第102話 魔人の領域

「お、おい。飯田……。大丈夫なのか?」

ゲイルランナーズの一人が言う。

名前は省略するが、前方に位置する一人である。


「大丈夫な訳がないだろ? おまえら。あいつがBランクどころかAランク幻影獣を倒したのをまぐれだとでも思ってたのか?」

むしろ冷静な飯田謙治の声。

そこには、これからバンジージャンプに挑むかのような、わずかな諦め混じりの蛮勇が込められていた。


「やっぱり、ハッタリかよ……」

「……ったく、誰だよ。『澄空悠斗には、高ランクBMP能力者に特有の、他者へのプレッシャーがない』なんて無責任なことを言ってたのは?」

ゲイルランナーズのライトウイングとレフトウイングが愚痴をこぼす。



彼らの言う通り、今、澄空騎馬と飯田騎馬は、澄空悠斗のプレッシャーに晒されていた。



『うっかり抑え忘れた』剣麗華の、畏怖すら感じる神々しいプレッシャーとも違う。

賢崎藍華の刺し貫くようなプレッシャーとも違う。


例えるなら、それは『純粋な質量』。

対峙するだけで押し潰されてしまいそうな純粋なる『重み』。

すべてをチャラにしてしまいそうな圧倒的な光量と、奈落の底を彷彿とさせる深い闇が同居する反則気味の力。



普段は決して感じられない、BMPヴァンガードのプレッシャー。

技や戦術を問う前に。

どうしようもなく存在する『戦力』の差。



あ、ちなみに一応言っておくと、その記事を書いたのは、澄空悠斗と同じクラスの新聞部員である。


◇◆


「ど、どうしたんでショウカ? 飯田先輩達の動きガ、止まりマシタよ?」

舞台の外。

澄空悠斗のプレッシャーが及んでいない1-C観覧席で、本郷エリカが言う。


「悠斗君の雰囲気が変わった?」

舞台の外。

澄空悠斗のプレッシャーが及んでいない1-C観覧席で、剣麗華が言う。



「悠斗君の……本気?」

ぽつりと呟くソードウエポン。



「聞き捨てならないわね」

二雲先輩が聞き捨てならない。


「本気の澄空悠斗には、【銃帝】飯田謙治でも勝てないと言いたいの?」

「それは、分からない。けど、悠斗君は、私よりも強いよ?」

聞き捨てならなかった二雲先輩に、(※本人は自覚がないが)最上級の挑発で返す剣麗華。


「そこまで言うなら、賭けをしましょう」

「賭け?」

「澄空悠斗が勝てば、KTIは負けを認める。最終則を適用し、二度と闘いを挑まない」

「ん?」

「飯田謙治が勝てば、剣麗華は負けを認める。……そうね。あのおしゃべりな副生徒会長のマイクを奪い取って、今の貴方に思い付く精いっぱいの屈辱的なセリフを叫んでもらおうかしら?」

