第19話 「覚醒」の劣化複写(イレギュラーコピー)

俺の背後に並んだ10本の円柱。

これが、『決意の天幕』なのだろう。

同じ場所にいるエリカの『豪華絢爛(ロイヤルエッジ)』の威力が目に見えて跳ね上がった。


だが、俺には何の変化もない。


いくら増幅しても、ゼロはゼロ。

それは分かっている。

新しい物事は基本的にうまくいかないことは、今までの人生で、骨身にしみて分かっている。


だから、決意に必要なのは、損得勘定じゃない。


ほんの少しの勇気。


俺は、絶対に、この円柱より後ろには下がらない!



全く勝算がない訳じゃない。


こども先生によると、BMP能力は、該当者が強いストレスや生命の危機にさらされている時、あるいは強力な幻影獣と相対している時に覚醒する可能性が高く、覚醒理由の30パーセント超を占める。

今は、二重に条件を満たしている状態なのだ。

まあ、『覚醒理由、特になし』回答が60パーセント超を占めるので、あまり期待はできないが。


「ゆ、悠斗さん!」


エリカの悲鳴が響く。

俺は、エリカの脇を通り抜け、さらにBランク幻影獣に近づいた。


いきなり麗華さんのようになれなくてもいい。


でも、なれると、さらにいい。


だって、闘っている時の麗華さんは本当に格好いいもんな。


普段は、ただの不思議族お嬢様系美少女なのに、いざ、カラドボルグを持って闘い始めると、本当に戦女神みたいで。


「ゆ、悠斗さん……?」


エリカの声の質が、少し変わる。

同時に、右手に生まれる確かな重み。


「そうそう、こんな感じで……」


麗華さんと同じように、右手に持った剣を天に掲げてみる。


「って、剣!?」


思わず、叫ぶ。


驚いたことに、俺の右手にはいつの間にか、『断層剣カラドボルグ』が握られていた。



「カラドボルグ……だよな?」


いつの間にか右手に握られていた剣を、まじまじと見つめる。

間違いない。

どっからどうみても、麗華さんが持ってたカラドボルグだ。


「? なにゆえに?」


以下から、選ぼう。


1.目の錯覚

2.超常現象

3.麗華さんのEX能力。

4.俺のEX能力。

5.マンモスラッキー


「5だな」

一瞬で、結論を出す。

分からないことは、あとで城守さんにでも聞けばいい。


目の前には、『豪華絢爛ロイヤルエッジ』で身動きの取れないBランク幻影獣。

そして、右手には、無敵の断層剣カラドボルグ。


これがラッキーでなくて、なんだというのだ。



「せーの!」


壮麗な剣を力いっぱい振りかぶる。

使い方については、問題ない。

『具現化した時点で、もうこれは俺の能力』……のような気がする。


「ま、待ってくださイ! 悠斗さん! このままでは、『豪華絢爛ロイヤルエッジ』が、障壁になりマス! 解除しますから、タイミングをあわせテ!」


エリカが何か言っているが、攻撃に集中していてよく聞こえない。

たぶん『キャー! 悠斗さん、格好いいデス!』とかに違いない!


