第105話 続・アナザーヒロイン
「何を……?」
言っているんだろう?
と。
ナックルウエポン・賢崎藍華は思った。
四つのBMP能力を瞬時に切り替える超絶連携?
いざという時には、凄い力を発揮する頼りになる男の子?
「みんな、何を言っているのでしょうか?」
呟く。
誰も聞いていないせいもあるだろうが、その声には僅かな苛立ちすら感じられる。
「いや……」
と、眼鏡を外し、自分の眼に手をやる。
「私以外に分かるはずもありませんか」
今起こったことの、本当の意味は。
そもそも、澄空悠斗が勝ったこと自体は、それほど驚きではないのだ。
彼女のEOFで見る限り、彼の勝率は20パーセント弱といったところだった。
楽な闘いではないだろうが、決して絶望的な闘いというわけではなかった。
だが、それは、あくまで『戦闘に勝つ』というだけの確率。
あんな、人間の限界を超えるかのような、力強い闘い方は予想できなかった。
まるで運命をこじ開けるかのような、見るものすべてを魅了する姿は想像さえできなかった。
出会うまで抱いていた良い印象も、出会ってから感じた少しもどかしい印象も、澄空悠斗に抱いていた全てのイメージが、粉々に砕かれるほどに。
美しかった。
彼女がEOFで『見た』どんな展開よりも、素晴らしかった。
そう。
万能のはずのラプラスの瞳でも、さきほどの展開は『見えなかった』のだ
「アイズオブフォアサイトで……。見えなかった……」
確度の付け間違いはあっても、展開を漏らすことのない予知の瞳を欺く展開。
それは……。
「ん?」
と、着信音。
発信元を確認して、携帯電話に出る。
「はい。どうしました、佐藤社長?」
『いえ。偶然たまたまその辺りを拠点に営業活動をしている社員から体育祭が終わったようだという報告を受けまして、ご迷惑かと思いましたがお電話を』
「また何か困ったことでも起きましたか?」
くすっと笑いながら答える賢崎元社長。
『い、いえ! もちろん常時困り続けてはおりますが、今回はそういう意味ではありません。もちろん、賢崎社長が一瞬でも社長に戻ってくれるなら、法定速度を超過せんばかりの勢いでお迎えに上がりますが!』
「いえ、法定速度は守ってください」
釘を刺しながらも、賢崎元社長はご機嫌だった。
『お嬢様? 何か良いことでもありましたか?』
「ええ、もちろん。澄空さんが勝ちましたから」
『ほう! 紅組に勝ちましたか!?』
「いえ、運命に」
なんで組み分け知っとんねん、というツッコミすらなく答える藍華。
『お嬢様……?』
「不思議ですよね? 自分のBMP能力なのに、ざまあみろEOF、って気分なんです」
そして、ざまあみろ運命。
『お嬢様。本当に……?』
「少なくとも、私は、その気になりました」
確信に満ちた口調。
見た目は(※というか実際の年齢も)女子高生だが、賢崎最高の経営者である。
彼女がこう言う以上、それはもう決定事項であり、疑問を差し挟むこと自体が無駄な労力である。
『本家の方には、どう連絡しておきましょうか?』
「特に何も。候補女性の選抜が進行中なんですよね。澄空さんの意向を軽視することだけはないように言っておいてください」
『それが……。本家が思いのほか本気のようで、式様まで候補に挙がっているとかで……』
「春香が?」
『あくまで噂なのですが』
藍華は少し考え込む。
本家で澄空悠斗の評判が意外に高いのは知っていたが、まさか切り札を切るほどとは思ってなかった。
元々、誰を持ってこようと、剣麗華が相手では話にならないと思っていたが、式春香まで持ち出してくるとは……。
「まあ、いいでしょう」
そもそも澄空悠斗がどこに婿入りしようと、自分の目的とはあまり関係ない。
「あ」
でも。
『どうしました、お嬢様?』
「いえ。その候補なのですが」
『はい』
「私も入れておいていいですよ」
◇◆◇◆◇◆◇
体育祭から一夜明けて。
剣麗華達、新月学園生徒は普通に学校に来ていた。
「体育祭とは名ばかりの武闘大会が終わった直後に登校とか鬼か!?」と怒る必要は別にない。
ちゃんと明日から10日間の休暇が用意されている。
ただ、どういう訳か、特別休暇に入る前、体育祭の翌日だけは登校日になっているのだ。
午前中に体育祭の片づけをして、午後に授業をすることになっている。
なんでそういうことになっているのか?
