第96話 棒倒しの道化師2
「み、三村ー!」
校舎の壁を背に、峰が立ちあがる。
「浅かったか……」
見下ろす三村は、しくじった、といった感じの表情。
『ダメージ無効化結界もあることだし、もう少し強くイっても問題なかったな』とでも言いたげだ。
何をやったか一応説明しておくと、いい感じで盛り上がっていた峰の背後から、三村が超加速(システムアクセル)・猪突猛進(オーバードライブ)手加減攻撃を敢行したのだ。
今、峰を校舎の壁に叩きつけた直後である。
「何を考えてるんだ、三村!?」
「悪いな、峰」
芝居がかった仕草の三村。
「これまでの時間の中で、お前に、仲間や友達としてだけでなく、ライバルとしての感情が芽生え始めたような気がするような設定で行こうと3秒前に決心した」
「お、お前というやつは……」
珍しく怒る峰。
「たかが体育祭とはいえ、ルールを破るなんて恥ずかしくないのか!」
「ないね! 仲間を守れないことに比べたらな!」
格好良く答える三村だが、一応峰も仲間のはずである。
「いいんだな、三村!? 俺は、確かに融通の利かない堅物かもしれないが、男相手の方がおそらく手加減は下手になるぞ!」
「仲間と美少女のためになら、俺はAランク幻影獣とだって闘ってやるさ!」
でも、剣と賢崎さんだけはごめんだけどな、と言い捨て。
三村は、峰に突撃した。
◇◆
「ミ、三村さん……」
豪華絢爛(ロイヤルエッジ)を張ったまま、エリカが絶句する。
三村の奇行にはある程度慣れたつもりだったが、さすがにさっきのは予想外だった。
もっとも、予想外だったのはエリカだけではなく。
「さすが、チーム澄空悠斗……」
「まじパネェぜ……」
「三村、後で剣に殺されるんじゃないか……」
「その前に、峰に殺されるんじゃないか……」
「というか、私は、あそこで一人ニコニコしている小野君が一番怖いわ……」
「さすがBMPヴァンガードとその仲間たちだな……」
「色々とレベルが違うわね……」
本人の居ないところで、澄空悠斗の株が上がったり下がったりしていた。
◇◆
「えーと、どうしましょう、二雲先輩?」
呆気にとられて思わず競技を中断してしまっている生徒たちを尻目に、金剛腕(ダイアモンドアーム)大岡忍が問いかける。
一応説明しておくと、次期五帝候補と言われるくらいの実力者だが、さきほど借り物競走で賢崎藍華に瞬殺された少年である。
「……どうしようかしら?」
呆れたような戸惑ったような微妙な表情で答えるのは、二雲楓。
汎用装甲(エンチャント)を操る、KTIの会長である。
「三村君さえ邪魔しなければ、漁夫の利的にあの子を排除できたのにね。一応、第5則は有効だけど……」
と何やら、思案する。
ちなみに忘れた人のために説明すると『第5則:どれだけ強大だとしても、常に最強の美少女を狙うべし』である。
「でも、この状況で行動を起こさないのは逆に変よね。そもそもあの金髪、剣麗華さえいなければぶっちぎりの敵性美少女だし……」
ぶつぶつと物騒なセリフを吐きながらも、順調に思考はまとまっていく。
「うん。やっちゃいましょう」
結論は早かった。
「や、やるって、ひょっとして、あの技ですか? でも、あれは、まだ……」
「バッジ持ってる?」
「へ?」
自信なさげに言う忍に、唐突なセリフを投げかける楓。
「あ、も、もちろん持ってます! ほら!」
取りだしたるは、銀色に輝くKバッジ。
「それ、付けていいわよ」
「え! で、でも!」
なぜか、慌てふためく
「さっきね、五帝の飯田君が来たの」
「へ?」
「騎馬戦で澄空悠斗をやってやるから、何人か使えそうな奴を貸してくれって」
「そ、それって……」
「彼なら、勝てるかもしれないわ」
「た、確かに」
深く頷く忍。
「部外者を働かせるんだから、会長が動かない訳にはいかないじゃない? 行くわよ、大岡君」
「りょ、了解です!」
とてもいい笑顔で返事をする大岡忍。
どうやら、チームワークはKTIの方が上のようである。
◇◆
「という訳で、私達が代わりに相手をするわ、本郷さん」
例によって、何が『という訳で』なのかは謎だが、とりあえず、楓はエリカに話しかける。
「二雲先パイ……」
対して、エリカは緊張の面持ちである。
KTI会長にして、五帝でもある二雲楓が、脅威なのはもちろんだが。
「お、おい……」
「銀色のKバッジ!」
「KTI親衛騎団。実在したのか?」
「にしても、まさか、大岡が……」
銀色に輝くKバッジを付けた男子生徒が、まるでナイトのように二雲楓に付き従っている。
親衛騎団とやらが何かは、その姿を見れば一目瞭然である。
だが。
この二人BMP能力では……。
「私や大岡君のBMP能力じゃ、この豪華絢爛(ロイヤルエッジ)の布陣は破れない。って思ってる?」
「!?」
図星を刺されて、思わず後ずさるエリカ。
と。
「汎用装甲(エンチャント)」
凛とした声が響く。
次の瞬間、二雲楓の前に現れたのは、虹色に輝く半透明の薄い壁。
大きさは人間大ほど。
「綺麗……」
ギャラリーから、思わず声が漏れる。
だが、凄いのは見た目だけではない。
この薄い壁は、超高校級の堅牢さを秘めていると、もっぱらの噂なのである。
しかし……。
「そレ、動かせないっテ、聞きましたケド……」
エリカが言う。
確かに、美しい見た目には不釣り合いな重量感を漂わせている虹色の壁は、とても動かせそうにない。
守りならともかく、これから紅組の棒を攻略しようとする時に、あのBMP能力に一体どんな意味が?