照れるな。


「おおおおお!」


気合い一閃。

俺は、カラドボルグを振り下ろした。


◇◆


振り下ろしたが、特に変化はなかった。

だいぶ近づいたとはいえ、俺と、鉄仮面を被った大型幻影獣との距離は、まだ10メートルはある。

刀身が届くような距離ではない。

もちろん、手ごたえもない。


「あれ……?」

思わず呟く。

なんだか、さっきまで、カラドボルグを発動できてたような気がしてたけど、いざ冷静になって見ると、そんなはずはないような気がしてきた。


そもそも『幻想剣』は、麗華さんが能力で具現化させた仮初の剣だ。

麗華さんの手を離れれば、消滅する。

100キロも離れた俺の手の中にあるはずがない。

ましてや、俺に発動できるはずがない。

そう思って、もう一度右手を見ると。


そこには、綺麗さっぱり何もなかった。


なるほど、1が正解だったか。



「よし、逃げるぞ、エリカ!」


男らしく決断して、エリカの手を取る。

鉄仮面幻影獣が怖いのはもちろん、だいぶ盛り上がってしまったので、若干格好悪くもあった。


「ま、待ってくださイ! 悠斗さん、あれヲ!」

「な、なんだよ?」

意外な抵抗を受けて立ち止まる。

鉄仮面を見ると、身体が斜めにずれていた。


「あれ?」


錯覚ではない。

確かに、鉄仮面の上半身と下半身が、若干斜めにずれている。

しかも、そのズレが少しづつ大きくなっていく。


「これっテ……」

「まさか」


唖然とする俺たちの前で、鉄仮面大型幻影獣が、魂を切り裂くような悲鳴を上げる。


「うわー!」

「う、うるさいデス!」

慌てて、耳をふさぐ俺たち。


そして。


完全に切断された幻影獣の下半身が。


どさりと、地面に落ちた。


◇◆


地に落ちた下半身は、砂のように舞い散っていき。

しばらく叫び続けていた上半身も、やがて煙のように消えうせた。


「やった……のか?」

声が渇いている。

どうにも、目の前の現実が信じられない。


「デモ。『豪華絢爛(ロイヤルエッジ)』が障壁になっていたはずデスのに……」

エリカも、半信半疑のようだ。


バリン!


突然音がした。ガラスをたたき割ったような、甲高い音だ。


バリン! バリン! バリン! バリン!


しかも、一つじゃない。

連鎖するように、連続して音がしている。


「な、なんだ?」

「悠斗さん、アレを!」


言われて見上げると。

空から、砕け散ったガラスのような物体が、夕陽を受けて輝きながら舞い降りてきている。


「なんだ、これ?」


そのうちの一つを手に取る。

プラスチックに近い、不思議な感触。


「これって」

「『豪華絢爛ロイヤルエッジ』の破片デスね……」

エリカも、俺の手を覗きこみながら、呆然と呟く。


そっか。

豪華絢爛ロイヤルエッジ』ごと、あの幻影獣を切り裂いたのか……。


「凄いデス……」

「ん?」


囁くような声に振り返ると、なんだか、金髪の美少女が凄い目をしている。


「悠斗さん! 凄いデスー!」



◇◆◇◆◇◆◇




夕陽を浴びて煌めくカケラが、一人の少年を祝福するように降り注ぐ。

今日、この場で産声を上げた、一人のBMPハンターだ。


新月学園を襲ったBランク幻影獣のBMP値は、推定で352。

新月学園の歴史上、最強の幻影獣だった。


それを、生まれて初めての実戦で、しかも一刀のうちに斬り捨てるという離れ業をやってのけた少年は。

自信の能力を誇るでもなく、恐れるでもなく。


金髪の少女に抱きつかれて、目を白黒させていた。


……大丈夫。麗華さんには言わないから。


それは、ともかく。


私にはようやく分かった。

私が彼に惹かれる理由。


彼のBMP能力の本質は、剣麗華の幻想剣を複写して見せた、その性能の高さではなく。

死神のごとく君臨したBランク幻影獣にも決して退かなかった、心の強さ。

打算と安全の誘惑を一蹴して、貫き通した意志の強さ。


本人は否定していたが。

やはり、私は特別なものだと思う。


そういえば、彼は常々『称号』を欲しがっていた。

麗華さんは、ソードウエポン。緋色先生は、アイズオブエメラルド。

三村くんでさえ、ランスウエポン。

子供っぽいとも思うが、分からないでもない。


ここは、僭越ながら、私が考えよう。


そのチカラで、他のみんなが続く道を切り開いて欲しいという願いを込めて。

BMPヴァンガード、と。


※季報・新月、臨時増刊号『決戦・新月学園籠城戦!』(編者:新條 文)より抜粋。

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