第101話 騎馬戦の勇者4

「いくらなんでも早過ぎる……」

戦慄を込めて、峰が呟く。

「俺達が大岡騎馬と戦闘開始した時には、まだほとんど残ってたのに。ひょっとして、騎馬戦史上最短記録なんじゃないか……?」

尊敬すら込めて、三村が言う。

「それより、僕らが戦闘中に後ろから撃たなかったのが気になるね。あの睨みつけるような視線と合わせて考えると、ひょっとして彼らのターゲットは、最初から僕ら……というより、悠斗君なのかな?」

不敵な余裕を崩さない、小野が推測する。



「…………いや、君ら」

もう少し気になるところがありはしないか?



「なんだ、澄空? 何か気になることでもあるのか?」

「って! 胸元だよ、胸元! 騎馬の人たちの胸元!」

普通に聞いてくる三村に、俺は大声で返した。


あれを気がつかないはずがない。

飯田先輩の騎馬を務める3人の男子生徒の胸元には、KTI親衛騎団の証(※ということらしい)銀色のKバッジが燦然と輝いていた。


「驚くことはないだろう、澄空? 棒倒しでKTI親衛騎団が公に姿を現した時点で予想できたことだ」

峰が言う。

いや、俺、棒倒し出てないんですけど?

「1年の大岡が刺客じゃ、親衛騎団が表に出てくるには弱いとは思ってたけど、本当に飯田先輩と共闘するとはな……。棒倒しは伏線だったんだよ、澄空」

三村が言う。

だから、俺、棒倒し出てないんだってば!

「悠斗君を倒すために、理念の違いを超えて共闘するとはね……。少しは楽しませてもらえそうだね、人間」

そして、小野の悪役病が再発し始めている……。



と。



「砲撃城砦(ガンキャッスル)!」

大岡騎馬の時と同じ、いきなりの砲撃音。

ほんとに手が早いな、峰!


だが、今度は弾かれなかった。

代わりに。



着弾時には、すでにその場所にいなかった。



「な……」

「峰、後ろだ! 回り込まれた!」

驚愕する峰と、意外に冷静な三村の声。

もちろん、俺は飯田騎馬の動きに完全に付いて行けない。


後ろ?


