第108話 帰省2
「これが新幹線か……」
俺は呟く。
電車を遥かに上回る速度と、完璧に近い安全性。さらに、『あの機能』。
まさに、我が国の誇る技術の結晶。
ま、それはともかく。
「これ、ここで食っていいんだろうか?」
目の前のテーブルに置いたポテチとカフェオレを眺めながら思う。
ここのところの形状なんか、もろにコップを置くためのものにしか見えないが、このテーブルが飲食台である旨の表示がどこにもない。
他に飲食してる人もいないし。
一応、BMPハンターとしてモラルに欠ける行為をする訳にはいかない。
新幹線に乗るのは初めて(※記憶があるうちでは)なんだが、まさかこんな落とし穴があるとは思わなかった。
食わなきゃいいだけの話だが、せっかく買ったのに食わないのももったいない。
困ったな。
☆☆☆☆☆☆☆
「悠斗さん、凄ク真剣な顔をしてマス……」
エリカが呟く。
「うん。私も少し安易に考え過ぎてたかもしれない。この帰省、思ってた以上に、悠斗君にとって大事な意味があるのかもしれない」
麗華が続く。
二人……いや、あと賢崎・三村・峰・小野を加えた六人は、澄空悠斗が見えるボックス席に陣取っていた。
予め悠斗の席が分かってるのでもなければとても確保できない席だが、まあ分かってたんだろう。
「声がかけづらいね」
「確かにな……」
小野と峰も困っている。
が。
(※車内でポテチを食っていいかどうか悩んでいるだけに見えるのは、俺がひねくれてるからなのか……?)
三村が悩む。
と。
「あ、見てくだサイ。悠斗さん、携帯電話を取り出しましタ」
「ど、どこにかけるんだろ?」
エリカと麗華が、携帯電話を手に持って立ちあがる悠斗に気付く。
常識的に考えて麗華の可能性が一番高い。
全員(※なぜか、賢崎藍華を除く)の視線が麗華に集まり、麗華も携帯を取り出そうとして。
三村の携帯が振動した。
(?)
自身も含めて全員の疑問符を背負いながら携帯電話を取り出す三村。
もちろん、発信者は澄空だった。
「ちょっと出てくる」
と、悠斗とは反対側のデッキに向かう。
◇◆
「どうした、澄空?」
デッキで携帯電話を取り出し、通話を始める三村。
もちろん、相手は澄空悠斗だ。
『悪い、三村。ちょっと聞きたいことができて……。くだらないことなんだけどな』
「なんだ?」
『新幹線の車内って、飲食OKなのか?』
「…………」
本当にくだらなかった。
◇◆
どうも真剣に悩んでいるようだったので、一応真面目に返答して席に帰って来た三村に、5人の視線が集中する。
賢崎藍華だけはなんとなく察しがついているようだったが、その他のメンバーは『深刻系の話』が出てくることを信じ切っている顔である。
三村は困ってしまった。
真実が話せるような雰囲気ではない。
といって、『深刻系の話』なんかを簡単にでっち上がられるような文才はない。
「あ、あー。別に用事があったわけじゃないみたいだ。なんか『退屈だから、声が聞きたくなった』みたいなこと言ってたな」
とりあえず、適当にお茶を濁すことにした。
が。
「退屈だから。って……。恋人同士じゃあるまいし……」
小野が不審がる。
「澄空、真剣な顔してたしな……?」
峰が混乱する。
「だいたイ。誰かノ声ガ聞きたいナラ、麗華さんにかければいいト思うんですケド」
エリカが若干憤慨する。
「悠斗君、ひょっとしたら気にしているのかもしれない。やっぱり、最初から、一緒に行くべきだった……!」
麗華が悔恨する。
三村は思わず、同じタイミングで自分の席に帰って来ていた澄空悠斗を見る。
……幸せそうにポテチをパクつく姿が、妙に可愛らしくもあり憎らしくもあり。
三村は人知れずため息をついた。
◇◆
そんなこんなで、10分経過。
剣麗華とその仲間たちは、完全に声をかけるタイミングを失っていた。
