第15話 第五次首都防衛戦

入学して、2か月。

すでに、6月に入っているというのに、俺のBMP能力はまだ目覚めていなかった。

これだけ結果が出ていないにも関わらず、なぜか政府は俺のBMPハンター登録を抹消しようともせず、学費・生活費の負担が全くない状態で高校生活を送れていた。

が、プレッシャーまでない訳ではなく。

かといって、BMP能力をすぐに目覚めさせる方法などあるわけもなく。


とりあえず、授業についていけるようになろうと、俺は勉強をしていた。


「違う。ここは、こっちの公式を使う」

また、麗華さんに注意された。

特に頼んだわけではないのだが、俺のあまりの要領の悪さを気の毒に思ったのか、最近、麗華さんが勉強を見てくれている。

「そこも、違う。ここは、こう」

な、なるほど。

いつ見ても、目の覚めるような美しい解法だ。

ちなみに麗華さんが勉強をしているのを見たことがない。

『授業だけで十分』とのことだ(※それも、俺が転校してくるまであまり出席していなかったらしい)。

で、常に学年一位と。

……人を馬鹿にしているのか?


「悠斗君。聞いている?」

すみません。聞いてませんでした。

「ふーむ……。どうして、悠斗君がこんな問題が解けないんだろう?」

そんなこと言われても。

「やっぱり、悠斗君は奥が深い」

……いや、絶対に違う。


「ん……」


ふと、麗華さんが険しい顔をした。

え? 俺、またなんかした?


「悠斗君、テレビを」

「え? え? え?」

訳も分からず、迫力に押されるようにリモコンを探すが。

ああ、くそ。こんな時に限って見つからないんだ。


が。


「首都にお住まいの皆さま! 申し訳ありません! ただいまより、緊急放送を開始いたします!」

え? え?

まだ、電源入れてないぞ?

なのに、テレビには国営放送のニュースキャスターが映し出されている。

アイドル並みに美形と評判のキャスターだけど、今は化粧もそこそこに、ものすごい形相だ。


「首都東方より、500を超える幻影獣の大群が侵攻してきております! 過去最大の規模です!」

ご、500!? 20年前の、首都決戦の時より多いじゃないか!

「この非常事態に対して、政府はさきほどレベル4、非常事態宣言を行いました! 国家治安維持軍の全軍を投入し、東方砦にて敵幻影獣軍の迎撃を試みます! また、BMPハンターへの通常の依頼手順を全て省略。撃破した幻影獣の数に応じて、報酬が支払われる『クルセイドシステム』が適用されます! 全BMPハンターは、東方砦に急行してください!」

マジか……。

「なお、『クルセイドシステム』発動に伴い、東方砦以外の地域は完全に非武装状態になります。都民の皆さまは、至急最寄りのシェルターに避難してください!」


悲鳴のようなキャスターの声とともに、簡略化された戦略図が、画面に映し出される。

「うわ……」

思わず声が漏れた。

絶望的なほどの赤の光点が、東方砦に押し寄せてきている。

5年前、当時俺が住んでいた町に幻影獣が襲ってきたときは、確か、あの10分の1くらいの数だった。

それでも、当時は、本気で死を覚悟したものだ。


ピリリリリ!


ひい!


心臓を鷲掴みにするような電子音が響く。


「あ、私の携帯」

麗華さんが呟いて、電話に出る。

「うん。今、見てる。うん。今から? 分かった、待っている」

必要なことだけを言って、電話を切ってしまった。


「し、城守さんですか?」

なぜか敬語になる、ビビりな俺。

だが、今回は、誰も俺を責められないのではないだろうか?

「うん。車を回すから、ここで待っててくれって。東方砦まで送ってくれるらしい」

「そ、そうか……」

麗華さんの強さは身にしみているが。

……本当に、こんな女の子が、幻影獣と闘うのか?


