第18話 守りたい誰かがいるという想定で
「み、三村!?」
俺を下敷きにしたのは、三村だった。
頭から結構な量の血を流しており、呼んでも反応しない。
「ひょっとして、やばいか、これ?」
とりあえず、シェルターに運んで治療してもらおうと思った時。
総毛立つような視線を感じた。
それは、生まれて初めて見る怪物だった。
大きさは、三階建てのビルほど。
それが、10メートルくらいの高さのところに浮いている。
姿は、人型に近い。
ボロボロの黒いマントを纏い、鈍い色の鉄仮面をしている。
だが、マントの切れ目から覗く関節部分は、腐食した何か、だし。
その目の部分には空洞しかなく。
その奥には、赤い光が見えている。
『ミ・ツ・ケ・タ』
「ひっ」
思わず悲鳴をあげてしまう。
あの化け物、間違いなく俺を見ている。
まさかと思うが……。
「ひょっとして、狙いは俺……?」
呆然と呟く俺の前で、化け物が腕を振り上げる。
なんか、ヤバイ!
麗華さんの寝起きくらい、ヤバイ(※ただの想像だけど)!
「この、こっち来い、三村!」
動かない三村をひきずって、体育館から逃げ出す。
細身なのに、意外な重さを感じる三村とともに、なんとか脱出した後。
閃光が走った。
◇◆
「…………わー……」
無感動に呟く。
体育館がなくなっていた。
何が起きたのか分からないが、地面から30センチくらいの壁を残して、その上の部分がごっそり消滅していた。
どうやら、シェルターは無事のようだが、二度目の保証はない。
『ミ・ツ・ケ・タ……』
だが、化け物は、とりあえずシェルターの方には興味がないらしい。
こちらにしっかりと向き直り、近づいてくる。
……良く見れば、鉄仮面の下の顔が、骸骨だった。
マジで、怖い。
「……あれ?」
とりあえず、逃げようとしたが、立てない。
ひょっとして腰が抜けたか?
……へえ、腰が抜けるとこんなふうになるんだな。
「
現実逃避しかかっていた俺の意識を引き戻したのは、聞き覚えのある声だった。
「エリカ!」
「悠斗さん! ご無事ですカ!」
エリカは、三村以上にひどい有様だった。
風変りな制服はあちこちが破れ、赤い血がにじんでいる。
美しい金髪も泥だらけで、おまけに血でべっとりと顔に張り付いている。
いや、エリカだけじゃない。
見覚えのある新月学園生……BMPハンター候補生や、おそらくは国家治安維持軍の軍人であろう軍服を着た人たちが、グラウンドに散らばって転がっていた。
起きる様子はない。
「あの人たちなら大丈夫デス。BMPハンターは、これくらいで死んだりしまセン」
「そ……」
そうなのか、と聞こうとして絶句した。
エリカの顔が白い。
青白いなんてレベルじゃない。ほとんど死人の顔だ。
理由はすぐに分かった。
「見てくだサイ、悠斗さん。私の豪華絢爛(ロイヤルエッジ)。相変わらず斬れないですケド、Bランク幻影獣を抑え込んでいるでショウ?」
「た、確かに、抑え込んでいるけど……」
命を削っている。
これ以上続けると、ほんとに危ない!
「
「大丈夫デス。私もこんなところで死ぬつもりはないデス。……ですが、解除するのは、悠斗さんが逃げた後デス」
「え?」
「あの幻影獣、ずっと誰かを探していましタ。私は、あいつは、悠斗さんを殺しに……、いヤ、そもそも東方砦が襲われていること自体、悠斗さんを殺すための陽動だと思っていマス」
エリカがとんでもないことを言い出した。
「あいつの狙いは悠斗さんデス。悠斗さんが逃げてくれれば、みんな助かりマス」
「ほ、ほんとに?」
俄かには信じがたいけど、あの幻影獣は、豪華絢爛(ロイヤルエッジ)に遮られながらも、ずっと俺だけを見ている。
俺がうまく逃げおおせば、シェルターには見向きもしないかもしれない。
「ここは私たちの戦場デス! 今は、逃げることが悠斗さんの闘いデス!」
「エリカ……」
「悠斗さんなら、いつかきっと、Bランクでさえ倒せると信じてマス!」
エリカの言う通りかもしれない。
いや、きっと言うとおりだ。
俺がここに残っても、なんの役にも立たない。
いや、足手まといどころか、敵を引き寄せている厄介者だ。
今はみんなのためにも逃げる時だ。いつか能力が目覚めれば、あいつを倒せるかもしれない。
いや、きっと倒す!
