第17話 ヒーローの条件

轟音とともに、核にも耐えうるシェルターが揺れる。

避難してきた人たちの悲鳴が木霊する。


『現在、Bランク幻影獣と対幻影獣結界が接触しています! かなりの衝撃がありますので、みなさま、何かにつかまってください!』


オペレーターの必死の叫びが響く。

最初の放送から、約30分後。

この新月学園は、Bランク幻影獣の攻撃にさらされていた。


「想像以上だ……」

あまりに圧倒的な力の前に、恐怖すら湧いてこない。

こんなもの、もう天災と変わらないじゃないか!

でも、なんでだ?

陽動にしても、なんで、こんな避難所なんかを攻撃するんだ?


と。

不意に三村が立ち上がった。

「お、おい! 三村……」

「知ってるか、澄空? 単独でBランク幻影獣を30分以上止められる対幻影獣結界は、まだ世界のどこにもないらしい」

嫌な予感がする俺に、三村はやけに落ち着いた口調で答えてきた。

「つまり、ここの結界も長くは持たないということデス」

覚悟を決めた表情でエリカが続く。


見ると、他にも何人か立ち上がっている生徒がいる。

あいつら見覚えがある。ある程度、腕に覚えがあるBMP能力者だ。


「おまえは来るな」

「お、おい……」

「悠斗さんの戦場は、今日じゃないと思いマス」

「いくらなんでも、Bランク相手に無茶だろ!」

「無理をするつもりはないさ」

「危なくなったら逃げマス」

「だ、だからってな……」

無茶だ。

どう考えても、無茶だ。


「死ぬなよ、澄空。高BMP能力者は、それだけでみんなの希望なんだ」

「今日を生き延びるのが、悠斗さんの仕事デス」

「いつか、Bランク幻影獣でも倒せるような凄いBMP能力者になるまで」


「必ず生き延びてくだサイ!」

言って、二人は駆けだして言ってしまった。


そして。


感傷にふける間もなく。

……みなさんの視線が痛い。


さきほどのやり取りは、どうも声が大きすぎたらしく、俺の素性がみなさんに筒抜け状態になっている。

『きっと、あの方は、不利な状況も顧みず仲間を救うため、ここを飛び出すに違いない。ってか、飛び出せ』光線が、四方から降り注いでいる。

あそこのおばあさんなんか、拝んじゃっているよ、おい。


「…………じー」


俺が行っても、邪魔になるだけですよ、冗談抜きで。麗華さんとの件で、実証済みです。


「…………じー!」


応援くらいしかできないですよ。しかも、ボキャブラリーが貧困なので、大して、足しになりません。


「…………じー!!」


えーと。だから、その……。


「…………じー!!!」


つまり……。


「…………じー!!!!」


「い、行ってきまーす!」


俺は飛び出した。


目を輝かせているみなさんの期待が痛い。


物語の主人公って、実は、案外、こんな状態が多いのか、ひょっとして!?



◇◆◇◆◇◆◇



パシンという音がした。


音の質自体は軽い。

けど、何か取り返しがつかないものが切れてしまったような音だった。

続いて轟音・振動。

わが校が世界に誇る対幻影獣結界が崩壊したのが、直感で分かった。


大地震に匹敵するような揺れの中、それでも地上への道を駆け登った自分を褒めてやりたい。

が、俺の勇気もそこで打ち止めだった。


地下シェルターから体育館に通じる階段を登りきった後。

体育館の中央で、俺は一歩も動けなくなった。


怖い。

とんでもなく、怖い。


三村やエリカ達が出て行ったはずなのに、なぜか閉ざされたままの体育館の扉。

その向こうから、ホテルで初めて麗華さんに会った時を彷彿とさせるプレッシャーを感じる。


ただ、あの時と違うのは。

叩きつけてくるような、圧倒的な殺意。


「これが、Bランク幻影獣……」

例え、銃を目の前に突きつけられても、たぶんこんな気持ちにはならない。


「これは……無理だ……」


情けなくも断言して、再び地下への扉を開ける。

たとえ地下に逃げ込んでも、たぶん助からない。

でも、それでも、ここにはいたくない。


負け犬そのものの思考で、階段を降りようとした時。


ポケットから、何かが滑り落ちた。


それは、手のひらサイズの飾り気のない箱だった。

「これは……」

確か、別れる時に麗華さんがくれたものだ。

もしもの時に使えとか言っていたような。


藁にもすがる思いで、その箱を拾い上げる。


「ボタン……?」


箱を開けると押せるボタンが一つ。

何かを起動させる装置なのか?


そして、説明書らしき紙切れが一枚滑り落ちる。


これまた、藁にもすがる思いで拾い上げる。


麗華さんのことだ。

きっと、何か物凄い兵器を隠していたに違いない!



◇◆◇◆◇◆◇



『BMP決戦アイテム・決意の天幕』


概要

遠隔操作装置により起動する、拠点型BMP能力者補助装置。

起動と同時に10本の高さ3メートルの円柱が出現する。

その円柱によって描かれる境界線よりも前方で闘う限りにおいて、大幅にBMP能力を強化することができる。

ただし、境界線を越えて後退した場合には、長期に渡ってBMP能力が使用できなくなる。

また、境界線を越えなかった場合でも、限界以上にBMP能力を酷使するので、身体への負担は大きい。

使用する際には、特に注意すること。


追伸

新月学園校庭に1セット設置済み。


追伸の追伸

BMP能力増幅率は、悠斗君の言葉を借りれば『当社比1.5倍』。これなら、勝てると思う。頑張れ。



◇◆◇◆◇◆◇


「当社比1.5倍じゃねー!」

俺は、説明書を床に叩きつけた。

だいたい、『当社比』なんて、俺がいつ言った!?

……いや、言ったような気もするな……。

「じゃなくて!」


BMP能力を使えない俺に、BMP能力強化アイテムを渡してどうするんだよ……。


時々、変わったことをする人ではあるけど、今回は極め付けだ。

期待していた分、反動も大きい。


「もう、どうにでもなれ!」


俺は、その場にどっか、と腰を落とした。

シェルターに戻る気にもならない。

この気配の持ち主にかかれば、どうせ巨大な棺桶だ。


もう、この状態からなんとかなるとしたら。

麗華さんが、突然戻ってくるか。

噂に聞く最強BMPチーム『クリスタルランス』が駆けつけてくれるかしかない。

そういや、クリスタルランスって、今、首都に帰ってきてるんだったな。まあ、どうせ、東方砦に向かってるんだろうけど。


「あとは、俺のBMP能力が突然目覚めるくらいかな……」


…………。


「………待てよ」

自分で言って、気がつく。

ひょっとして、麗華さん。


「俺のBMP能力が目覚めると、信じているから……なのか?」


『私がいないところでは死んではいけない』

あの時の、麗華さんの言葉と表情が思い出される。

心配していなかったわけでも、ちょっとドジをした訳でもなくて……。


「そうなのか、麗華さん?」

考えれば考えるほど、そうだという気がしてくる。

俺の頭の中に残っている別れ際の麗華さんの表情のイメージが、別れの予感を想像させるものから、再会の約束を信じさせるものへと変わっていく。


「正直、どうしてそこまで信じてもらえるのか、非常に疑問なんだが」

俺は、立ち上がった。


5年前とは違う。


今回は逃げるわけには行かない。


「なんせ、世界一の女の子に期待されてるんだからな!」


意を決して、体育館の扉を開ける。

と、同時に、人間が飛んできて、俺を下敷きにした!

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