第103話 運命の破り方(初級編)

「そろそろだ」

峰の肩を軽くさする。


「本当に狙いは適当でいいんだな?」

「ああ。問題なのはむしろ三村だ」

峰の問いに、三村の肩をさすりながら答える。


「難しいと思うが、方向をずらさないでくれよ」

「心配すんな。俺は目立つ舞台の方が力を発揮するタイプだ」

それは頼もしい。


「ぞくぞくするよ、悠斗君。可能なら、僕があっちの騎馬になりたいくらいだ」

「それは御免だ」

まあ、小野もやる気である。



「じゃあ……」

そろそろ。



☆☆☆☆☆☆☆



「飯田……!」

「まだだ」

ゲイルランナーズの問いに答える、飯田謙治。


確かに、プレッシャーのせいで現在進行形で体力と集中力が削られている。

このままだと、闘わずして負けが決まる。

が、まだ動かない。


ただ単に澄空騎馬が動かないだけなら、こちらから攻めればいい。

プランはしっかり練っている。勝率は変わらない。いや、むしろ少し上がるくらいかもしれない。



だが。



「わーってるよ!」

ゲイルランナーズも分かっている。

今の澄空悠斗に『削り勝ち』などあり得ない。


悪意のない戦意は、もうこれ以上ないくらい分かりやすい形で固まっている。

その『主義主張』が、プレッシャーという形でダイレクトに伝わってくる。

言葉にすると、こんな感じだ。



『ぶっつぶしてやるぜぇ!』



と。

「っ……」

飯田騎馬のライトウイングがわずかに足を滑らせた。



その瞬間!



「右だ!」

体勢を崩すのを分かっていたかのようなタイミングで飛んでくる、澄空騎馬ライトウイング・峰達哉の砲撃を右にかわす。


が。


「!」

逃れた先に澄空騎馬が高速突進してくる。

普通のスピードじゃない。

さきほど披露していた、澄空騎馬フロントの超加速連携機動(システムアクセルチームプレイ)だ!


だが、この展開は想定内。

むしろ好都合。

あの高速移動中は、騎馬連中はBMP能力が使えないはず!



流れるような動作で抜かれた銃帝の二丁拳銃が、必殺の銃弾を放つ。



☆☆☆☆☆☆☆



三村の連携機動(チームプレイ)に高速で引っ張られながら。

感覚が引き延ばされた時間の中で、乾いた音が響く。


流れるような動作で放たれた銃剣士(シェイプシフト)の銃弾を弾いたのは、眼前に展開した虹色の障壁。

さきほど大岡が持ち歩いているのを見て複写した、二雲先輩の汎用装甲(エンチャント)。



愛がなければ動かすことはできないが、動きながら使っちゃいけないとは聞いてない。



何はともあれ、勝負は一瞬。

間髪いれずに、幻想剣を召喚する。



☆☆☆☆☆☆☆



虹色の盾に銃弾が防がれる。

その盾を押しのける様にして、澄空騎馬が姿を現す。


その手には、すでに幻想剣。

BMP能力の切り替えが、いくらなんでも早過ぎる!



(あいつ、ほんとに人間か!?)



プランはすでに破壊された。

が、諦めていない主の意思に応えて、二丁拳銃が一振りの剣に変形(シェイプシフト)する。

澄空悠斗の剣技自体は、素人同然。

対して飯田謙治は、剣のレベルも銃と同様。



(初撃さえ防げば、勝てる!)



というのは、明らかに甘かった。

澄空悠斗の幻想剣が、受け止めようとした自らの剣をすり抜けるのを見て悟る。


そう。壮大で武骨な、あの剣は、干渉剣フラガラック。

精神のみを攻撃し、あらゆる物理干渉を受けない魔剣。



もう認めざるを得ない。

決して侮ってはいた訳ではなかったが。

澄空悠斗は『戦力』だけじゃない。

『技術』も超特級品だ!



なす術ない銃帝の腹を、フラガラックが薙ぐ。


服すら破かず通り抜ける干渉剣には、当然物理的に傷つけられることはない。



が。



☆☆☆☆☆☆☆



手に感触がないから、当たったのかどうか分からない。

というか、汎用装甲(エンチャント)を抜けたあたりから、場の展開に認識能力が追いついていない。



が、まだ。



俺のターンは終わってない。



☆☆☆☆☆☆☆☆



(~~~~!)

フラガラックに精神を抉られ、脳天に電流を流されたような痛みを堪える謙治。

いや、堪えられてはいない。

恐らく、コンマ数秒後には意識が途切れる。

なんせ、『彼女』の魔剣だ。

万が一、などあり得ない。


が。

(~~!!)

再び主の意思に応じて、銃剣士(シェイプシフト)が剣から二丁拳銃に姿を変える。

これが本当に最後のチャンス。

横をすり抜けた澄空騎馬に。

その勝利を確信した背中に。


(最後の力で、銃弾を叩きこむ!)

それは、最初に思いついた最後の手段。

どんなに力と技に優れた者であっても、いや、だからこそ生じる心の隙をつく、相討ち覚悟の特攻策。


甘く見ていたことの侘びと、予想を超えた実力への敬意を表して。

銃剣士(シェイプシフト)飯田謙治は、限界まで急激に上半身を捻って、背後に二丁拳銃を向ける!