そのためにも、今は、逃げる時なんだ!
と。
『本当にそれでいいのか?』
「え?」
声が、聞こえた気がした。
咎めるような、憐れむような。
あるいは。
こんな情けない俺の何かを、……信じているかのような。
「…………」
俺は、懐から一つの箱を取り出す。
麗華さんにもらった『切り札』だ。
「いいわけがない」
そのボタンを押す。
「俺の生き方は、俺が決める」
誰にも邪魔はさせない。
ま、参考くらいにはするけど。
「BMP決戦アイテム『決意の天幕』」
轟音がする。
そして、俺の『決意』が現れる。
☆☆☆☆☆☆☆
東方砦。
首都の東方100キロに位置する軍事基地である。
幻影獣の出現により、国家間の戦争というものに現実味がなくなった現代では、従来のような戦闘機や戦車といった兵器は無用の長物と化していた。
なぜなら幻影獣には、近代兵器は通用しない。
彼らを倒せるのは、BMP能力者だけである。
そして、本当に優秀なBMP能力者ならば、比喩でなく、一人で軍隊に匹敵する。
翼を持つ悪魔のような外見をした一体の幻影獣が斬り捨てられる。
「37体目、撃破」
感情のこもらない声で、剣麗華が呟く。
最強BMPハンターチーム『クリスタルランス』をはじめとする有力ハンター達の到着が遅れているうえに、かつてない規模の軍勢に苦戦するBMP能力者の中で、孤軍奮闘……というか、傍若無人に暴れまわっている。
あまりにレベルが違いすぎて、味方のハンターたちは足手まといにすらなっていない。
「38、39体目、撃破」
しかし、麗華の声には高揚も覇気も感じられない。
それもそのはずで、麗華は明らかに退屈していた。
もともと闘いに使命感や刺激を求めるタイプではなかった。
BMPハンターになったのも、他の能力者達のように、闘いに存在意義や居場所を求めたわけではなかった。
その意味では、退屈などと感じること自体がなかった。
自分を脅かす敵など存在せず、自分の求めるものもない。闘いは麗華にとって作業でしかなかった。
だが、今、明らかに彼女は退屈していた。
なぜならここには、彼がいない。
(悠斗君がいれば、きっと今日の闘いは褒めてくれていた)
この2ヶ月間、常に一緒にいてくれて、彼女の言動に、いちいち驚いたり、呆れたり、感動したりしてくれた、あの少年がいない。
◇◆◇◆◇◆◇
気付いたら、幻影獣はいなくなっていた。
50体は倒しただろうか。
この区画の敵は、ほとんで一人で片づけてしまった。
だが、疲労もなく、感慨もない。
(つまらない)
対幻影獣戦闘は、こんなにつまらないものだっただろうか?
「噂以上だなー、君は」
所在なく立ちつくしている剣麗華に、嫌みのない声で、二人のBMPハンターが話しかけてくる。
20代後半から30代前半に見える、屈強な二人組だ。
「俺らもそこそこ上位のランカーなんだがなー。君がいると、やることなかったな」
「ほかのところに回った方が良かったかな?」
「どちらでもいい」
もうここは飽きた。早く帰りたい。
「そうだなー。確かに君は、新月学園の方に行った方がよかったかもなー」
「え?」
会話を切り上げて立ち去ろうとした剣麗華の耳に、聞き捨てならない単語が飛び込んできた。
「新月学園が、どうかしたの?」
「? 知らないのか? 新月学園がBランク幻影獣に襲われてるって」
「わざわざ、この東方砦を放っておいて、なんであんなとこ襲うのか分からないよなー。って、待てよ。君、確か……」
剣麗華が新月学園所属というのに気がついたのか、気まずそうな顔をする二人組を置き去りにし、彼女は物凄い勢いで駆けだす。
が、そんな彼女を、携帯の着信音が引き止めた。
何の飾り気もない、初期設定のベル音だ。
気のりはしないが、なんとなく電話に出る。
『戦闘中すみません、麗華さん!』
「なに。城守さん。今、忙しい」
『その件での電話です。麗華さんの耳にも入ってるんですね?』
「やっぱり、本当なの?」
『はい。間違いありません。信じがたいことですが、首都に出現したBランク幻影獣は、東方砦を無視して、新月学園を狙っています』
「わかった。すぐに向かう」
『ちょっと待ってください! 今、麗華さんに離れられたら戦線が崩壊します。第2波はもうそこまで来ているんですよ!』
言われて見ると、確かに東の空に多数の黒点が見える。
剣麗華にとって脅威となる数には見えなかったが。
「でも、緋色先生も、他の有力ハンターも、今は新月学園にいない。私が行かなければ悠斗君は守れない」
いつになく真剣な剣麗華。
そんな彼女に、予想外の一言が投げかけられる。
『それを、悠斗君が望むと思いますか?』
「え?」
予想もしなかったセリフに、一瞬、剣麗華の動きが止まる。
命を救われて、怒る人がいるとでもいうのだろうか?