①単純に、体育祭終了直後に片づけなんかすると、みんな死ぬ。
②体育祭終了後に1日登校日を持って来ることにより、武道で言う『残心』のような性根を養うことができる。
③ぶっちゃけ、体育祭終了直後のノリで新月学園生が休暇に入ると、色々と危ない。1日クールダウンさせた方がいい。
④万が一、体育祭中にケリがつかなかった因縁など残しておくと、本気で危ない。1日やるから、しっかり決着付けること。
等が理由として考えられるが。
まあ、特に文句も出ていないので、伝統として続いている。
今は午後一つ目の授業が終わった直後。
昨日あれだけ暴れた上に、午前中片づけをした後の授業だ。
皆まともに授業なんか受けられる状態であるはずがなく、たいていの生徒は授業が終わると同時に机に突っ伏して寝ていた(※授業中に寝ないだけ大したものである)。
そんな中でも、普段と変わらない様子の生徒もいる。
剣麗華と賢崎藍華。それから。
意外かもしれないが、澄空悠斗。
BMP能力は底なしでも体力は普通の悠斗は、疲れていない訳ではない。
が、それを感じさせないほど真剣な表情をしていた。
というより、青い顔をしていた。
例によって、授業が分からなかったのだ。
といっても、澄空悠斗は決して頭が悪いわけではない。
学年最高学力の1-Cでなければ、もう少し授業にもついていけるはずなのだが、まあ、頭のいいパートナーをもってしまったが故の不運である。
そんな悠斗を見ながら。
(あれはレベル4と5の間くらいかな……)
麗華は思う。
『レベル』とは、澄空悠斗がどのくらい授業が分からなかったか、のレベルである。
授業終了後の悠斗の顔色を見て、剣麗華が適当に判断する(※全5段階)。
授業が分からないのなら、左隣に座っている剣麗華に聞けば良さそうなものなのだが。
『分からないレベル』4以上になると、『何が分からないのかが、まず分からない』状態になっているらしく、質問してこないのだ。
だから、悠斗が質問事項がまとまるまで青い顔でうんうん唸り、麗華が話しかけてもらうのを待っている、という微笑ましい光景ができあがる。
いや、できあがっていたのだ。
賢崎藍華が転校してくるまでは。
「澄空さん? 何か問題でもありましたか?」
悠斗の席の隣に立ち、覗きこむようにしながら、事もなげに話しかける藍華。
「あ、いや、問題があったというか……。むしろ、問題以外がないというか……」
訳の分からない回答を返す悠斗。
だが。
藍華は、ノートと黒板を往復する悠斗の視線を追って。
「ああ。そこで引っかかってましたか」
悠斗が何も言わない内から、分かってしまう。
「いいですか、悠斗さん?」
「は、はいな」
と。
そのまま、本人ですら明確でなかった疑問点に形を与え、問題解決まで導いてしまう。
「…………」
いつものことだが、麗華は感心するしかない。
天才が故に、常に最短距離で問題解決してしまうせいか、できない人が『どうしてできないのか』が分からないのだ。
(学校での家庭教師役は譲るしかないか……)
思う。
まあいい。自分は同じ場所に住んでいるのだ。
家での家庭教師に専念すればいい。
と。
「……ん?」
わずかな違和感を感じる。
「賢崎さん。じゃあ、ひょっとして、これも同じやり方で……?」
「はい。その通りです。やっぱり飲み込みいいですね。澄空さん」
調子がでてきた悠斗に、パチパチと褒める藍華。
ここ最近馴染んで来た光景なのだが。
(近くない?)
物理的に。
近い気がする。
賢崎藍華は隙のない女性だ。
他人の机に手を乗せることなど、たまにしかしなかった。
が、今日は、さっきからずっと悠斗の机に手を付いている。
そんなに難しい問題を教えているのだろうか?
「…………?」
いや、『物理的に』だけだろうか?
全体的に物腰が柔らかくなっている気がする?
いや、元々丁寧な受け答えをする女性ではあったが?
(????)
「ゆ……」
「剣」
「え?」
思わず悠斗に声をかけようとしたところに、別の方向から声をかけられた。
三村宗一だ。
「何? 三村?」
「お客さん……みたいだ」
「?」
ずいぶんと微妙な様子で廊下を指し示す三村の視線を追うと。
「あ」
KTI主要メンバー3人が、若干気まずそうに廊下に立ってこちらを見ていた。
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