「れ、麗華さん……」

自分でも情けないと思う声が漏れる。

「うん?」

「え、ええとだな……」

何を言おうとしていたのか、自分でもわからない。


「ああ」

麗華さんが、ぽんと手をたたく。

「大丈夫。このペースなら、ちょっと中断しても来週の試験には間に合う。赤点の心配はない」


いや、そんな心配はしてないっす。


というか、えらい余裕ですね。BMPヴァルキリー様。



◇◆◇◆◇◆◇



「麗華さん! 悠斗君! いますか!」

ドアを叩く音と、緊迫した城守さんの声が響く。

ドアを開けると、有無をいわさず駐車場まで引っ張って行かれた。


「さあ! 早く乗ってください! 麗華さん!」

自分も、頑丈そうなブラックの車に乗り込みながら城守さんが言う。

「うん。分かった」

と言って助手席に乗り込もうとする麗華さん。

しかし……。


「? 悠斗君は?」


え。俺?


「悠斗君は、今回は、留守番です」

「え……」

予想外、という顔をする麗華さん。

まったく、ほんとにこの超絶美少女は、一般常識というものが欠如してる。


「あのな、麗華さん。BMP能力が覚醒していない俺が行っても、足手まといになるだけ……」

最後まで言えなかった。


「私の近くにいた方が、悠斗君は安全」

そう言い切る彼女の目には、いつもの浮世離れした色も、何者にも屈さない超人的な力も見えなかった。

「やつらを東方砦で喰いとめられれば、もっと安全ですよ」

そこに、正論で諭す城守さん。


しばらく麗華さんは悩んでいたが。

やがて。


「悠斗君、これを」

と、俺の手に何かを置いた。

「もしもの時に使って欲しい」

言って、助手席に乗り込んだ。


「麗華さ……」


この時の彼女の顔を、俺は生涯忘れないと思う。


「悠斗君……。すぐに帰ってくるから、私がいないところで死んではいけない」



◇◆◇◆◇◆◇



『首都民の皆さま! 非常事態警報が発令されました! 至急最寄りの指定避難場所へお急ぎください! くりかえします! 首都民のみなさま……』


がなりたてるサイレンと必死のアナウンス。

我先に避難場所へ向かう人たちの中で、俺は一人、覇気がなかった。

避難するのに覇気というのもおかしいのかもしれないが、とにかく元気がなかった。


「はあ……」


麗華さんがあんな顔をするなんて。

まるで、これから俺が死ぬみたいじゃないか……。


実際に死ぬかもしれない恐怖より、麗華さんにそう思わせてしまったことの方がこたえている。


「しっかりしなきゃな……」


麗華さんが負けることはないだろう。

俺にできることは、何事もなかったように迎えることだけだ。


「でも……」


2か月ですっかりなじんだ街も、今日はまるで別の街のようだ。

取るものも取り敢えず逃げまどう人たちを見ていると、嫌な予感ばかりが膨れ上がってくる。


放置された自動車、放置された商品、放置された街。

確か五年前もこんな感じだった。


しばらくして、新月学園が見えてくる。

BMP能力者養成校というだけあって、あそこの幻影獣防衛システムは、首都でも一・二を争うほど洗練されたものだ。

だけど、今の俺には……。


まるで、棺桶のように見えた。



◇◆◇◆◇◆◇



「あれ……」


いつものように教室にやってくると。

誰もいない。


なんでだ。


この学園は避難場所じゃなかったのか。


「いや、ちょっと待てよ……」

避難って教室にするもんなんだろうか?

なんだか、避難って、体育館とかにするイメージがあるぞ。


「ったく、何やってんだよ、おまえは」

聞き慣れた声がする。


「三村?」

「三村? じゃないだろ。避難場所にいないから、探したぞ。こんな時に、教室なんかで何をするつもりだったんだよ」

さぁ。

それは、俺にも分らん。

「校門のところで、先生たちが、体育館の方に避難してください、って叫んでただろ。あそこ、シェルターになってるんだよ。聞いてなかったのか?」

聞いてはいたんだろうが、まったく覚えていない。


まいったな。

自分の命の危機だというのに。



麗華さんのことばっかり考えてた。

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