『東方砦で闘う仲間と、首都に住む人たちを守るという責務を放りだして駆けつける麗華さんを、悠斗君は喜ぶと思いますか?』
「そんなことは……」
分からない。
考えたこともない。
そして、その問いに答えてくれる少年は、今、ここにいない。
「城守さんには分かる?」
『分かります。決して彼は喜ばない。このクビ、賭けてもいいです!』
一片の迷いもないセリフ。
そこに嘘がないのは、明白だった。
どうしてそこまで言い切れるのかは疑問だったが。
悠斗君に嫌われるのは、困る。
「こいつら片づけたら、新月学園に行ってもいい?」
『それはもちろんですが……。100体は来てますよ。いくら麗華さんでも、他のハンターと連携して防御しながら……』
「忙しいから切る」
と、ほんとに切る。
とは言うものの……。
100体は厳しい。
時間制限さえなければ、どうということもない数だが、一刻も早く新月学園に駆けつけなければいけない状況では、厳しい。
(けど……)
新月学園に残っているBMPハンターを思い浮かべてみる。
とてもBランク幻影獣に対抗できそうな人材は残っていない。
悠斗君がうまく逃げてくれればいいけど。
いや、待てよ。
(ひょっとして、Bランク幻影獣の狙いは悠斗君じゃ……)
何らかの根拠があった訳ではない。
高BMP能力者ほど幻影獣に狙われやすい、という訳でもない。
けど、なぜか、そんな気がした。
そんな気がすると、さらに不安になってくる。
(悠斗君が死ぬ……?)
それは困る。
とても困る。
この幻影獣軍をすぐにでも片づけて、新月学園に向かわなければならない。
(でも……)
難しい。
『断層剣カラドボルグ』では時間がかかりすぎる。
『干渉剣フラガラック』では意味がない。
剣麗華の『
創り出す剣の能力には基本的に制限がなく、一度でも具現化した剣は、以後いつでも即座に取り出すことができる。
究極の汎用性を持つ無敵の能力なのだが。
剣麗華は物理系はカラドボルグ、精神系はフラガラックと安易に考えて、他の剣を創り出す努力を怠っていた。
ただ勝つだけなら、その二つでも問題はなかった。
だが、『時間をかけずに勝たなければならない』といった状況を想定してなかった。
守りたい誰かの為に闘う、という状況を想像したこともなかった。
正答を出すことと思考することの違い。
今思えば、あの少年はずっとそのことを麗華に伝えてくれていたような気がする。
しかし、今さら悔やんでも仕方がない。
今からでも、新たな剣を創り出すまでだ。
幸いイメージはある。
今のこの気持ちを、そのまま具現化するかのようなぴったりのイメージの剣がある。
目を閉じて集中する。
その剣のイメージは、驚くほど簡単に具現化できた。
「早い……。新記録かもしれない」
疑うまでもなく新記録だ。
前にフラガラックを作った時は、3か月かかった。
剣麗華の手に、ひと振りの長大な剣が握られている。
しかも、その刀身は紅蓮の炎に包まれている。
「『炎剣レーヴァテイン』」
それは、世界を滅ぼすと言われる炎の剣。
「時間はかけたくないから」
長大な射程範囲に幻影獣達が侵入してくる。
「一気に殲滅する!」
紅蓮を抱えたヴァルキリーは、幻影獣の群れに向かって、破壊の塊を振り下ろした。
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