「引斥自在(ストレンジャー)!」

振り向こうとした俺の耳に、小野の叫びと、展開される力場。


小さくて鋭い何かが空気を切り裂く音が聞こえ、俺達のすぐ傍まで喰いこんでくる。

「な、な……」

「弾くよ、みんな」

状況についていけない俺に対し、飛んできた何かを的確な力場操作で飯田騎馬に向かって弾き返す小野。


「っ……!」

「峰、小野! 左だ! いや、後ろ! また、回り込まれた!」

悔しがる小野と、やはり的確な三村。


しかし、反応が追い付かない。

騎馬を組んでいるせいで、左右を向くにせよ、背後を向くにせよ、鈍重な動きしかできない。


それに対して飯田騎馬は、まるで本物の騎馬であるかのように高速で死角に回り込み、二丁拳銃での攻撃を続ける。



☆☆☆☆☆☆☆



「あの3人。高速移動系というだけじゃない。完全に呼吸が合っている」

「上級生ノ……ゲイルランナーズ、でしタカ? いつも一緒に居ル三人組デスよね。KTIの方達の仲間だったトハ驚きデスけど」

「なるほど。高速移動する騎馬に、飯田先輩の銃剣士(シェイプシフト)。これはかなり手ごわい……」

1-C観覧席で、澄空騎馬と飯田騎馬の闘いを食い入るように見つめながら、剣麗華とエリカが話をしている。

ちなみに1-Cでもなく、白組でさえないエリカが座っていても、1-Cの面々は誰ひとり妙な顔をしていない。

エリカはもう完全に1-Cのクラスメイトとして認知された感がある。


それとは対照的に、1-Cでもなく白組でもない上、違和感バリバリのメンツがもう一組。

二雲楓を始めとするKTI主要メンバーである。


さっきから、剣麗華の近くに座って睨みつけているのだが、騎馬戦に夢中で構ってくれないので、少し寂しくなっているところだ。


「ちょっといいかしら、剣さん?」

ついに痺れを切らして話しかける楓。

「ん? 何? えーと、二雲先輩?」

まるで今初めて気が付いたかのように(※実際初めて気がついたようだが)答える麗華。

「あ。河合先輩も。こんにちは」

ついでに気がついた河合渚にも挨拶する。礼儀正しい麗華。

「こんにちは」

渚も返事をする。

アームレスリング前のとげとげしい感じがあまりない。

激闘を通じて、なにやらが微妙に通い合ったのかもしれない。


若干きまずそうな顔をしている俊足(ライトステップ)・前田朱音は、そもそも悠斗と麗華に悪い感情を持っていないし。

KTI四天王最強の真行寺真理は、そもそも体育祭に来ていない。


が。


「あなたの目から見て、この勝負、どうなると思う?」

ラスボスこと、汎用装甲(エンチャント)二雲楓は、敵意を隠さずに、麗華に問う。

「どうかな?」

まるで敵意に気づいていないかのように麗華が答える。



「悠斗君に聞いてみないと分からない」



☆☆☆☆☆☆☆



「はっ……はっ……はっ……」

「飛ばし過ぎだよ、達哉。まぁ、君の砲撃城砦(ガンキャッスル)での牽制がなければとても捌ききれないけど」

「そういう小野もあんまり余裕はないだろ? だんだん銃弾が近くまで届くようになってきたぞ」

後は野となれ山となれタイプの峰と、冷静を装う小野と、本当に冷静な三村の会話。


まあ、一言で言えばピンチである。


高速移動する飯田騎馬がどうしても捉えられない。

三村の的確な指示で、なんとか小野の防御力場が間に合ってるが、いつまでもは持ちそうにない。

そして、一応リーダーということになっている俺の空気っぷりときたら、もう眼を覆わんばかりのレベルである。



と。



「どういうつもりだ、澄空?」

騎馬の足を止めて、飯田先輩が話しかけてくる。

「ど、どういうつもりと言われても……?」

俺なんかしました(※本当に何もしてませんが)?


「どうして幻想剣を使わない? どうして真面目に闘おうとしない? スカッドを倒した時のお前の姿は今も目に焼き付いている。俺じゃ、お前の相手には不足か!?」

「い、いや……」

本当に、三村達と飯田騎馬の闘いに付いていけないだけなのだが……。

あ、スカッドってのは、俺がこの新月学園運動場で最初に倒したBランク幻影獣のことね(※城守さんが言ってた)。


「『その場所』が、いつまでも、おまえだけのためにあると思うなよ?」

「え?」

疑問符を浮かべる俺。

『その場所』という言葉に、少し心臓が跳ねた気がした。



なぜだろうか?



その言葉に秘められた飯田先輩の気持ちに怯んだのかもしれないし。


飯田先輩の視線の先に、麗華さんが居たのに気づいたからかも知れない。



「い、飯田先輩?」

「お前のことは認めてる」

動揺する俺に、静かな声で返す飯田先輩。

「スカッドとガルア・テトラを倒した事をまぐれだとは思ってないし、俺なんか足元にも及ばない潜在能力を秘めているのは分かっている」

押し殺したような飯田先輩の声に。

俺の動悸は早くなる。


「だからと言って」

「…………」

聞きたくない。

というのは、俺が弱いからだろうか?



「彼女の隣は、お前のためだけにある訳じゃない」




「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

言いたいことは全部言った。

とばかりに、もうそれ以上は語ってくれない飯田先輩。



一瞬、頭が真っ白になった。



【麗華さんが選ぶくらいだから、きっと麗華さん男性版とでもいうべき完璧で天才な男】

そう思ったのは、つい最近だ。



飯田先輩がそうなんだろうか?



確かにイケメンだし、頭は良さそうだし、少しキザっぽいが性格も良さそうだ。

そのBMP能力については、今現在この身をもって味わわされているし。


いや、それでも幻影獣相手にはちょっと攻撃力不足だ。飯田先輩の『銃撃』がこの体育祭で猛威を振るっているのは相手が人間だからであって……。

……あ、でも、成長すればどうなるか分からない。

いや、成長すればの話をすれば誰だってそうだ。



『覚えておいた方がいいぞ。これから、たぶん、そういう連中増えていくと思うから』



三村の言葉を思い出す。

そもそも俺は麗華さんの異性の好みなんて知らない。

イケメンが好みだろうか。

金持ち? 家柄? 性格? 身長? 運動神経? 社会的地位? 年上? 年下? BMP能力?

……聞いたことがない。



まあ、たとえ体育祭とはいえ、この騎馬戦で俺を完膚なきまでに叩きのめせば、麗華さんに対するそれなりのアピールにはなるだろう。



……。

…………。



いや、まてよ。

その程度のアピールで麗華さんがどうこうなるようなら。




もう、いっそのこと、俺でもいいんではないだろうか?




……。

…………。

………………………。



「落ち着こう」

深呼吸した。



落ち着こう。

ちょっと先走り過ぎだ。



俺に勝ったくらいで、麗華さんがなびくとは思えない。

たとえなびいたとして。

それは麗華さんの問題だ。



俺には関係ない。



俺は。


えーと。俺は。



「そうだ」



体育祭。



今、思い出したが、今は体育祭。

しかも100年の歴史を誇る、新月学園体育祭最終種目・騎馬戦。



「今は体育祭なのである」



今は。

騎馬戦を真面目にやるだけだ。



「……悠斗……」

「何だ、三村?」

今、そこそこ忙しい。



「まさかとは思うけど。……殺したりしないよな?」

「何を言ってるんだ、お前は?」

いつものようにおかしなことを言う三村に、ツッコんでやる。


「自分で気づいてないのか?」

「ふん。この程度のプレッシャー。あの時の10分の1にも満たないよ。現に、僕たち以外、誰も気づいていないじゃないか」

峰と小野まで、良く分からないことを言っている。

困るな。

今は、集中してくれないと困る。



と。



「……いや、あっちも気づいたみたいだね」

小野が言う通り。



飯田騎馬の動きが止まっていた。

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