「…………」


「余興よ。どう?」

剣麗華が受けるとは思っていない。

どちらかというと、嫌がらせの類の提案。


だが。


「いいの? 二雲先輩」

ある意味予想外で。

ある意味予想通りのヒロインの声。



「悠斗君がテレビを見ながら言ってた。そう言うのは。えーと。……『志望フラグ』……? だよ?」

……たぶん、『死亡フラグ』の間違いだと思われる。



☆☆☆☆☆☆☆



「…………」

隙がない。


さきほどから、この俺・澄空悠斗は、ない頭を絞って飯田騎馬に対する作戦を考えているのだが。

今さら出し惜しみも遠慮もするつもりはないので、幻想剣(イリュージョンソード)込みで戦法を練っているのだが。



全く勝機が見いだせない。



大出力系BMP能力は警戒されまくっているし。

峰の砲撃城砦(ガンキャッスル)は当たりそうにない。

小野の引斥自在(ストレンジャー)は攻撃に回す余裕がない。

三村の連携機動(チームプレイ)は使用制限に引っ掛かっている。

その気になったところで、いきなりトンデモ能力が目覚めるわけでもなし。


ここは。


「接近戦最強のクラスメイトの力でも借りるか」



☆☆☆☆☆☆☆



「EOF(アイズオブフォアサイト)ですか……」

剣麗華達とは少し離れた場所で観覧しながら、賢崎藍華が呟く。


瞳系BMP能力には珍しく、アイズオブフォアサイトは瞳の色が変わらない。

そのため賢崎藍華以外は気が付いていないだろうが、確かに今、澄空悠斗は劣化複写したアイズオブフォアサイトを使っている。



「EOFで飯田先輩達の隙を見つけて、三村さんの連携機動(チームプレイ)。そして、接近戦に持ち込んでフラガラック」

おそらく、澄空悠斗の作戦は、こんなところではないだろうかと思う。


EOFから幻想剣(イリュージョンソード)・干渉剣フラガラックへの高速連携が高難度であること(※瞳系能力は他の能力と相性が悪い)。

そして、接近途中に迎撃された場合に打つ手がないという致命的な欠点はあるが。


オリジナルのEOFで見ても、この作戦が一番『確度』の高い戦法に思える。

そこそこに思い切りがよく。そこそこに慎重で。そこそこに思慮深く。



最も期待値の高い闘い方。



「ふん……」

他人の前では滅多に見せない、蔑んだ吐息をこぼすクールビューティ。


「悪くはないです」

呟く。

そう、悪くはない。

決して悪くはないのだが。


「私は……」

澄空悠斗の、こういうところが。

とても嫌いになっていた。


ちいさくまとまった思考など知りたくない。

一生懸命な姿など見たくもない。

合理的な救世主など、笑い話にもならない。


傲慢でも構わない。

世界……いや、人類史上最高のBMP能力者なのだ。

金でも。権力でも。美女でも。

どんな欲望でも許される。

たいていの願いなら、賢崎の力で叶えられる。


だから。

たった一度でいいから。


…………。

……………………。



「やめましょう」

賢崎藍華は息をついた。

「彼はあれでいいんです」

有り余る潜在能力を持ち、誠実で優しく、しかも賢い。

あれでいいのだ。


あれで間違っていない。



間違っていないんだと思う。



☆☆☆☆☆☆☆



「3つか……」

飯田騎馬とにらみ合いをしながら、思わずため息が漏れる。


飯田騎馬と互角に戦おうと思うと、3つのBMP能力を連続で切り替えて使う必要がある。



《それなら、二つ目は引斥自在(ストレンジャー)じゃなくて、汎用装甲(エンチャント)だな。あと、最後に砲撃城砦(ガンキャッスル)があると安定する》

じゃあ、4つじゃないか。



……。

…………?

「ん?」

「どうした、澄空?」

「いや……」

誰かに話しかけられたような気がしたんだが……。

気のせいか。


まあいい。とりあえず4つだ。

もはや、超絶技巧とかいうレベルですらないが、とりあえず方針は決まった。



「峰」

「なんだ?」

「俺が合図をしたら、砲撃城砦(ガンキャッスル)を。狙いは適当でいい」

「分かった」

何か聞き返されると思ったが、峰はあっさりと頷いた。

理由は分からないが、話が早くて助かる。


「三村は直後に、連携機動(チームプレイ)を。左斜め45度。……より、チョイ右で」

「あ…ああ」

『チョイ右』を肩に置いた手の微妙な動きで表現する俺に、三村は頷く。

しっかり伝わったかどうかあまり自信はないが、もちろん確認している暇はない。


「僕は? 悠斗君」

「攻撃が終わったら、全開で引斥自在(ストレンジャー)を」

自分から聞いてくる小野に、いざという時の保険の役目を果たしてもらうことにする。



失敗しても、1回でやめるつもりはないからな。



☆☆☆☆☆☆☆



「飯田……。分かってると思うが」

「ああ。分かってる」

飯田騎馬フロントに位置するゲイルランナーズに、緊張の混じった声で返す飯田謙治。

そう、分かっている。



このままでは、まずい。



澄空悠斗から感じるプレッシャーがますます大きくなっている。

これだけ大きくなっているのに、澄空騎馬と飯田騎馬以外の人間には感じられないというのはおかしい気もするが。


(いや、そんなもんか……)

思う。


高BMP能力者の発する『プレッシャー』は、ある高名な学者(※実は上条博士)によると、『その能力者の感情や主義主張』が元になっているらしい。

普段から無節操にまき散らされてはいるが、無味無臭で肌に感じられないのが『BMP能力』。

それが『本人の主義主張』という衣を纏うことによって、他人に影響を及ぼし始める。


だから、プレッシャーを抑える時には、この逆のことをする。



ならば、今の澄空悠斗は?



「ここまで、反応してくるとはな……」

飯田は思わず呟く。



底の見えない深い闇が。

純粋な戦意に姿を変えていく。

悪意もなく殺気もないが。

対峙するだけで、物理的に消耗させられるほどのプレッシャー。

妙にノリの良くなった副会長の言もあながち間違っていない。



ここはまるで、魔人の領域。



「ったく、余計な挑発しやがって。あのままなら勝てたかもしれないのに……」

ゲイルランナーズ・ライトウイングがぼやく。

「いや、光栄じゃないか。Aランク幻影獣さえ倒したBMPヴァンガード様の本気だ。将来、絶対自慢になるぞ」

いまいちKTI親衛騎団の自覚に乏しいレフトウイングが答える。



が。



「どっちも御免だ」

銃剣士(シェイプシフト)は否定する。

「知りたいんだよ、俺は。どこまで手を伸ばせば届くのか」

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