「そこで、俺の出番だ」
大岡忍が進み出てくる。
「私の汎用装甲(エンチャント)の真骨頂は、単純な防御力じゃないのよ」
サディスティックな笑みを浮かべる二雲楓。
「汎用装甲(エンチャント)はね……」
◇◆
「他者のBMP能力に感応する……ですか」
1-C控え席から競技の様子を見学していた、賢崎藍華が言う。
「連携攻撃ならぬ、合体能力と言ったところですか。かなりのレアですね。澄空さんのついでに、彼女もスカウトしましょうか?」
スカウトマンの眼になって言う。
あのBMP能力は、伸びしろが大きい。
賢崎一族に相応しいと思う。
それはともかく。
「ソードウエポンが澄空さんの所に行っていて良かったですね。この状況を目撃したら、乱入しかねませんし」
もちろん藍華は乱入しない。
そこそこ面白い展開になりそうなのだ。
◇◆
「まさカ……。大岡さんノ金剛腕(ダイアモンドアーム)デ、汎用装甲(エンチャント)を撃ちだす……のデスか?」
「大正解。さすがは、エリカさん」
とても嬉しそうな顔で、自らが生み出した虹色の壁を撫でる二雲楓。
見た目には、儚くも美しい障壁だが、近くで感じる存在感は半端ではない。
「大丈夫よ。正確には測ったことはないけれど、たぶん3トン程度の衝撃だと思うから」
死んでしまう。
もちろんダメージ無効化結界はあるが。
健全な女子高生なら、遺跡アクション映画よろしく、ぺったんこになりたいとは思えない。
なにより楓は、峰とはエリカに対する敵意の桁が違う。
「ま、一応第3則『明らかに力が上の美少女以外には、できる限り降伏勧告を行うこと』は有効だから……」
エリカの怯えを見てとったのか、楓が優しい声で告げる。
「そこを退いて、降伏宣言すれば許してあげる」
「…………」
エリカは答えない。
「別に屈辱的なセリフや、ちょっと卑猥なセリフを言わせようと言うんじゃないわよ。普通に負けを認めてくれればいいだけ。『チーム澄空悠斗の本郷エリカは、KTIに負けました』ってね」
本人一言も口にしていないのに、いつの間にか市民権を得ているチーム名を使いながら懐柔を始めるKTI首領。
別に、何か良からぬことを企んでいるわけではない。
第3則を忠実に守っているだけである。今回のメインターゲットは剣麗華であることだし。
…………が。
「お断りしマス」
「え?」
「へ?」
断られるかも。とは思っていたが、あまりにきっぱりとした口調に、楓はおろか、大岡忍も驚きの声を上げる。
「悠斗さんの名前ヲ出されタラ、引き下がるわけにハ、行きまセン!」
気合い一閃。
ほぼ完全な不可視状態だった刃が、込められた力に応じるように空間に姿を現す。
紅組の棒の前に立ち塞がり、空間に布陣された数十の刃を従えた姿は、まるでどこぞのソードウエポンのようだ。
「彼のどこがそんなにいいのか分からないけど……」
対する楓は、怯えない。
どころか、明らかに戦意を高めている。
「あなたのその行動は、第6則『外見以上に可愛く見えてしまう美少女は、最優先で叩くべし』に思いっきり引っかかっているわ!!」
明らかに他人には理解できない理由で!
「い、いいんだな! 本郷!」
二雲先輩は大事だが、どちらかといえばその他の美少女(※というか女の子全般)も傷つけたくない大岡が叫ぶ。
「いいからやりなさい! 大岡君!」
「悠斗さん! 麗華さん! 私ニ力を!」
二人の少女のBMPが極限まで高まる。
もう大岡も逃げられない。
生半可なBMP(気持ち)で向かえば、逆に弾かれる。
「悪く思うな! 本郷!」
汎用装甲(エンチャント)の後ろで拳を振り上げる金剛腕(ダイヤモンドアーム)大岡忍。
「汎用装甲圧搾(エンチャントプレス)!」
◇◆
後悔しなかったと言えば、嘘になる。
汎用装甲(エンチャント)は明らかに超高校級で。
大岡忍のBMP能力も本物だ。
今の全力を込めた豪華絢爛(ロイヤルエッジ)は。
あるいは弾かれ、あるいは砕かれ。
あるいは取り込まれ。
瞬きする間に、虹色の壁が眼前に迫る。
とても逃げられる速度ではないし。
そもそも逃げる気はなかった。
ダメージ無効化結界のおかげで大事にならないというのはもちろんあるが。
実戦でもきっと同じことをする。
最後まで逃げなかったあの人たちのように。
(むしロ、これハ練習)
いつか来る、こんな瞬間のために。
エリカは、甘んじて痛みを受け入れる。
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