手厚い看護を」言って僕は仕事に向かう。

「行ってらっしゃいませ」ホテルマンは立派に仕事をしてくれている。彼らの血なら妻は飲んでくれるだろうか。

僕は妻のことを思いながら車をまわした。急アクセル、ハンドルをぐるぐるぐる回しながら、あらゆる車を追い抜いていく。

職場についた僕の目は、きっと妻のことしか映っていなかっただろう。同僚たちがギョッとするような目で見てくる。その中の一人、何事にも怖じ気ず尋ねてくる魔女のゲイルは言った。「あなた、手から血が流れてるわよ」あの棘の傷痕だ「手当してあげるから来なさい」「ありがとう、恐縮です」僕は礼を言う。と、連れ出された医薬品室で聞かれた。

「あなた、奥様を大事にするあまり、血を飲ませてるって?」

「誰に聞きました?」

「みんな言ってるわよ、何か恐ろしいことをしているのじゃないかって。実際のところどうなの?」

「僕はただ薔薇を手折った時に棘の一つに傷つけられてしまっただけなんです」

と、「それだけなの? 私に隠し事は通用しないわよ? その答えでいいの?」

僕は怖くなり、彼女の話を聞くのはやめることにした。

「さようなら、またいつかどこかで」

「そうなの……いいえ、わかったわ。残念だけど、またいつでもここに帰ってきていいからね、あなたの席は、取っておきます」

「感謝」

 僕は人間世界の様々な雑事をこなすタスクを気に入ってたことに気づいた。僕を倒す敵が現れるかもしれないことを忘れていた。妻のことばかり気にしていて、自分のことなんてさっぱり忘れていた。さっきまで職場だった場所に別れの挨拶をすると、僕は自分の血を補充させるためのジュースを飲み干した。

それから僕は預けた妻を受け取り、家に帰って、妻を銀の弾で撃ち殺すと、自分にも銀の弾を使って、murder n suicideを完結させた。

僕は誰からも認められず、妻をも手にかけた。言語道断の騎士は、死すべきなのだ。息が絶える瞬間、涙がツーと流れ落ち、妻の美しい顔へと、ひとしずく溢した。僕らは砂になって中空を舞い、世界中に振り撒かれ、誰の目からも、消えていった。僕らの灰は、今でも砂漠に混じって、人々を見守っている。あなたが砂漠を訪れた時、きっと僕らの灰が、あなたが転ぶのを塞ぐだろう。静かな夜に、血を注ぎながら、目を瞑る。明かりを落とし、死者の国に、帰っていくんだ。


2023年1月14日 三日月てりり・作

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血と薔薇と、砂 三日月てりり @teriri

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