第97話 棒倒しの道化師3

受け入れる。

……つもりだったのだが。


汎用装甲(エンチャント)は、エリカの元まで届かず。

その目前、一人の少年の手によって阻まれていた。


「お、小野さん……?」

「峰にも言われたことだし、静観しようと思ってたんだけどね」

突き出した右手の数センチ先で汎用装甲(エンチャント)の動きを止めたのは、小野。


「澄空悠斗の名前を出されたら、放っておくわけにもいかないよね!」


凄くいいシーンにも見えるが、小野はエリカとは逆の白組である(※つまり、二雲楓のチームメイト)。



「今回、特別ルール・裏切り可、とかないよね?」

「あるかい。そんなもん」

「三村といい、小野といい。なんであいつら、ああも清々しくルールを破るんだ?」

「さすがチーム澄空悠斗。いえ、BMPヴァンガーズ! ってところね?」

シリアスシーンかギャグシーンかいまいち掴めないながらも、それなりに盛り上がるタフなギャラリーズ。

いや、それはともかく。



「澄空悠斗の名前を出されたら。って、あなた転校してきたばかりじゃない!」

という、楓の当然の疑問に。

「これだから人間は……。言っておくけど、僕は剣さんより、もうちょっとだけ前から澄空悠斗の虜だよ」

本人以外に誰も分からない謎の受け答えをする小野。



「二雲先輩……」

「二発目。行くわよ」

恐る恐る尋ねてくる大岡に、きっぱりと断定する楓。

「汎用装甲(エンチャント)の同時起動は、不可能なんじゃなかったですか?」

「実戦で使えるレベルじゃないってだけよ。5回に1回は成功するわ」

と、かざした手の先。

一発目とまるで変わらぬ輝きと存在感を放つ虹色の障壁が出現する。

もちろん、小野の前で停止している一発目はそのままである。


「す、凄い。こんなにあっさりと……」

「たかが20パーセントで何を言っているのよ? 自覚しなさい。私達が今闘っているのは敵性美少女。神に愛されたKTIの天敵なのよ!」

「は、はい!」

途中の単語をいくつか入れ替えれば名言になりそうなKTI首領の声に、心底心酔したように答える大岡。


「行きます! 金剛腕(ダイヤモンドアーム)!」

虹色の壁に向かって振りかぶる大岡。

「一発目の推進力はまだ生きてるわ! 2倍の推進力で小野君ごと本郷さんを吹き飛ばしてしまいなさい!」

「分かってます! 汎用装甲圧搾(エンチャントプレス)・第二撃(セカンドバレット)!」


大岡の剛腕で撃ち出され、一発目と全く変わらない勢いの虹色障壁が、一発目に重なる。

一撃目をなんとか喰い止めていた小野が、あっさりと吹き飛ばされ……。


…………なかった。



「え?」

「な、なんで?」

KTIズの声が漏れる。

アックスウエポン小野倉太は、登場時から全く変わらない姿勢で、涼しい顔をしていた。


「甘く見ないでほしいな」

それまでとは少し質の違う小野の声。

「忘れているんじゃないかな? 僕のBMPは、161だよ」


そうなのだ。

澄空悠斗・剣麗華・賢崎藍華が別格すぎるだけで、小野の161も、高校レベルどころか、人類レベルで驚異的なBMP能力値なのだ。


「意に沿わぬ全てを弾く。それが、この僕・アックスウエポンの名前の由来」

いや、それはあまりアックス関係ない。


まぁ、それはともかく。


「さぁ。そこを退いて。今から、この障壁でそちら側の棒を破壊するから」

親切心からか、もしくは単に敵として見ていないからか。

二雲楓とそのナイトに、降伏宣言をするアックスウエポン。


しかし、忘れてはいけない。

そちら側の棒は、本来、小野が守るべき棒である。



「そちらこそ、甘く見ないで。その汎用装甲(エンチャント)は、私が幻創したものよ」

と、進み出る楓。

を、大岡が止める。

「大岡君?」

「汎用装甲(エンチャント)は、近づかないと消せないんですよね? 危ないですよ」

「何を……?」


問う楓に。

金剛腕(ダイアモンドアーム)大岡忍は、ファイティングポーズで答える。


「撃ち返します」

「ちょっ! 無茶よ、大岡君! とても撃ち返せるような力じゃ……」

「KTI第8則! 美少女に負けることは、己に負けることと考えるべし!」