だが。




それでも、まだ甘く見ていた。



振り向いた謙治の眼が驚愕に見開かれる。

そこには、勝利を確信した背中はなく。

代わりに、油断のかけらもない両の眼。

そして、こちらに向かってまっすぐに右手を伸ばす姿勢は、今日何度も見た『砲撃』の体勢。

この追撃までを含めて、澄空悠斗の攻撃ターン。

侮りも怯えも全く見当たらない、超絶連携。



飯田謙治はようやく悟った。

彼の何を見誤っていたのか。



桁違いの容量を誇る『戦力』が凄いのではない。

馬鹿げた連携を可能にする『技術』が凄いのではない。


彼は。

澄空悠斗は。

もっと単純に。

もっと分かりやすく。



しかし、圧倒的に。



……強いのだ。



「澄空……! 悠斗ーーーー!」

「劣化複写(イレギュラーコピー)・砲撃城砦(ガンキャッスル)!」


銃撃と砲撃が交差し。



決着が訪れる。


◇◆


トサッと、やけに軽い音が響く。

しかし、最終種目最後の二騎の尋常でない一騎討ちの迫力に黙りこんでいた場内には、大きく響く。

皆、声も出せない。


響いた音は、飯田騎馬が大地に落ちた音。


澄空騎馬が健在である以上、勝負がついたのは明白なのだが。

誰も声を出せなかった。



『え、えーと……。どうなったんでしょうか?』

ノリノリだった副会長のアナウンスも戸惑っている。

そうなのだ。

早い話が、速すぎて何が起こったのか分からなかったのだ。

今の光景を見る限り、最終的には澄空騎馬が勝ったのは誰の目にも明らかなのだが。


『こ、こんな時のための特別実況解説員! 緋色先生! お願いします!』

『え! わ、私!?』

櫃元副会長の突然のフリに、特別実況解説員(※ネタではなく、本当にそういう役職に就いていた)緋色香が狼狽する。

『私!? じゃないですよ、先生。特別実況解説員だからという理由で、今日、野暮用で通常業務を免除してもらってるんですよね!? ちゃんと答えないと、その野暮用が、実はデートの疑いがあることバラしますよ!?』

『バラしてるじゃないのよ! というか、どこでそんな話を聞いたの! というか、なんでいつの間にか私の声が放送されてるの? というか、櫃元さん、そんなキャラだったの!?』

先生のくせに、『というか』、が多い。


と。


『あー、これですか。実は最初から気になってはいたんですが、まさか遠隔操作式の小型マイクだったとは……。今年の生徒会は、すこぶる優秀みたいですね』

多数の生徒にとっては聞きなれない声が響く。

『突然すみません。私は、BMP管理局長・城守蓮と申します。一応、この学園の卒業生です』



「ぶ……ブレードウエポン!?」

「ほ……本物?」

予想外の人物の声に、場内がわずかにどよめく。



『この際ですから、私が説明します』

と、一つ咳払いの城守。

『まず、澄空騎馬は、砲撃で牽制しての高速移動による突撃を行いました。ここまでは皆さん把握できたと思います』

と、第一段階の説明。

『次に、飯田君が銃撃。この銃撃を確認できた人は、逆に悩んだでしょうね。どうして止められたのか……。止めたのは、汎用装甲(エンチャント)です。あんな加速状態で使えるような仕様には思えないのですが、実際使えてしまったのだから使えるんでしょうね』

と、第二段階の説明。

『そして、悠斗君が幻想剣(イリュージョンソード)・干渉剣フラガラックで反撃。変形した銃剣士(シェイプシフト)で防ごうとした飯田君の反応速度はさすがでしたが、フラガラックは物理干渉を受けない。防ぐことはできません』

と、第三段階の説明。

『最後、二騎がすれ違った後で、お互い振り返って追撃。ほぼ同時に見えましたが、最初から狙っていた悠斗君の方が一瞬だけ早かった』

そして、決着。


『あと、本人か賢崎さんに確認しないと確定できませんが、おそらく最初にEOF……アイズオブフォアサイトを使っています。つまり、悠斗君は、全部で4つのBMP能力を瞬間的に切り替えて闘ったことになります』



「よ……よっつ……?」

「あの、一瞬で?」

会場が再度どよめく。



『複数能力の高速切り替えは高等技術です。私もこれほどハイレベルな戦闘は、ほとんど見たことがありません。みなさんも、大変勉強になったと思います。まぁ、レベルが高すぎてすぐに参考にするのは難しいかもしれませんが、いつかきっと役にたつでしょう。……という感じでよろしいでしょうか? 副会長さん』

そこまで話して、ブレードウエポンは新月学園体育祭実行委員会(※兼生徒会)に出番を返した。



『た……大変良く分かる解説をありがとうございました。恥ずかしながら、全然見えなかったもので……。そして、私も『歴代最強』と話せて、役得です……。会長を脅してまでマイクを握ったかいがありました……』

だから、そういうことをぶっちゃけない方がよい。


『まあ、そういうことですので……』

と、副会長は一拍溜めて。



『新月学園体育祭最終種目・騎馬戦。澄空騎馬の勝ち残りにより……白組の勝利ですー!!!』

というアナウンスが引き金となったかのように。


直後。

大歓声が、新月学園体育祭を包み込んだ。

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