「どうするんですか、ソードウエポン?」
「……見通しの甘さは認める。ナックルウエポンに案があったら拝聴したい」
「残念ですが、私のEOFでも最適解は見えませんね」
澄空悠斗の様子を窺いながらの剣麗華と賢崎藍華の会話。
三村には、賢崎藍華が『どんなやり方でも大差ないから、さっさと声をかければ良いです』と言っているように聞こえるのだが。
剣麗華以下他のメンバーには、分からないらしい。
「悠斗君は、絶対に怒らないと思うんだけど……」
麗華が言う。
前から思っていたが、このメンバーは美男美女が多い割に、対人関係が苦手……というか臆病なのかもしれない。
(まあ、いざとなったら自分が道化を演じればいいか)と、三村の兄貴モードが疼きだす。
と。
「そういや、剣」
「ん?」
「なんで、『悠斗君』なんだ?」
「?」
麗華がハテナ顔をする。
「いや、実は前から聞こうと思ってたんだけど。なんで剣って、『悠斗君』って呼ぶのかと思って」
「? 何か、変なの?」
「いや、変とか悪いとかじゃないんだけどな。ただ、剣が名前で呼ぶのって、澄空とエリカくらいだろ? なんでかなと思って」
「そんなことない。とーこ姉のことだって、とーこ姉と呼んでいた」
「……誰かは知らないけど、そんな身内っぽい人と比べられてもな……」
三村は納得していないようである。
「俺が言うのも何だが……。澄空と剣って一緒に暮らしてるんだろ? 名前で呼び合うくらい普通じゃないのか?」
という峰の疑問に。
「いや、実は、最初から、『悠斗君』って呼んでたんだ」
三村は答える。
剣麗華と澄空悠斗を除けば、このメンバーの中で『最初』から、あの二人を知っているのは三村だけである。
正確には、麗華と悠斗が会った翌日からだが。
「だから気になってたんだよ。ちなみに、澄空が最初から名前で呼んだのも剣とエリカだけのはずだ」
「それは……少し興味深いですね」
賢崎藍華も興味を示した。
「エリカさんはともかく。お二人とも、基本的に最初から他人を下の名前で呼ぶタイプには見えません」
「それは……確かに」
麗華も気付いたようだった。
「私は基本的に、相手を名字で呼んでいると思う」
と、顎に手を当てて考える。
「でも……。悠斗君と初めて会ったときは、『悠斗君』としか思い浮かばなかった」
「お互い、呼び方を示し合わせた訳でもないの?」
「うん。悠斗君も最初から『麗華さん』って言って来て……、とても自然だった。違和感なんて全然なかった。今考えると凄く不思議」
小野の問いに、心底不思議といった表情で答える麗華。
「運命的ナフィーリング、と言ったところナンでしょうカ?」
エリカが何やら瞳をキラキラさせている。
「俺には良く分からないが……。もっと、具体的な理由があった方がスッキリはするな」
「達哉は朴念仁だからねぇ……」
峰と小野も何やら興味はあるようである。
「まあ、理由がないならいいんだ。ちょっと気になっただけだからな」
「うん。私も何か理由が思いついたら教える」
頷き合う三村と麗華。
「ま、澄空君(スクウクン)ってのも言いにくいけどな」
「ああ。俺も最初、澄空(スミゾラ)かと思った」
三村と峰が言う。
「確かニ。悠斗(ユウト)さん、の方ガ言いやすいデスよね」
エリカも同意する。
「そういや、緋色(ヒイロ)先生って言うのも変わってる名字だよね。緋色(ヒショク)かとも思ったけど」
小野も続く。
「二雲(フタクモ)先輩も、最初分からなかった」
麗華まで言う。
と。
「ふむ」
賢崎藍華が小さく頷いた。
「賢崎さん?」
三村が声をかける。
「皆さん、いい着眼点です。時間もあることですし、この際、整理しておきましょう」
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