「!」

「俺もそうだと思います」

やたらと格好いい大岡忍。


「KTIの……いえ、先輩のために闘わせてください!」

「大岡君……」

もはやどちらが主人公チームなのか分からない。

と。


「汎用装甲(エンチャント)」

二雲楓が、三度唱える。

「二雲先輩……?」

そして、金剛腕(ダイアモンドアーム)の前に、三度出現する虹色の障壁。


「そこまで言うなら見せて頂戴。KTI親衛騎団の力を」

「は、はい!」

喜びの声を上げる大岡。


一方。


「少し君達のことを甘く見ていたかな」

小野の闘気が膨れ上がる。

「少しだけ本気を出そうか。僕を失望させないでくれよ、人間達」

どちらかというと悪役である。


「何が『人間達』だ? この厨二病が!?」

「? その病名は聞いたことがないけど? とりあえず、僕は高校生だ」

若干噛みあわないながらもヒートアップする、大岡&小野。


「汎用装甲圧搾(エンチャントプレス)・第三撃(サードバレット)!」

「獣の力を見せようか。引斥自在(ストレンジャー)」


双方向から高速で撃ち出される虹色の軌跡。



そして。


◇◆

種目:棒倒し

勝利:紅組

MBP:なし

反規則的行為:三村宗一、小野倉太


※『新月学園体育祭ダメージ無効化結界展開責任者二宮修一の報告書8:棒倒しについて』


……………………。

…………はっ!

いかん、10秒ほどイッていた……。

これは、一体誰得だ?

……もちろん俺得だ。


ここまで、腐に嬉しい展開はないだろう!

燃えまくるぜ!

さっそく、『くーにゃん・キサラギ』先生に報告しなければ!

◇◆


「『くーにゃん・キサラギ』って、誰?」

「私の部下の一人のペンネームだと思われます……」

携帯端末に表示された報告書を見ながら、苦虫を噛み潰したような声で答える城守蓮。


「蓮にいの所の報告書って、独創的だね♪」

「私の趣味ではありません……!」

『蓮にい』相手にもいかんなくSっぷりを発揮する緋色香に、蓮は頭を抱えた。


「部下って、あの人なんでしょ? BMP管理局防衛戦で、全館精神支配を破った……。志藤……美琴さん?」

「骨には異常なかったそうなんですが、見てて痛々しいくらい手が腫れてましたね。それでも片手でパソコン打って仕事しながら、休憩時間には思う存分趣味の話をしています。真のBMP管理局最強は、あの子かもしれませんね」

「う。ちょっと格好いいわね。蓮にい。ひょっとして惚れたりしてないよね?」

「唐突ですね。いつかの飲み会で、『好みだけど疲れそうだから遠慮したいタイプです』と言われたので、それはないでしょう」

その言い方は、微妙に『あり』のような気もするが。

朴念仁のブレードウエポンには、とりあえず突っ込まない香。


「で、あの精神支配の正体は分かったの?」

「凄まじい威力のBMP能力なのは間違いないですが……。問題なのは、媒介が分からないということですね」

「複合電算(シミュレータ)の……えーと、雛鳥さんでも分からないの?」

「分からないというか……。雛鳥君は、『媒介はない』と言っています」

「そんなことが……ありえるの?」

同じ支配系BMP能力者として、香には信じられない。

「あり得ません」

そして、断定する蓮。


「どうしてできるのか……、あるいはできないのか分からない」

香が呟く。

それは。



「概念能力」



一瞬、二人の会話が止まる。


「ガルア・テトラの捕食行動(マンイーター)も十分に異常でしたが、あの精神支配はさらに次元が違いますね。現状では、防ぐ手段がありません」

「しかも支配されたら、基本的に抜け出すことは不可能……か。まるで、迷宮ね」

「ん。いいですね、それ」

唐突に蓮が妙なことを言い出す。


「え? 何、蓮にい?」

「あのBMP能力、名前を決める必要があったんですよ。なかなか的確な呼称が出て来なくて。いや、助かりました」

体育祭見学中でも仕事熱心な局長さんは、少し嬉しそうに言う。


「迷宮(ラビリンス)と名付けることにします」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る